信長公記
信長の使者を乗せた越後商人の日本海航路線が春日山城目指して日本海を北上していた。
この船には信長から謙信への使者が乗っていた。
使者は太田牛一である。
牛一は不満そうな顔で謙信のいる春日山城のあるであろう北の海を眺めていた。
なお陸路は加賀には一向宗がいるので通れないので航路なのである。
牛一が不満だったのは慣れない航路で船旅からの不満なのではなく、今回遣いの役を命じられたこと自体が不満であった。
「まったく・・」
牛一は文句を垂れていた。
「ワシじゃなく右筆(文官)の松井友閑殿に行ってもらえばええのに・・」
牛一は本名は又助という。
体が牛のように巨体で恰幅がいいのでこの名前が付いているのである。
本人は信長の若年の頃からの旗本で、実際弓の名人として斉藤道三との戦いでも武功をあげ、勇猛な男と評判でもあった。
勇猛な男であったが実直率直な性格で信長にも他の者のようにへつらうことなく、正直に物を申し、正直過ぎて周りを心配させるほどであった。
また文筆にも優れ、筆の立つ人物と織田家内でも評価され今回、本人の予想外に謙信への交渉役という大役に抜擢されたのである。
「・・武井夕庵様がこのような任務は実直率直な牛一様が適任と推薦されたそうで・・」
付き添いの侍が言った。
しかし本人は謙信には興味は無く、実直率直で腕が立つ男であったが、実は口は下手で、本人は交渉など面倒で厄介な仕事と思い、気が晴れなかったのである。
今回謙信と会うのは信長からの親書の手渡しと、信長の気持ちを表すための謙信への手土産を渡すことであった。
洛中洛外図屏風と源氏物語図屏風である。洛中洛外図屏風は後の上杉本洛中洛外図屏風と呼ばれ国宝に指定される貴重な物である。
「しかし・・これ・・義輝様の作らせていた遺品で信長様が邪魔だから謙信公にくれてこい、と言っていた物だろう・・」
牛一がぼやき気味に言った。
「これで謙信公が喜ばれるのであれば安い物です・・」
付き添いの侍は言った。
洛中洛外図屏風は足利義輝が狩野永徳に書かせたものの、永禄の変で本人が死去後は忘れられていたが、足利義昭を京都から追放後、花の御所の倉から出てきたと言う。
「・・謙信公に渡すため、謙信公も新たに書き足してようやく完成した素晴らしい作品であります・・」
侍は言った。
「・・・」
牛一は黙って聞いていた。
「・・これ以外に謙信公が愛読されてる源氏物語を描いた屏風図も用意しておりますので、信長様と謙信公の結びつきは更に手堅いものになるでありましょう!」
侍は嬉しそうに、しかし文面通りっぽく言った。
「・・しかし・・」
牛一は冷めた風に言った。
「源氏物語屏風って・・姫様に渡すものだろう・・謙信公は女子と言うが もし嘘で天狗みたいな大男だったらワシはどうしたらいいんじゃ・・」
源氏物語屏風は男性には普通渡さない。
男性に渡したらそれこそ外交問題で友好どころの騒ぎではない。
牛一もおそらく生きて尾張には帰れない。
「前田利益(慶次)様が若い頃堺や都で会われた時はなかなか麗しい姫様だったそうです・・騎馬に跨り槍を持って酒を飲みながら何か揉め事を起した堺の商人の屋敷を焼き討ちして暴れていたそうですが・・情報は間違いありません!大丈夫です!」
付き添いの侍は 牛一を元気付けるかのように言った。
「まぁどっちにしろ・・普通の姫様がすることとはとうてい思えんが・・」
牛一ははぁっと溜息をついた。
「ちなみに・・洛中洛外図屏風に書き足した謙信公は僧服を着て輿に載っています・・女子として書いていますが・・」
侍は付け足すように小声で言った。
「女子扱いしといて(男か女か)更には確かめろと・・無茶苦茶だ・・まったく・・」
牛一はぼやき続けた。
「大丈夫です・・」
侍は続けた。
「何が・・?」
牛一は侍に尋ねた。
「牛様は実直率直なので・・謙信公も牛様を気に入られるでしょう・・」
侍は少し苦し紛れに言った。
「褒められているのか、けなされているのかわからんなぁ・・」
牛一は再度大きな溜息を漏らした。
牛一の溜息と正反対に船は順調に北進し、越後の春日山城の城下町、府内に向かっていた。
牛一は府内の町をしばらく散策した後、春日山城に入った。
(・・意外と栄えてるいな・・)
牛一の府内の町に対する感想であった。
日本海航路貿易の一大中継地点で、越後の名産で謙信の資金源の青苧や様々な物資がここから都へ運ばれ、都からの荷物は信州、遠く甲斐方面までへも運ばれていると言う。
牛一は信長が謙信や越後商人が日本海航路を独占していることは面白くないと言っているのをふと思い出したその意味が解ったような気がした。
そのため、信長が朝倉の旧領土の越前か、琵琶湖近くに城と町を作り、越後衆に対抗しようと策を練っていると聞いたこともあった。
(険しい山城だ・・これは守りが固い・・)
これも牛一の春日山城に対する率直な感想である。堅牢な巨大な山城で落とすのは大抵ではない。
牛一はそのまま洛中洛外屏風と源氏物語屏風を持って春日山城に入った。
源氏物語屏風は謙信が女子か男子か解らないので確認後渡そうかとも思ったが付き添いの侍の手違いで一緒に持ち込まれてしまった。
(まったく・・ドジ踏みおって・・)
牛一が侍を呆れながら睨みつけると侍は縮こまっていた。
「ま・・良いわ・・男だったら姫様に持ってきたとでも言おう・・」
牛一が小声で言うと
「・・独身のようで・・」
侍も小声で返した。
「お気に入りくらい一人はおるだろう・・本当にいないんであれば謙信公の母上か姉君へとでも言うておこう・・」
牛一はすぐに対応を練った。
牛一は春日山城内の広い客間に通された。
客間というか城内全体になぜか、かすかにお香が焚かれていた。
何処と無く女性が好みそうなお香の香りのような気が牛一はした。
「阿虎様とかいっていたか・・ふむ・・」
部屋の中にあった屏風には虎の絵が描いてあった。
「若い頃は景虎様と呼ばれ阿虎様と城下の者や越後衆は親しみを込めて謙信公を呼んでいるようで・・ちなみに謙信公の母上様も虎御前とか呼ばれたとか・・」
付き添いの侍が小声で言うと
「わかっておるわい・・そんなこと・・」
牛一は一言で返した。
しかし
「阿虎様か・・確かにそうかもしれん・・」
牛一も思わず無意識で言った。
しばらくすると
「お待たせしました・・」
明らかに女子の声がすると口ひげが豊かで眼光鋭いがっしりした護衛らしき男と僧服を着て行人包みの男子ではあれば中背というか若干小柄の人間が入ってきた。
男は重臣で親衛隊長で警備責任者の千坂景親と僧服の行人包みの人は謙信その人であった。
牛一は少し緊張してしまった。
情報通りのようだったがまだ判別がつかなったからである。
牛一は謙信と千坂に深々と頭を下げた。
「信長公はご活躍のようで・・」
謙信はやわらかい口調で言った。
「信長公は謙信様と一向宗に対して共に戦う者として、今後も好を通じたく存じております・・」
牛一は再度深々と頭を下げた。そして信長からの親書を渡した。
「私も異議はない・・」
謙信も親書に軽く目を通すとすぐに同意した。
「しかし・・」
謙信は挟むように言った。
「もう少しお手柔らかに出来ないものであろうか・・」
謙信は意外な事を言ってきたのである。
「お手柔らかに・・?」
牛一は謙信を見ながら思わず聞き返してしまった。
謙信はうなずいた。
牛一はついでに少し謙信の顔をじっくり見てみた。
声である程度察しはついていたが、謙信は年齢相応ではあるがやはり、女性のようで噂どおり麗しいと言う表現が似合い、勇ましいと言う言葉は微塵にも見えなかった。
行人包みで良く見えなかったが肩まで髪はあり、出家した女性が良く行う剃髪であった。
牛一は謙信の性については確信を持ったが、それ以上に謙信の予想外の言葉の方が気がかりであった。
「延暦寺や浅井、朝倉の件は聞いている・・」
謙信は牛一の意に反して意外な事を言い出したのである。
「僧侶や寺院を焼き討ちし・・浅井親子や朝倉義景殿の首を金色の薄濃にして杯を楽しむとは・・ちょっと感心できない・・」
謙信は普通の表情であったが厳しい口調で言ってきたのである。
付き添いの侍は明らかに予想外で動転していた。
しかしここは牛一の得意とするところであった。
得意というか牛一の実直率直さが発揮できるところであった。
「お言葉ですが・・民の噂に信長様も苦しんでおられるのです・・」
牛一は巨体を落ち着かせて言った。
「比叡山延暦寺を焼き、僧侶を殺したのは事実であります・・しかし、信長様が処断したのは、修行もせず、女遊びや武芸の訓練ばかりする悪僧だけであります・・修業もしない僧は僧ではありませぬ・・事実、朝廷からも本件については何も言われておりませぬ・・修行もせずに軍事に明け暮れ、浅井、朝倉と組んで政治にも首を突っ込んでくることが信長公は許せなかったのです・・!」
牛一ははっきりとした口調で謙信に返した。
「・・そこで悪僧が囲っていた女子や児も一緒に断裁したのだな・・なるほど・・手厳しいな・・」
謙信も返した。
牛一はうなずいた。
「・・私も若い男子は好きだが・・信長公は若い女子とか興味が無いのかな・・?」
謙信は少し嫌な言い方をした。
「・・いや・・信長公は私と違って潔癖なのだな・・感心感心・・」
謙信はにこりと笑って続けた。
牛一は謙信の予想外の返答に少し戸惑ったが、一呼吸置いて続けた。
「修行もろくにせず、門徒衆を扇動し、戦をしかけるなど僧侶ではありません。そのような者たちが篭る寺は寺ではなく城です。比叡山は城です。戦で城を焼くのは悪くありません。比叡山を焼きましたがあくまで悪僧が住んでいた城しか焼いていません。一向宗に苦しめられている謙信様にもこの気持ち御理解頂けるかと存じます・・」
牛一は言った。
謙信も牛一の率直な言い答えに感心していたが
「・・そうであったな・・確かに一向宗の篭る石山本願寺は寺というより城であるそうだな・・しかし私は加賀では一向宗と対峙しているが越後では保護している・・彼らを使って交渉も重ねている・・そういうやり方は信長公は嫌いなのかな?」
牛一はまた少し言葉に困ってしまった。
謙信が武勇で策略を嫌うと聞いていたが、どうもそうではなく策略や交渉が巧みな人間のように見えたからである。
牛一は好を通じるためにわざわざ来たのに、なんで謙信がこのような時に信長を遠まわしに批判するような事を言い出したのか正直理解できなかったが、
「確かに懐柔する手もありますが・・奴らは信用できませぬ。奴らは直ぐに蜂起しては我等を奔走し、そのために信長公は兄弟や重臣を多数亡くしております・・」
牛一ははっきり言った。
「・・確かに・奴らは鎮圧しても直ぐに蜂起する面倒な集団ではある・・手厳しくもなるな・・」
謙信も言った。
「しかし・・あまり手厳しくやると私怨を生んで信長公もおちおち寝れなくならないかな・・」
謙信は少し笑いながら落ち着いて言った。
「・・そうですが・・しかし・・」
牛一が答えきれないうちに
「一向宗の件は了承した・・お互いに奴らと対峙しよう・・」
謙信がすぐに返してきた。
「もし・・私が一向宗をうまく丸め込めたら信長公へ差し出がましく無ければお手伝いさせてもらおう・・」
謙信がにこやかに言った。
「ありがたきお言葉・・信長公も喜ばれるでしょう・・」
牛一も少し安堵して言った。
しかし牛一の安堵もつかの間
「・・ところ浅井、朝倉の薄濃の件は本当なのか?」
と謙信は信長の行った浅井久政、長政親子と朝倉義景の頭蓋骨を金の薄濃にして杯を飲んだ事に関して突然言ってきたのである。
しかし牛一は落ち着いて答えたのである。
「薄濃の件もとんでもありませぬ。信長様は浅井長政様を高く買っており、何度も助命勧告をしたのですが・・しかし理由は私もよくは存じませんが・・朝倉様に恩義を感じていた長政様は信長様に応じず戦に挑み、敗れると潔く今回の謀反の責任を負って自害したと聞いております。信長様は長政様に嫁いだ妹のお市様を悲しませたくなかったので必死に慰留したのですが長政様は結局最期まで応じて頂けませんでした・・
薄濃にしたのは信長様を散々苦しめた挙句、戦い、侍らしく自ら果てた、浅井様、朝倉様に対する信長様の敬意を表したためと聞いております・・浅井、朝倉は勇猛で彼らとの戦いは死闘で我が方にも多大な犠牲者がでました・・薄濃にしたのは彼らに敬意を払うためであります・・信長様も薄濃を肴に杯を飲んだなどあらぬ噂に心を痛めております・・」
謙信はこの男にはっきりした物の言い方に感心したが
「・・なるほど・・しかし長政殿の母上や長男は磔などにして厳罰に処したそうだが・・それでもそうなのかな・・?」
謙信は引き続き聞いてきた。
「・・10歳の男子や祖母はお家の遺恨と将来信長様に向かってくるかもしれんからです・・ましてや勇猛な長政の息子です・・危険ですのでやむをえません・・しかし娘の三姉妹の茶々、初、江や奥方のお市様、赤子の寿福丸様はお助けしております」
牛一ははっきり返した。
「そうか・・」
謙信は一言言うと
「少し誤解があったようだ・・そなたのおかげで信長公のこと・・よく分かった・・」
にこやかに返した。
しかし牛一が今度は一言言ってきたのである。
「ただ、信長様は裏切りが大嫌いです。裏切りには容赦しません。例え親族だろうが弟であろうとも許しません。義昭様は今回は将軍様なので命までは取りませんでしたが三好三人衆は手厳しく処断、長政殿はお市様の件もあるので寛大でしたが、今回の反旗に積極的に動かれた父上の久政殿や朝倉義景殿にはおそらく手厳しく対応したかと思います。」
牛一は浅井朝倉以外に信長の実弟、信行の件を言ったのである。信行も2度目の反旗のときに信長に殺されている。
これは謙信に対する牽制の意味も込められていた。信長は裏切りに対しては恐ろしく厳しい処罰を容赦なく行った。謙信にも容赦しないとのことである。これは今回の面会の隠された重要な目標でもあった。
「私もよく謀反に合うが・・そこまで出来ないな・・さすが天下布武の印鑑を使うだけある・・」
謙信は感心したように言った。
「私は信長殿と仲良くしたいのだが・・でも信長殿は少し怖いな・・優しくないな・・優しくない人は私は少し苦手だな・・優しいのが嫌いなのかな・・?」
牛一は謙信のまたも思わぬ展開に思わず返す言葉に困ってしまった。
それを見てか謙信も話を戻し
「・・まぁ・・私の嫌いないやらしい久秀も茶器のおかげで助かったのだな・・なら私も良い茶器を用意しておこうかな・・」
謙信は穏やかに言った。
牛一は謙信が真面目に言ったのか冗談か解らず少し複雑な顔をしてしまった。
そして
「そうだ・・そなたに良く似た人物に昔会ったことがあるなぁと思ったら・・信玄のところにいた甲斐の山本勘助を思い出した・・」
謙信は懐かしそうに言った。
「甲斐の山本勘助・・?」
牛一は勘助のことは知っていた。信玄の重臣で川中島で謙信に奇策を見抜かれて責任を取って討ち死にしたと都で噂を聞き、川中島の遭遇戦の真相を知らなかったので
「は・・はぁ・・ありがたき幸せ・・?」
と複雑な顔で返してしまった。
牛一は謙信の一言に おぬしの考えなど見抜いているぞ と言わんばかりかと解釈したのでまた複雑な顔をしたのである。
牛一は言いたい事は一通り終わったので友好の証にある贈物を渡すことにした。
「ところで・・信長公から謙信様へお渡ししたい物が・・」
ポンポンと手を叩くと配下の物が洛中洛外図屏風と源氏物語屏風とを持ち込んできた。
「これは信長様の謙信様との末永い友好をお願いしたいと思い都から持ってきた物です・・」
牛一は洛中洛外図屏風と源氏物語屏風と展開させた。
洛中洛外図屏風の説明を牛一は簡単に行った。
「ここにいるのは輿に乗ったお方は謙信様ですぞ・・ これは花の御所・・義輝様ですな・・こちらには内裏と帝・・」
牛一は丁寧に説明した。
「・・素晴らしい・・」
謙信は率直に言った。
「信長公にはこのような傑作を頂いてお礼を是非申したい・・」
謙信は見とれながら言った。
「喜んで頂き真にありがたき幸せ・・」
牛一もやっと安堵した。
「もう一度・・都に行って見たいものだな・・でも上様はもういないか・・」
謙信は屏風を見ながら義輝との昔を懐かしむように言った。
「もし都に上れるのであれば信長公にも御礼の挨拶をもしたいものだな・・」
牛一は内心複雑な顔をしてしまった。謙信が義昭を追い出したことを暗に批判して言ったのかと思ったからである。もちろん謙信は義輝のことを言ったのであってそのようなこと微塵にも思ってはいなかった。
ただ牛一にとって謙信が上洛を考えているなど全く予想外であった。
信長は義昭を追い出したのに謙信がそれをもし担ぎ出してきたら今までの苦労が水の泡になるにではと恐れたのである。もっともこの辺は信長がどう考えているのか牛一にも解らなかったので答えようもなかった。
「そうだ・・」
謙信は思いだしたように言うと
「近衛前久殿にもよろしく伝えて欲しい・・」
近衛前久は義昭が都から追放された後、入れ替わるように信長に接近していた。
「信長公の心遣い、本当に感謝する・・是非 今後も仲良くやって行きたい・・」
謙信は牛一に再度謝意を表し礼を言った。
牛一は何はともあれ謙信との交渉がうまくいった事には安堵し、尾張へ帰国していったのである。
牛一は尾張に戻ると信長に全てを報告した。
信長は終始にこやかに上機嫌で報告を聞いていた。
信長が実は近衛前久や前田利益から謙信の本性の事は全て聞いていると言われたときは逆に牛一が信長様も人が悪いと少し膨れるほどであった。
「それにしても・・俺を怖い人間とは・・言ってくれる・・」
信長は嬉しそうに言った。
「・・優しさが足りんだと・・全く・・甘いことばかり並べて・・笑わせてくれる・・」
信長はにやにやと笑っていた。
「大した相手ではなさそうですな・・」
重臣の明智光秀が嬉しそうに言った。
「・・油断するな・・!」
信長は一喝した。
「坊主と女子は何をしでかすか解らん・・用心しろ・・」
信長は慎重に言った。
「ところで・・」
羽柴秀吉が顔を出した。
「いやぁ~ そんな女々しい姫様なら是非お会いたいもんですわ~」
秀吉が少しいやらしい顔で言った。
「謙信は俺より年上だぞ・・お前は若いのしか興味がないんだろう・・対象外だろ」
信長が率直に秀吉に言った。
一同大笑いである。
「信様・・そんな言い草あんまりですわ・・」
秀吉が少し不満そうに言った。
「ところで・・謙信公は上洛したいそうで・・信長様と義昭公に御挨拶をしたいそうで・・」
牛一は率直に報告した。
「上洛・・?」
信長が急に険しい顔になった。
信長は少し黙っていたが
「・・それは謙信が俺の配下になるということか?それなら構わん・・でも多分違うだろう?謙信が言う挨拶は本当にただの挨拶だろう?」
信長は正直に言った。
「義昭にも俺の言うことを聞くのであればいつでも都に帰っても良いと言ってある・・ま、俺の言うことを奴は聞きたくないらしいが・・」
信長は不満そうに言った。
「・・謙信が上洛している間だけでも義昭殿を都に呼べば良いでしょう・・それで奴も気が済むでしょう・・」
柴田勝家が言った。
「・・義昭公のことだ・・前みたいにまた信様への包囲網をこそこそ作るような面倒ごとを起しますぞ・・ 謙信公と会わすのはおいらは反対ですわ・・」
秀吉は少し心配そうに言った。
「・・ふむ・・ま、義昭ごときに何が出来るか・・フン・・」
信長はキセルを吹かした。
「しかし本当にそれで謙信が配下になるのなら悪くはありませんな・・」
光秀は言った。
「・・フン・・まさかな・・」
信長は全然信用していない感じであった。
「しかし・・奴め なかなかの食わせ者だな・・」
信長が言った。
「なぜに・・?」
秀吉が不思議そうな顔で言った。
「牛一にそこまで色々話をさせて俺の事を聞きだしているようだからな・・油断ならない女子だ・・」
牛一の話を聞きながらも信長は密かに確信していた。
謙信とはいずれ対決することになろうかと。最も信長は謙信が女だろうと容赦はするつもりはなく、受けて立つ、もしくは討ち滅ぼしてやろうかと考えていたのである。
一方、牛一はこの後信長の記録とも言える信長公記を書いているが謙信の事に関してはこの後の謙信と信長の関係の破綻と同時に彼の謙信に対する思い出が失せたのか、それともこの後に起こる謙信と信長との最初で最後の戦いでの手痛い体験が効いたのか彼の心境は不明だが一言、謙信の死去した時の記事のみで、越後の謙信が死んだ、と愛想も無く終わっている。