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越後の虎  作者: 立道智之
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小田城

~本日おかげさまで書き始めてからほぼ1年で10万PVのアクセス頂きました。ありがとうございました。これを励みに最終話まで書き上げますので御愛読頂いている皆様にはもう少しお付き合いお願いいたします。~

永禄9年(1566年)2月、越後軍は遠路はるばる常陸国までやって来た。

平将門がかつて大暴れした、だだっ広い坂東の地を横断し、小田氏治の篭る小田城攻略向けて輝虎は軍を着々と進めていた。

先陣の長尾藤景隊から小田軍が城から出てきて、越後軍を迎撃すべき野戦体制に入っているとの連絡が直ぐに輝虎にももたらされた。


「いい度胸だ!」

北条高広が手ぐすねを引いていた。

「少し鬱憤が溜まっておったからのう!派手にやらせてもらおうか!」

中条藤資も80手前の老人と思えぬ威勢の良い声を出した。

「敵の数は確認中!」

藤景の伝令兵が矢継ぎ早に情報をもたらす。

「喜平次は私の傍に居るように・・時宗も・・」

喜平次は黙ってうなずいた。時宗は前線に出たいのか少し不満そうな表情を出した。

「繁長・・喜平次と時宗の警護を・・」

輝虎は本庄繁長に喜平次たちの警護を命じた。

「敵の数、陣容は?」

輝虎が伝令兵に尋ねた。

「数は我が軍と同等の1万程度!ただ隊列を組むのに手こずっている模様です!陣容にはなってません!」

伝令兵の報告を聞くと輝虎は直ぐに命令を出した。

愛刀の姫鶴一文字を抜くと

「全軍突撃!敵は浮き足立っている!手柄を立てよ!」

大声で命令を出した。

先陣の藤景隊が真っ先に小田軍に襲い掛かった。

小田軍は地方の豪族にしてはなかなかの数を揃えていたが寄せ集めの兵士に過ぎず流石に戦い慣れした越後兵の敵ではなかった。

藤景隊の攻撃で小田軍は体制が整わないうちにばらばらになり、更には側面から回り込んできた北条高広、中条藤資の部隊にも攻撃を受け、体制を立て直す間もなくずるずると後退を始めた。

輝虎は状況を確認すると

「繁長・・喜平次、時宗の護衛任せる・・」

と一言言うと

「本隊突撃!我は毘沙門天の使い!怖れるな!」

全軍一気に小田軍への突撃を命じた。

側面、正面に動けない小田軍は真正面からの輝虎本隊の圧力にあっけなく総崩れになり小田城に向けて潰走し始めた。

野戦はあっけなく勝負がついた。

「楽な相手でしたな・・」

繁長が涼しげに言った。

輝虎の傍で輝虎の指揮をじっと無表情に見ていた初陣の喜平次もゆっくりうなずいた。

「こんな相手ばかりではない・・」

輝虎は戒めたが

「しかし・・ 初陣には良い戦だったかな・・」

輝虎はにこりと笑った。


小田軍は小田城に戻ると慌てて篭城の体制に入った。

しかし小田城は元々平地の防御の弱い城の上、また輝虎が攻め入る以前より何度か局地的な小競り合いの戦に巻き込まれ修理も不十分のぼろぼろの状態であった。

篭城戦の準備が不十分な小田城は越後軍に押し込まれるとあっけなく城内に越後兵の侵入を許し、氏治がどこかへ落ち延びていくと小田軍はあっさり降伏、開城したのである。


越後軍の勝利の雄叫びの中

「・・喜平次様、初陣おめでとうございます・・」

繁長が喜平次に声をかけてきた。

しかし喜平次は嬉しそうな表情をするまでも無く無表情なまま軽くうなずいただけであった。

喜平次は相変わらず表情を変えることなく冷静な落ち着いた表情で初陣とは思えなかった。

繁長は喜平次の堂々とした態度に関心仕切りであった。

初陣では恐怖と緊張で冷静に入られるのは通常は困難な者の方が多いのだが喜平次は恐ろしい程堂々と平然としており輝虎もそのような喜平次に関心仕切りであった。

「怖くなかったか・・大丈夫か?」

逆に輝虎が声をかけた。

「・・いや・・別に・・」

しかし喜平次は嬉しそうな表情をするまでも無く無表情なままであった。

「・・私は昔は良く酒を飲んで怖さを紛らわしていたけどな・・」

輝虎が苦笑いしながら言った。

「・・お気遣いありがとうございます・・平気です・・」

喜平次は表情を変えることなく言った。

「・・さすが政景様の御子息じゃ・・」

上田長尾家の家老、栗田雅頼も目に少しうっすら涙を浮かべながら感慨深そうに言った。

しかし次の喜平次の一言は以外だった。

「・・違う・・爺・・」

喜平次は言った。

そして無数に横渡る小田兵の遺骸や越後兵に捕らえられた捕虜を見ながら

「・・弱い軍がいかに惨めで儚いものか・・死んで身包み剥がされ・・生きて物のように扱われ・・俺も伯母上のような強い軍を作りたい・・そう思っただけだ・・」

喜平次は無情感を少し漂わせながら言った。

輝虎や栗林も思わず黙ってしまった。

「・・喜平次様・・戦の後の方がもっと世知辛い世ですぞ・・」

先陣の部隊長で今回大手柄を立てた長尾藤景がいつの間にか傍におり、喜平次に静かに言った。

喜平次は藤景の言っている意味がよくわからず少し不思議そうな顔をしてしまったがその理由はこの後すぐに理解できた。

輝虎も黙っているしかなかった。


小田側はかなりの犠牲者を出す完敗であったが生け捕りにされた者もかなりの数に上っていた。小田城落城の噂を聞きつけ、捕虜になった兵士の家族が連れ戻しに駆け付け、また怪しい商人たちまでもいつの間にかわらわらと集まり小田城の周囲は混沌というか騒然としていた。


小田城の中では何かの競売せりが始まったようで威勢の良い声が輝虎の元にも聞こえてきたが輝虎は聞いていない振りをした。

喜平次は事情をまだつかめていないようで少し不思議そうな顔をしていたがしばらくして

「・・失礼しやす・・!」

親衛隊のベテランの弥太郎が地元民と思しき一人の老人と女性を数名連れてやってきたのである。

「地元の筑波の村長むらおさですわ・・阿虎様に直談判したいと言うんで連れてまいりました!」

弥太郎は怒った口調で不愉快そうに言った。

「・・弥太郎殿・・勝手に下人を連れてくる癖は良くないですな・・」

親衛隊長の千坂景親が弥太郎を咎めるように言ったが直ぐに輝虎が千坂を止めた。

輝虎は弥太郎の言いたいことは直ぐに察した。

弥太郎や古参の越後兵は第4次川中島合戦以降、新参でやってきた金銭で雇われた兵士達とは折り合いが悪かった。特に以前の騎西城を攻め落としたときも彼らの乱暴狼藉は凄まじく、このような行為を嫌う弥太郎ら古参の越後兵と危うく喧嘩から同士討ちを起こす寸前まで仲違いが深刻化していたのである。

そのため輝虎は以後は乱暴狼藉は禁止したが奪った物資や捕虜の売買は暗に認めていた。


輝虎も信玄がこのような行為に熱をあげていると言う話を聞き、真似したくないとの思いからこのような行為には内心は賛同はしていなかった。

しかし兵士の不満抜きという面での重要性は充分認識していた。

輝虎があれこれ考えているうちに

「このたびはご面会ありがとうございやす・・」

70過ぎの老人の村長は曲がった腰のまま輝虎の前に出ると

「ワシらの息子や女子衆の夫や子供が競売せりにかけられております・・ワシらは関東管領様に忠節を誓いまする・・どぞ・・善処を・・お助けぇ願いまする・・」

深々と頭を下げた。

「関東管領様!お助けくださいませ!」

付き添いに来た女子衆も声を出して半泣きで頼んできた。

輝虎は黙ってしまった。喜平次は事情をようやく掴み、鋭い目線を村長たちと時折輝虎にも向けていた。

しばらくすると

「失礼!」

どこぞかの部隊の小官が突然やってきた。

「上官達が誰の許可得て売買していると怒っているので押印頂きたく!」

金で雇われた外様の小官はぶっきらぼうに声を上げると輝虎に今回の人身売買の許可を正式に求めてきたのである。

「誰が文句を言っている?」

輝虎が聞いた。

「御館様の親衛隊の重鎮の秋山源蔵殿と戸倉与八郎殿です!」

小官は相変わらずぶっきらぼうに嫌味っぽく答えた。

輝虎は弥太郎をちらりと見た。弥太郎も相変わらず不愉快そうであった。

輝虎はしばらく黙った後

「・・わかった・・」

と一言言うと捕虜の売買の許可証に押印を押したのである。

しかし横に何か一筆書き加えた。

小官は嬉しそうな顔をして許可証を受け取ると横目で弥太郎や村長たちを見くびったような目で見ながら部屋を出て行った。


村長は

「そんな・・関東管領様・・殺生な・・」

と声にならない声を出し

「関東管領様・・」

女子衆も悲しみの声をあげた。

「阿虎様!お待ちを!ご再考を!」

珍しく弥太郎が輝虎に食って掛かってきた。

しかし輝虎の答えは意外であった。

「心配無用・・家族は返す・・弥太郎も落ち着いて・・」

涼しい顔で返したのである。

「・・??」

弥太郎や村長や女子衆は思わず不思議な顔をしてしまった。


しばらくして外が騒然となり、競売せりが止まったようであった。そしてしばらくすると先程の小官が慌てて血相を変えて舞い戻ってきたのである。彼の付き添いも数名やってきた。

「御館様!この一筆はあんまりでございます!」

彼は大声で抗議した。

「私はそなたの願い通り捕虜の売買は禁止していないぞ・・」

輝虎は涼しげに答えた。

「確かに・・!しかしこれでは商売になりません!ご再考を!」

小官は一筆を指差しながら言った。

輝虎の付け加えた一筆には捕虜の価格の上限が決められていたのである。

上限額は当時の兵士の日当程度の金額しか許可しなったのである。

当然上限が日当程度なので捕虜の家族も容易に家族を取り戻せた。

村長や女子衆の表情が見る見る和らいだ。

しかし小官や商人たちは収まらず、小官が連れて来た怪しい商人も

「関東管領様!これでは越後兵の頑張りが報われません!わしらもわざわざここまで越後兵の皆様を盛り上げるために来たのに・・」

必死に抗議したが

「私は奴隷商人を呼んだ記憶はないが・・城内へ入る許可も出していないぞ・・」

輝虎はさらりと返した。

「・・し しかし・・!」

まごつく商人に

「・・捕虜を解放した兵士には私から褒美を取らせる・・それで良いであろう・・?

他にそなたたちが何かすることがあるかな?」

輝虎は畳み掛けたのである。

小官はしばらく黙っていたが

「・・わかりやした・・」

と言うと渋々納得して部隊に戻り

「・・わしらも今回はご縁がなかったようで・・退散させていただきますわ・・」

商人たちも諦めて小田城を去っていったのである。

「関東管領様!ありがとうございやす!」

こうして村長たち地元の衆は捕虜になった家族を取り戻すことができたのである。


しかし輝虎も軍の補強は怠らなかった。

千坂に命じて屈強そうな男は越後兵として再度金で雇用したのである。

輝虎の心は次の作戦に向いていたのである。


喜平次も輝虎のこの采配を顔には出さなかったが感心して見ていたのである。

しかし輝虎のこの情緒感丸出しの采配にはやはりどこか引っかかるのも否めずこの輝虎に対する喜平次の感情の解決は、喜平次成人後更に先の話になる。


一方兵士達も今回の件でひそひそと噂話をしていた。

「・・輝虎様はどうしていつもこうなんだろ・・」

「捕虜を高額で売った信玄の真似はしたくないらしい・・」

「少し浮き世な方だからな・・」

「ま・・贅沢も言っておれんか・・褒美金はもらえたことだし」

「・・ところでこの金、何処から湧いてるんだ・・?」

「日本海の貨物運送船からの税金と青芋っていう衣料品の材料の売上税からだろ?」

「何でも日本中戦だらけなんで物資不足で儲かって仕方ないらしい・・」

「そういえば輝虎様の普段着てる物って明や舶来からの高級な物が多いらしいからな・・」

「金があるから領土に興味がないのか・・」

「・・しかし部下のお偉いさんはそうもいかんだろうよ・・」

「・・お偉いさんの表情がいつも冴えないのはそのせいか・・」

「ところで・・この後は何処に行くんだ?」

「上総方面の北条側の城を落とす気らしい・・」

「ま!また一稼ぎしようかのう!」


今回の戦いは色々あったがそれでも大勝利に終わり、兵士達や越後衆にとっては精神的にも物質的にも良い戦であった。

そのとき誰も、この後の戦で予想外の展開になるなど夢にも思わず、勝利に気を良くしていたのである。


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