010 第1話 今より少しだけ未来の話 その10
数日後、納期に間に合わなかった小娘の面を拝んでやろうと赴いた王宮でトッテーモアーク商事社長が目にしたのは、沢山の木箱とニコニコ顔のキッテの姿だった。
「ジョシュアさん! ポーション1500個の納品に来ました!」
「うむ。それでは中身を確かめさせてもらう」
高く積まれたいくつもの箱。さすがにこれをキッテ一人の手で運ぶのは難しいので、ダーニャに依頼して運んでもらったのだ。
その箱の一つを開くジョシュア。
「こ、これは!」
取り出したのは青色の液体が入ったガラス瓶。
「な、なんじゃと、その青いのはエーテル・ポーションじゃないか! 魔力も回復する上位ポーションじゃぞ。それを1500個も!? そ、そうか、依頼をこなすために赤字覚悟で仕入れたという訳か、……いや、まてよ、それならわが社の情報網にひっかからんはずがない。となると……」
「はい、作りましたよ!」
「馬鹿な! エーテル・ポーションの作成には膨大な時間がかかる。こんな短期間で1500個も作れるはずがない。それに材料だって!」
「えへへ、そんなに褒められても困ります」
「そ、そうだ、それは偽物だ! ただの色水に違いない!」
大声でまくしたてる社長。それを笑顔で受け流すキッテ。
だがその瞬間、俺は周囲の空気が凍るような寒気を感じた。
俺は反射的にその原因に視線を向けた。
そこにでは、いつも美男子パーフェクトフェイスのジョシュアが、目だけで人を殺せるような凍った冷たい表情を浮かべていたのだ。
だけどそれも一瞬の事。
無表情へと戻ったジョシュアは腰に下げた剣の柄に手を持っていくと、スラリと剣を抜き放つ。
そして振り上げた剣を――
――ザシュッ
振り下ろしたのだ。
「じょ、じょしゅあさん! 何を!」
その様子を見たキッテが狼狽する姿を見せる。
ジョシュアは鈍色に輝く剣を振り下ろすと、自らの腕を剣で切りつけたのだ。
見ただけで分かるほどの深い傷で、かなりの血が吹き出している。
そんな重症にもかかわらず、ジョシュアはいつも通りの涼しい顔をして、手に持ったエーテル・ポーションを傷口に振りかける。
すると……たちどころに傷が癒えて行き、しゅわしゅわとした泡が消える頃には傷などなかったかのように健康な肌が見えていた。
「見ての通りだ。通常のエーテル・ポーション以上の回復能力があるようだな。どうだ、お前もその身をもって試してみるか?」
剣をギラリと光らせるジョシュア。
その目は笑っていない。貴族令嬢も虜にする甘いマスクではあるが、さすが本職、殺気の籠め方が違う。
「ひぃ!」
その姿に尻もちをついてしまう社長。
「ジョシュアさん! 無茶はやめてください!」
そんなジョシュアを心配して、キッテは改めて傷口を確認する。
目的を達成するためとはいえキッテを狼狽させてしまった反省からか、キッテの診断は素直に受け入れている。
「大丈夫だ。私はキッテを信じている。腕を切ることぐらい容易いものだ」
「だからって!」
あー、かなりご立腹だなこりゃ。
まあそりゃ怒るって。だから気の済むまでポーションをかけられてやってくれ。
「ぐ、ぐぐう、そ、それがエーテル・ポーションだと言うのなら! やはり納品は失敗だ!」
尻もちをついた社長がわめき始めた。
「今回の依頼はポーション1500個の納品。ポーションではなくエーテル・ポーションなら規格違い。残念だったな小娘!」
「何を言っているのだ、ミカーワヤよ。お主、仕様書をきちんと読んでおらんのか?」
「そうですよ。私、初めてなんで熟読しましたよ? ほらここ。【ポーションまたはそれに準ずる効果を発揮するものであれば内容は問わない】って書いてあります。なので、傷が回復して魔力も回復するエーテル・ポーションはちゃんと条件に当てはまっています」
「そ、そんな……。だ、だが、赤字のはずだ。エーテル・ポーションをポーションの値段で卸すなんて気が狂っている、く、くくく、そうじゃ。試合に負けて勝負に勝ったとはこのことだ。はーっはっは」
「ふふん。それがですね――」
「社長、ミカーワヤ社長! 大変です、市場に安いエーテル・ポーションが大量に出回っていて、ポーションがまったく売れずにわが社は大損です!」
「な、なんじゃと!?」
黒服サングラスの男が息を切らせてやってきて、辺りに人がいるのもお構いなしに大声で社長に緊急報告を行ったのだ。
「企業秘密なんですが、このエーテル・ポーション、すごく安価で早く作れるんですよね。なので、大量に作って卸しちゃいました。ここ数日、どこにもポーションが売ってなくって町の人も凄く困っていたから、たくさん喜んでもらえてよかったです!」
黒服の報告を受けて、どやどやの笑顔を見せるキッテ。
「ば、ばかな……」
へなへなと崩れ落ちたトッテーモアーク商事の社長ミカーワヤ。
「よくやったぞ、キーティアナ・ヘレン・シャルルベルン。これからも一層励んでくれ!」
「はいっ!」
◆◆◆
「でもよ、キッテがいきなりチュラカランの鱗を取りに行く、って言った時は驚いたぜ。それがまさかこうなるなんてな」
アトリエに珍しく(?)やってきているのは冒険者のディクト。
運送屋のダーニャが彼にことづけた差し入れのクッキーを持ってきてくれたのだ。
座って行きなよ、というキッテのお誘いに対してディクトは珍しくOKを出し、クッキーをつまんでいる、という訳だ。
相変わらずキッテが出した茶には口を付けていないけどな。
「でしょでしょ、それもこれもご先祖様のおかげなの」
「錬金術のことは分からねえけど、キッテのご先祖様ってすげえんだな」
あの日、テレッサ大百科の光を放っていたページには、材料の一つにチュラカランの鱗を必要とする、とある反応物質の作り方が書かれていた。
エルヘレーナの涙。そう記された物質は、ありふれた素材である麦芽から抽出した液体と反応させる事で高濃度の回復剤を作り出すことが出来るという代物だった。
「まさか麦酒がエーテル・ポーションに変わるなんて、驚きだったぜ」
麦芽から抽出した液体といっても下ごしらえには時間がかかる。1500個分となればなおのことだ。
そこでキッテは酒場に大量にあった麦酒を使うことを思いついたのだ。
「えっへっへー。お酒を飲みに来てたおじさん達には悪い事しちゃったけどね」
「みんな気にしてないと思うぜ。だってよ、あいつら「キッテちゃんのためなら我慢だってできらぁ!」とか言ってよ、普段は口がゆるゆるのくせに、ここぞとばかりに団結力を見せて情報を外に洩らさなかったんだぜ?」
「そっか。みんなには助けられちゃったな。後でリタさんにもお礼を言っておかないと。お酒の代金ツケにしてもらったし。ディクトもいろいろとありがとう」
「なーに、気にすんなよ。幼馴染だろ。腐れ縁だがな」
「ちょっと、ひどいよディクト」
「そうだよなーぐえ。そんな俺の代わりにしっかりとこいつの面倒を見るんだぞ。こいつはちょっとそそっかしくて危なっかしくて、何も考えずに走り出すこともある新米錬金術師だからな!」
「ぐえぐえー」
「ちょっとぐえちゃん? 私そんなにそそっかしくないよ? ま、まあ、新米錬金術師ではあるんだけどね。
でもねディクト……私、今回の事で、ちょっとだけご先祖様に認めてもらえた気がするんだ!」
そう言うと、眩しいほどの笑顔を見せてくれた。
「お、おう」
キッテの笑顔に見とれて呆けていたディクトだったが、顔を赤くしたまま、なんとか一言だけ返していた。
「ね、ぐえちゃん! 私、もっともっと頑張って、ご先祖様みたいな立派な錬金術師になるよ!」
「ぐえー!」
ああ。応援してるぞ。キッテなら絶対なれる。間違いなくキッテは一流の錬金術師になるって、ずっと一緒にいる俺が保証するよ!
そして、もっともっとキッテのアトリエの名を上げて、国中に名をとどろかす有名店にしようぜ!
◆◆◆
これは今よりちょっとだけ未来のお話。
いずれ赤竜の錬金術師と称される少女、キーティアナのお話だ。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでは【短編版】として掲載したものの再掲載となります。
次話より新作書下ろしが始まりますので、応援よろしくお願いします!
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それでは引き続き、キッテのアトリエをご覧ください!




