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越後の虎  作者: 立道智之
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兄と弟

景虎は久しぶりに春日山城に帰ってきた、

天室光育や虎午前 女中のお春と花と生きて再度出会えたことを喜んだ。

しかし喜びにひたる間も無く景虎は兄晴景に呼び出された。

例の一連の書状の件の話しであった。

実は春日山城へ来て初めての兄との会見だった。

兄は虎千代より20歳上 兄弟ではあるが年の差の離れた腹違いの兄弟であった。

酒ばかり飲んで政治を怠っているという良くない噂も聞かなくはなかった。

末っ子の景虎は少し甘やかされて育ったこともあり初めて会う長兄からの言葉に根拠はないが 淡い期待をしていた。

もしこのとき晴景が何か意味のない一言二言でも景虎にかけていれば景虎の晴景に対する心象も大きく変わっていたであろう。

しかし形式ばかりの挨拶が終わり次第 本題に無駄話しをするわけもなく入ったため景虎はこの時点で晴景に対して少しがっかりしていた。


景虎は普段着、女装で晴景に面会した。

本庄実乃と金津新兵衛 栖吉長尾房景 景信親子が今までの経緯説明も兼ねて同伴していた。

晴景は噂どおり病弱とのことで顔色が悪かったが顔は端整でどことなく貴族のような感じもあったが終始 景虎の前では終始険しい表情を崩すことがなかった。 兄とは言え20年の年の差のせいであろう、威厳があった。なんか圧力を受けているようで景虎が苦手な雰囲気であった。晴景の後ろには守護の上杉定実が人形のように座っていた。本来は彼が越後の最高権力者であるが父為景の代以降はただの傀儡で そのせいもあって正直 彼の印象は全くと言っていいほど残らなかった。


晴景と面会しての結果は、嫁入りの件は保留、守護代である兄の許しを得ることなく勝手に元服し 景虎と名乗ったことについてもお咎めなし、その代わり今まで通り景虎として前線に立ってほしいとのことだった。また次回より面会する場合は「景虎らしく」男装で来るようにとの指示も出た。


新兵衛と景虎には大いに不満な内容だった。嫁入りの件が流れたのは逆に言えば男装するので当然であったが・・、何よりも・・男装してはいるが 妹にそのまま戦に行けと平然と言う晴景の神経は理解できなかった。景虎にしても正直こんな野蛮な世界に足を突っ込んでいるのが不憫であった。

一度は強く断ろうと思った景虎であったが晴景の

「景房兄たちの仇、越後の民の幸せのために尽力してほしい」

の一言で何も言えなくなってしまった。

栃尾城の兵士や住民、途中の五郎兵衛の村の村民たちが自分のために身を挺してくれたとの念と彼らに応えてあげたいとの景虎の気持ちのためだった。


景房兄たちの件もあった。しかし実は景虎は兄弟とはいえ腹違いの景房兄たちのことは殆んど知らなかった。しかし奮戦し討ち死にした彼らの武士としての心構えを充分に感じ 好意を持っていた。そのため無名の土豪に討ち取られたことに対する名誉回復こそが景房兄たちに対するお返しになると思い 伊勢三郎の打倒は当然のこと、 ついでに可能であれば越後では名のある黒田秀忠も打倒すれば景房兄たちの名誉回復も可能であろう考えた。

晴景の求めも暗に黒田打倒まで奮戦せよとのことであった。


もっとも無名の土豪に攻められ真っ先に逃げ出したのは晴景たちであったが・・


晴景との面会の帰り

「晴景様自ら前線に出ればよいのに・・まったく・・」

新兵衛が思わず本音を漏らした。

景虎は黙っていた。

「姫君に戦わせるなんて・・ まともではござらん・・・」

秋山源蔵も言った。戸倉与八郎もうなずいていた。

「噂どおりの方だな・・」

栖吉の長尾親子も呆れ返っていた。


新兵衛は晴景たちが雲隠れのあげく空き家になったら のこのこ春日山城に戻ってきて何食わぬ顔をしていることに不満だった。

「妹君に戦わせて自分は雲隠れなど兄以上に守護代 人としてあるまじき行為・・」

と露骨に憤激していた。

嫁入りの件が解決したのには安堵していたが、虎千代を男装させてまで戦わせている現状に終止符打つべくいろいろ思案を練っていたのが適わなかったこともあって余計に荒れていた。


実乃は黙っていた、が内心は安心していた。

実乃も新兵衛の不満には同調していた。ただ違いはあった。

(そのまま永遠に引っ込んで景虎様に禅譲してくればよかったものの・・人の邪魔をして・・)これが実乃の本音であった。

危険を冒してここまでやってきたのだから、今更のこのこ出てきてもらってははた迷惑だと。実乃の一番の希望は新兵衛 景虎とは正反対であるが・・現状維持であった。 

再度以前の通常の状態に戻ることが一番の懸念であったため、そういう意味では実乃にとって多少邪魔はあるが、最も都合の良い形、景虎が今まで通り活躍するという形での希望が叶ったのである。


景虎は実乃が黙っていたのが少し気にかかった。実乃がなんか少し嬉しそうな顔をしていたように感じたからだ。景虎は実乃を信用してはいたが心が読めないところがあると思っていた。


この面会の時であるが 実乃にとっては新しい懸案事項が追加でひとつ出来ていた。

上田長尾の長尾房長 政景 親子である。彼らは今回晴景たちを助けたと言う大きな実績を持っていた。彼らの狙いもおそらく実乃と同じであろう。

実乃は今回は表向きは黙っていたが彼らの動向にも目が離せなくなっていた。


こうして 景虎の春日山城の新しい生活が始まったわけであったが、後日 新兵衛と景虎だけで密かに晴景に面会した。

景虎は男装してまで戦に出されることに強い不満を持っていた。景房兄たちや栃尾の兵士 住民 五郎兵衛の村民の仇を討つことは了承していたが そのため景虎を奮発させるための褒賞を晴景に密かに新兵衛 景虎は要求していた。そして伊勢三郎 黒田秀忠を打倒し 越後が平穏になった折には 景虎の希望であった 都行きの約束を取り付けることに密かに成功したのであった。嫁入りも含めての片道切符で まだ晴景に子供はいなかったが 晴景の後継者争いにも一切干渉しないとの約束で 両者に利益のあるものであった。この書面は 晴景 景虎 新兵衛の間で密かに交わされ 実乃には知らされなかった。


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