表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
越後の虎  作者: 立道智之
5/77

姫若子

伊勢三郎軍は栃尾城の近くで残存兵力を集め再度布陣したが援軍を受けられなかったようでしばらくして春日山城の方に退散していった。三郎軍だが裏で黒田秀忠が糸を引いているとの噂が絶えなかった。

一方決して華々しい勝利ではなかったが初陣を飾ることが出来た虎千代の噂はすぐに越後国内に流れ出した。

栖吉の長尾房景 景信親子は本庄実乃や 秋山源蔵たちから聞いた虎千代の活躍や采配についてはにわかには信じていなかったが 母親の血縁者だけあって 孫のりっぱな成長と素直に喜んでくれた。

しかし問題は一向に解決しなかった。

晴景たちも噂ばかりが先行し様子が相変わらず状況が分からず 国人衆も様子見のままだった。

虎千代たちも相変わらず栃尾に貼り付いたままであった。

はっきりしない状況の打破のため実乃は今回の勝利を手土産に国人衆に再度呼びかけを行うことにした。

このとき栖吉の長尾房信、景信親子からある提案があった。

再度 国人衆に呼びかけを行うときの名前を虎千代ではなく元服名に変更してみたらどうかとのことであった。子供の名前より大人の名前の方が良いのではとのことである。


虎千代は越後では無名だった、為景の末子らしい、程度の認識しか国人衆に持たれていなかった。女子であることもあまり知られてはいないはずであった。今回虎千代たちを襲撃した三郎も城内に侵入した兵士の報告で虎千代が女子であることを初めて聞いていた。虎千代を女子と知って欺かれる事態を避けるためにも元服名にして男子のようにした方が良いのではということであった。

女子の虎千代の前では言い難かったがやはり 女子供の部下になれと言うよりは成人男子の部下になれと言った方が集まりやすいのではないかとの判断であった。


実乃は大いに賛成していたが新兵衛、虎千代は正直乗り気ではなかった、女子だからと云々に対する気持ちよりもっと現実的な判断で、守護代に断りも入れないで勝手に元服する点とこのまま妙な展開になり事態の収拾が付かなくなってしまう事を懸念していた。


この件に関しては下記のように段取りで取り急ぎ対応することで乗り切ることにした。


1・晴景ら守護代が無事だった場合 栖吉長尾も含め全員で弁解事後説明し元服を取り消し虎千代に戻す

2・晴景ら守護代が無事で景虎から虎千代に戻したあと栃尾、春日山に帰参した者に対しては書状の名前は誤記(景虎→晴景)であったとごまかす

3・虎景が守護代を継承する場合、帰参者が直接栃尾に来た場合はまずは男装して対応 本人の性格や状況など判断熟考して本当のことを話すかそのままで通すか判断する 


(・・書状を間違えるはずないであろうに・・しかも男装までして・・無茶苦茶過ぎる・・)


虎千代は本音では呆れていたが栃尾側が逼迫していたのは事実であった。

虎千代も一言 言いたがったが既に実乃や栖吉長尾に散々世話をかけている以上言い難いのも事実であった。

また虎千代は育ちが良かったせいか頼まれると断りにくい性分があった、

自分よりさらに年上の大男に頼まれるとなおさら断れなかった。

そのとき虎千代の頭にふと天室光育との言葉が思い出された。 


・・人の定めに逆らわず人の為に我が身をふりかえらず己の運命を受け入れる・・


虎千代は決心し元服する件を 渋々であったが了承した。


元服後の名前をどうするかはあっさり決まった。もちろん虎千代本人が本気で元服するわけではなかったし、兄晴景が出てきた場合に再度の変更も有り得るのでそれほど真剣に考える問題ではなかったのも事実であった。

兄晴景から一字を変魏して景虎に決定した。

ここに長尾景虎が誕生したのである。


早速 各地の国人衆に呼びかけを開始してみた。

書状には 為景末子 晴景血縁者 景虎と はぐらかした書き方の段取りだったが実乃の方が一枚上手だった。もちろん実乃が実務担当のせいもあるが、書状は勝手に晴景弟景虎と無断で修正され呼びかけは行われた。もちろん実乃の独断である。


送られた書状が各地の国人衆に届けられた。

為景にはあとは娘しかいなかったはずだったが・・ といぶかる声もあったがやはり元服名、守護代の弟の方が効果があり事情を良く知らないと思われた揚北衆の色部勝長や刈場の斉藤朝信が栃尾へ馳せ参じてきた。


早速武士の普段着の衣装に着替え彼らに応対することになった。

蔵から出て来た大きさが丁度良さそうな交織綾地の金茶事の直垂に着替え髪は普段は振分髪だが無理やり侍烏帽子の中に束ねて押し込んだ。

景虎は女性としても元が良かったので男装してもりっぱな麗人だった。

ただ直垂の色が赤系なので逆に余計に女性らしく見えないこともなかったが・・


着替えた虎千代は本物の男子向けの表現だが姫若子そのものだった。

しかし景虎は自分の姿を鏡で見て嫌気を覚えた。

他人を馬鹿にしているような気がしたのである。

景虎は育ちのよかったせいであろうが生真面目なところがあり謀略とか嘘が嫌いであった。

女が男です と言ったら相手はどんな気がするであろう・・

しかも真剣な政治 外交の場面である。

自分がもし逆の立場であれば間違いなく腹が立ったに違いなかった。

景虎は元服の件は了承していたが男装の件はいやがり始めた。


実乃や栖吉長尾親子は必死になって景虎を説得した。

乱世を生き残るためやら 謀略ではなく一時的なことであると真面目な説得からとてもよく似合っている 服が気に入らないのであればもっと好みの物を用意するなど まるで子供をあやすような説得まで とにかくあの手この手で景虎をなんとかなだめた。

説得が功を奏したのか景虎は男装の格好で面会に渋々であるが応じる気になってくれた。


色部や斉藤に会うに先じて新兵衛や源蔵 戸倉ら周りの者にも男装の景虎を実際に見てもらい最終確認をした。

新兵衛は一言も発しなかった、立派な淑女になるようにと今まで育ててきたのに男装させられたので気分を害して知らぬそぶりであった、もっとも栃尾には恩もあるし栃尾の困窮は分かっているので何も言えないのも事実であったが。

源蔵は

「わしが女だったら一目惚れです」

という源蔵らしい冗談とも何とも言い難い返答で景虎は正直気恥ずかしかった。

「白拍子のようですな・・」

という 戸倉の言葉には・・彼は褒め言葉で使ったつもりだったが・・には少し声を荒げてしまったが・・

ともあれ、他の者もこれであれば絶対に大丈夫とのことで 真っ先に馳せ参じた色部や斉藤にそのまま面会した。


色部は40前後 斉藤は景虎より3歳年上、二人とも武勇で名のある武者であった。景虎に面会した二人は特に顔色を変えず

「麗しき景虎様に侍のまこと光栄であります」

と少し含みのある 言い方をして景虎に忠節を誓った。

こうして景虎は越後に正式にその名を轟かすようになったのである。


しかし後日 二人からなぜあのような下手な芝居をされたのかと聞かれたとき景虎は返事に窮した。


そのころ三郎軍の裏に黒田秀忠が付いているという確実な情報が入ってきた。三郎軍の主力はやはり黒田軍本体であり、その黒田も各地の国人衆に自分たちへの帰参の呼びかけを行っていたという。 しかし守護代晴景 守護の上杉定実の擁立に失敗したため誰も呼びかけに応じず三郎軍は春日山城の維持にも腐心するようになり 黒田の居城の黒滝城方向に引き上げていったという。

黒田秀忠が伊勢三郎のような無名な者を使ったのは下克上の世を印象付け 作戦が成功したときの世間の注目度を高めるための一種の演出のためであった。失敗したときは彼らに全てを押し付けるつもりだったのであろう。

しかし 春日山城は落としたが守護代晴景たちを取り逃がす、守護代側の栃尾城を攻めるも返り討ちに遭うなど、何もかも中途半端に進んだため結局全てが露呈してしまった。それだけであった。

同じ頃 行方知れずになっていた守護代晴景 守護の上杉定実たちだが 上田の長尾房長政景親子にかくまわれており春日山城が空き家になったことにより戻ってきたとの情報が入ってきた。 こうして栃尾城にいた景虎たちもようやく春日山城に戻ることになったのである。


春日山に戻る途中 栃尾に行く途中に世話になった五郎兵衛の集落に寄りたいと景虎が言い出したので立ち寄ることになった。しかし景虎は言葉を失った。集落は帰路の三郎軍に襲われ焼け焦げた家の柱と住人の屍だけが無残にも残されただけであった。景虎は私怨での戦は良くないとは分かっていたが三郎の成敗を心に誓った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ