衝撃
いつの間にか半年以上の月日が経っていた。
景虎は戦好きでなかったが晴景があまりに動かないため味方の中からもしびれをきらす声が出始め放っておけなくなっていた。
房景兄たちや栃尾の兵士 住民 五郎兵衛の村民の仇 伊勢三郎を討ち できればその後ろにいる黒田秀忠を討ち 実乃には内緒だが 都行きの褒美を得ることが今の景虎の責務でもあるがなかなか肝心の晴景の腰が上がらなかった。
実は以前より晴景の重臣の直江景綱が守護代の出陣を散々求めていた。
しかし晴景は多忙と騒ぎを起こしたくない あと自分が出陣したくない これが最大の理由であろうが出兵を許さなかった。
景虎を担ぎ出してまで 晴景の出陣を促すと 逆になぜ景虎のような子供を担ぎ出してまでことをややこしくするのかと罵られる始末であった。
直江は腹が立つのを通り越しあきれ果てていたが 守護代の命令なしで勝手に軍を動かすことは三郎 黒田の討伐であっても私戦と見なされ 移り気な国人衆の離反を招く可能性があるので 軍を動かすこともできなかった。
弟 扱いの景虎にしても立場は同じであった、兄である守護代 晴景の命令がないと何もできなかった。
景虎は自分の無力さと同時に権威や名分というものの大事さを思い知る次第であった。
しかし結局は軍を動かすことになった。
再度 伊勢三郎が軍を動かしているとの情報が入ったためである。
急遽動員令が発令された。
景虎は今回は男装の麗人として出発した。
景虎専用の当世具足が今回は用意された。
専用の当世具足は景虎の好みで作られたのだが 後の上杉軍の色を思い起こすような黒を基調とした重厚な色合いで 自慢の黒い振分髪は引立烏帽子の中に束ねた。
晴景の主力は直属の旗本 守護代の上杉定実から編入された千坂景長 上田長尾房長 政景親子 晴景重臣直江景綱
景虎は本庄実乃 金津新兵衛 栖吉長尾景房 景信親子 色部勝長 斉藤朝信
合計1500人弱であった。
対する三郎軍は2000人強と前回の敗走兵をまとめ上げ、予想外に大軍を集めており蒲原郡の近くの砦に兵を集めているとのことであった、蒲原郡は黒田の黒滝城のすぐ側であった。
黒田の居城 黒滝城にも援軍の兵士が更にいるとの情報もあった。また黒滝城には越後一の武勇の柿崎景家の部隊も混じっているとの噂もあった。
数の上では春日山城側が完全に劣勢であった。敵の数に驚いたのか大将の晴景は病気との理由で突如出陣できなくなり代わりの景虎に軍の指揮という大役が回りこんでいた。
実乃や新兵衛たちだけでなく晴景直属の重臣の直江もこんな晴景を苦々しく思っていたが 兄は病弱だから・・と単に思っていた景虎はあまり気にも留めていないようだった。
ちなみに年功で行けば大将は上田長尾房長が妥当であったが守護代の弟君とのことで景虎が指揮をすることになった。 上田長尾が不平を言ってくるかと思われたが思いのほか何も反応が無かった。
後で聞いたことだが上田長尾は負け戦になると読んでおり泥を被るのを恐れたため無関心を決め込んでいたという。
早速景虎中心に作戦が練られることになった。
国人衆で大きな力を持つ揚北衆の中条藤資 枇杷島の宇佐美定満は態度を保留したままであった。そのため景虎は同じ揚北衆の色部を自城の平林城に 枇杷島の近くの刈羽の斉藤も自城の赤田城に貼り付かせて中条と宇佐美を牽制し動かせないようにした。 また晴景の重臣直江景綱が景虎に積極的に協力してくれた。景虎は直江がどのような人物か知らなかったが智将と名高い通り 財政奉行の大熊朝秀を景虎に通して、景虎が希望していた 装備などの調達に便宜を図ってくれた。大熊も景虎に好意的だったようで春日山城の南方の不動山城の山本寺定長にかけあってくれて信州 甲斐方面を固めてくれた、直江にはそのまま春日山城の護衛に入ってもらい 直江の居城の与板城は 黒滝城の近くだったのでそこを春日山城側の拠点として借り受けることにした。ちなみに直江の隠れた任務は晴景のお守りでもあった。こうして体制は一気に整った、
後で聞いたところ晴景は景虎が味方部隊を細かく分けていることに不満を漏らしていたという、しかし直江の説得で渋々ながら下がったと言う。直江も景虎に密かに注目していたのであった。兵力を分散したため 実際に三郎勢と戦う部隊は1000人程度になっていたが
準備が整い早速景虎率いる春日山城側は 城を出発した。
数の上ではかなり不利ではあったが初めての相手でないので景虎は思ったよりも悠然としていた。
景虎は戦局が三郎軍が黒田やその他の態度保留中の勢力と合流する前に決めなければいけないと考えていた、そのため速攻で黒田軍を叩く決心をしていた。また部隊ががら空きになっている 味方の居城、上田長尾や栖吉 栃尾などの越後南部への三郎軍の侵攻を防ぐためにも必須であった。春日山軍は 三郎軍が居座るという黒滝城近辺方面に一気に移動を開始した、三郎も前回の栃尾城で子娘相手に苦戦したという噂が立っていたのが我慢できず また戦力差に自信があったのだろう、自ら出陣してこちらに真正面から向かってきた。
兵を分散して少なくしたのは 実際に他勢力への牽制もあったが 景虎の相手を油断 おびき出す作戦のうちの一環でもあった。
上田長尾や晴景直属の旗本からは倍数の敵にまともにぶつかるなど無謀と反対意見も多かったが景虎は構わず進撃することにした。
景虎は必ず勝てる 必ず勝てると部隊に吹鼓した。理由は答えなかったが。
進軍を開始して数日 間もなく三郎軍と接触するとの連絡が物見より入った。
2000人の大軍が前方で蠢いているのが視界に入ってきた。
三郎軍は待ち構えていたようで既に布陣しているようだった。
春日山軍は当初はもう少し離れて布陣する予定だったが景虎の指示で三郎軍から1kmほど比較的手前に布陣した。
今 噂の景虎公のこと、軍議でどのような奇策が出てくるのだろうかと期待する声が多かったが意外にも正面から直接当たるという何も変哲の無い作戦だった。
上田長尾や晴景直属の旗本は反対意見を唱えたが負け戦の軍議で騒ぐこともないと思ったのであろうか しばらくして黙って出ていった。
攻撃時刻は夜半10時頃 夜襲をかける段取りであった。
実乃や新兵衛 栖吉長尾親子は景虎のことだから何か奇策を隠しているのだろうと信用していたが倍数の敵に直接当たるのはやはり少々心配ではあった。
作戦は予定通り実施された。予想に反し特に景虎から追加の話は出なかった。
先陣の功もあるのでこれは上田長尾に譲り午後10時より交戦が始まった、
三郎軍も先読みしていたとばかりに反撃を開始した。
予想通りというか数の力で徐々に上田長尾軍が押されだした。
上田長尾以外の味方の軍も同様に苦戦しているようだった。
実乃や新兵衛たちも心配を始めた、
軍議の前に景虎が酒を飲んでいるとの報国があり、酔っているのではないかとの噂があった。大将が酔っているなど噂は前代未聞だった。
しばらくして実乃 新兵衛らが呼ばれた。
景虎のそばに一見農夫とおぼしき目つきの鋭い男が一人いた。
「?」
実乃と新兵衛は見たことのない顔であった。
しかし しばらくして直ぐにわかった。
(忍びの者か・・)
景虎から 至急腕利きの騎馬武者を30騎ほど 貸してほしいとのことだった。
この農夫の後についていき到着場所で待機するようにとのことだった。
すぐに 30騎の屈強な騎馬武者が呼び集められた。
栃尾城で活躍した 秋山源蔵 戸倉与八郎も入っている。
実乃はようやく意味が分かった。
実乃は栃尾城の戦いのときを思い出した。
三郎は栃尾城から遠くに本陣を構えていた。確かにあの時は本陣はがら空きであった。
「作戦は良く分かりますが・・妙案かと・・しかしそのように事は運ぶとは思えませんぞ」
実乃は景虎の自尊心を傷つけないよう 遠まわしに 諭すように言った。
「大丈夫・・ あの男は前もそうでしたから・・」
景虎は静かに言った。
通常の戦で本陣ががら空きになることなどまずない、必ず護衛が付くはずである、前回が単なる偶然の可能性の方が高かった。
実乃たちの心配をよそに別働隊は出発した。作戦が失敗すれば敗戦確実であった。
出発前 実乃は景虎が源蔵に何か耳打ちしたあと 馬ぐつわ を各騎に渡していたのが少し気になったが。
別働隊が出発して間も無く春日山軍が三郎軍に押されっぱなしで、こちらの景虎本陣に敵本隊が迫っているとの情報が入ってきた。
しかし景虎は微動だにしない。
「殿・・少し危なくなってきたかと・・」
本陣を直接 護衛する上杉軍千坂隊からも動揺が出始めていた。
春日山軍は数の差のせいでやはり終始押されっぱなしで既に後退につぐ後退で間も無く本陣が前線に出ようかとしていた。
「殿 ! 撤退を !」
前線の兵士が飛び込んできた。
先ほどの別働隊からは何の連絡もなく、栃尾城のときに乱入してきた三郎軍の騎馬隊のように返り討ちにあった可能性もあった。
実乃もさすがに
「危険です! 撤収を!」
と進言したが
「もうすぐだ もうすぐ・・・」
景虎は落ち着いた様子で目を閉じたまま足を組み少し笑みを浮かべみながら悠然と答えた。
外では今回 景虎を守るべく親衛隊として守護の上杉定実から借り受けた上杉軍千坂隊と三郎軍の接触が始まったらしく刀がぶつかる音がすぐ側まで聞こえるようになった。
ひときわ大声で指揮する声が本陣にもはっきり聞こえるようになった。
「撤退するな!耐えろ!耐えろ!」
弥太郎は上杉軍千坂隊でも武名の誉れが高い男である。
聞き覚えのある名前であるがあの弥太郎とは当然別人である。
景虎はこの弥太郎ともこの後長い付き合いになるとはこの時点では思わなかっただろうが。
弥太郎率いる上杉軍千坂隊は必死になって防戦しているようだったがずるずる押され敵の殺気がすぐ側まで感じられる事態になっていた。
「殿! 撤退を!」
みな焦りの色を隠せなかった。
今まで黙っていた新兵衛も
「姫・・!」
「・・辞世の句か・・うむ・・」
景虎は目を閉じたまま涼しい顔をして何か独り言を言っているようだった。
「・・・!?」
(まさかと思うが・・このようなときに悪酔いしているのであろうか・・)
新兵衛は酒の件を少し甘やかしていたことを今更ながら少し後悔した。
聞こえた者は一堂あっけにとられていたがこんな大将にはついていけんと堂々と本陣から逃げ出すものまで出だした。
新兵衛は最悪 虎千代を担いで脱出することを覚悟した。
そっと景虎の後ろに回り担ごうとしたそのときである、
急に三郎軍の圧力が緩んだ と思うと三郎軍内で動揺の入ったざわめきが起こり出した。
そしてすごい勢いで撤退を開始したのである。
撤退というより逃げ帰る 崩壊に近い感じであった。
「・・・何事か起きたんじゃ・・??」
弥太郎たち上杉軍千坂隊の兵士は安堵と同時に何が起きたのかさっぱりわからず あっけにとられていた。
ほどなくして戦闘は終了して 騎馬別働隊が戻ってきた、
「敵将討ち取ったり!」
源蔵が興奮しながらこちらにむかってきた。
「・・・??」
事情を知らされていない弥太郎たちはますます何が起こったのかわからない。
一方 新兵衛は ほっ と胸を撫で下ろした。
(やれやれ・・よくわからんが・・うまくいったか・・)
そして
「景虎様は運がついてる・・しかしこれも 実力の内であろう・・」
実乃も一安心したようだった。
二人はお互いに顔を合わせると少々困った主君の方を苦笑いしながら見た。
景虎は相変わらず目を閉じたまま足を組み少し笑みを浮かべながら穏やかな表情であった。
しかしよくみると目元は涙を浮かべ ひざは震えていた。
景虎は首検分は実乃と新兵衛らに任せた。
これだけはこの後も景虎は一生他人任せだったという。
討ち取った源蔵には 感状を送った。
景虎は感状を良く出しており第4回川中島の血染めの感状など現在も残存しているものがあるという。
首級は伊勢三郎の物だった。
後で聞くと三郎側の本陣は前回同様本体より離れて展開しており山を背面に布陣し 護衛もしっかりつけていたという、しかし本体が前進しすぎたことにより本陣との間が伸び過ぎ、 本陣も本隊を追うように移動を開始した、その一瞬の隙を狙い、山中に潜ませていた別働隊を一気に駆け降ろして攻撃したとのことだった。馬ぐつわは潜伏中に馬が鳴かないように用意したものであった。一緒にいた農夫は忍びの者で常に三郎軍の動きを見張って別働隊の隠匿場所や進路を確保していたという。景虎は源平合戦時の一の谷の合戦をイメージして、別働隊を攻撃本隊 自らを囮隊としてうまく使ったのであった。
ちなみに景虎であるが後で聞いたところ恐怖を紛らわすために途中から少し飲みすぎてやはりよく状況を覚えていないとのことであった・・。もちろんこの旨は内緒であったが。
しかし今回の戦で 先陣とは言え無断で囮に使われた上田長尾からは不満の声が出ていた、
そのため景虎は実乃と新兵衛と一緒に、上田長尾の房長 政景親子へのお礼、今後の協調を兼ねて挨拶に行くことになった。
景虎ではなく守護代晴景の重臣であったが 守護代の弟だからよいであろうと直江が気を利かせて同伴してくれた。
長尾房長は景虎たちと軽く挨拶した後 体調が優れないとすぐに引っ込んでしまい、政景が
その後を対応した。政景は姉の仙桃院の夫であったので景虎は親近感を持っていたが 政景は遠慮しているのか終始へりくだった態度であった。
上田長尾は越後の勢力では南部の大勢力であった。
実乃の居城 栃尾にも近く気が抜けない存在であった。
政景の妻の仙桃院とその妹の景虎の母は同じ虎午前 兄の晴景は違うので その縁のよしみで 実乃は上田長尾を景虎寄りに持って行きたかったのだが 政景は律儀にも守護代 晴景寄りの姿勢を崩さなかった。
実乃や景虎は政景の態度にちょっとがっかりしていたが 直江によると政景は父房長への気兼ねがあるので仕方が無いのではと言っていた。
事実 房長は晴景の有力な後見人でもあった。
結局 上田長尾との協調は不調に終わったが房長 政景親子の頑なな忠義心は見上げたものでもあった。