小田原城包囲
景虎率いる関東管領軍は途中足利藤氏と上杉憲政に古河城を任せた後、そのまま一気に相模国に入り酒匂側を渡り3月10日前後に小田原城に順次到着、包囲を始めた。
小田原城は堀や固い城壁に囲まれた大要塞であった。これほど大規模な城とは景虎も正直予想外であった。
包囲も終わり攻撃体制を整えていたが、ここで包囲したままぴくりとも関東管領軍は動かなくなってしまった。
佐竹義昭と宇都宮広綱が不満そうな顔でもぐもぐと昼飯の握飯を食べていた。
佐竹は景虎より一つ下だが筋金入りの反北条の最先鋒で、宇都宮広綱は佐竹の娘を妻に持つまだ若干15歳の若者である。
佐竹は前日、宇都宮を連れて景虎本陣に押しかけていた。理由はいつまでじっと小田原城の外壁を眺めるのかと作戦をせかすためである。
しかし景虎の参謀の宇佐美定満は部隊の配置や小田原城の構造の調査をしているので待てとなだめるだけで動く兆しすら見せなかった。
なぜか景虎や景虎の配下の武将もどこかに出かけているようで景虎の本陣はがらがらであった。
「武勇の誉れの越後軍にしてはのんびりとしてるな・・」
佐竹は握り飯を食う口を止めると少し不満げに言った。
「箱根で温泉にでも入っているのではないでしょうか・・」
宇都宮が冗談を言った。
佐竹も思わず苦笑いしてしまった。
「越後にも温泉はたくさんあるそうだぞ・・越後衆はよほどの温泉好きなんだろうな・・」
佐竹も15歳の若者に冗談を返しておいた。
ただ確かに景虎の本陣ばかりでなく越後軍はなぜかゆったりとした空気が流れていた。なぜかみな休憩日と言わんばかりにくつろいでいたのである。
佐竹も宇都宮も理由はわからなかった。景虎の本性や10日前後頃に毎月起こる例の件をよく知らなかったからである。
「彼女・・おっと失礼・・彼の噂は・・聞いたことあるかな・・?」
どこで佐竹と宇都宮の会話を聞いていたのか成田長泰がそっと近づき佐竹に言った。成田は宇佐美同様老人にしてはしゃきっとしていたが宇佐美と違いどことなく怪しくていけずな雰囲気を漂わせていた。
「千坂殿の・・噂?」
佐竹は怪訝そうな顔をした。成田は怪しい笑顔でうなずいた。
「千坂殿に今度会ったら・・良い香り・・良い趣味のお香を使っておられると言ってあげると喜ぶと思うがのう・・いや・・怒られるかな・・どうだろうかのう・・フフフ・・」
成田は怪しく笑った。
「・・・」
佐竹は黙っていた。
「佐竹殿はあまりご興味がないようで・・用事があるので・・では失礼・・フフフ・・」
成田は怪しく笑うと老人らしくない軽々とした足取りでさっと立ち去っていた。
千坂景親は関東諸将の間ではちょっとした噂になっていた。佐竹も噂は知っていた。
千坂はいつも景虎の傍に隠れるようにおり姿をあまり表に出さず猛者揃いの越後軍でもなんか色白なひ弱な女々しい独特の雰囲気を持った武将であった。
実は本物の景虎はこっちではないかとの噂がしきりであった。出所ははっきりしなかったが景虎は実は女であるらしいとの噂が立っていたのである。
唐沢山城でも伊勢姫という誰も聞いたことない姫が北条陣中を突破し入城し、立て篭もる佐野昌綱および佐野軍を奮い立たせ助けたという。
今回は伊勢姫は来ていないがその代わりに唐沢山城では参加してなかった千坂景親という景虎親衛隊との武将が来ておりこの千坂の風貌が女々しいとの評判であった。
佐竹も噂は少し気になっていたがあまり気にしないようにしていた。景虎は二度も上洛している都好きの貴族かぶれで衆道の気がありその好色の相手であろうと思いあまり気にしないようにしていた。諸将はともかく兵士までこのような噂話に聞き耳を立てるのは軍の規律に良くないと考えたからであった。
「佐竹殿・・どうされた?」
佐竹の難しい顔を見て太田資正が声をかけてきた。資正は今回関東の武将では真っ先に景虎の元に駆けつけた男である。40前の温厚そうな武将であった。
資正は祖父の太田道灌に負けず劣らずの名将と名高く一度は北条氏康に敗れ討ち取られそうになったが氏康も資正の器量を知っており殺すのは惜しいと思い部下として取り立てて、北条軍の司令官として佐竹の領土の常陸の侵攻を任されていたのである。
つい昨年まで敵だった男であるが今は景虎陣営として一緒に戦っている。
そんな理由で資正には佐竹も若干複雑な感情を持っていた。
「・・景虎殿は慎重ですな・・」
わざと佐竹は無愛想に言った。
「小田原城は硬い城じゃ・・やむをえんだろう・・」
資正は佐竹の複雑な感情など気にもせず普段の口調でうなずきながら言った。
佐竹は資正の友好的な態度に少し面食らったが。
「それにしても越後の諸将は小田原城まで来たついでに箱根の名湯巡りにでも行っておられるのかな?」
佐竹はいやな聞き方をしてみた。
資正は今回他国衆ではあるが簗田晴助、あの成田老人とともに作戦部門の幹部であった。
何か事情を知っているかと思ったのであった。
資正は少し黙った後答えた。
「・・千坂殿が病気で寝込んでいるらしい・・その回復待ちじゃ・・」
佐竹は資正が景虎の噂を知っているかどうかは知らなかったが少しいやな聞き方をしてみた。
「お気に入りの寵臣の部下が心配で動けない・・それで作戦をためらっているのではあるまいでしょうな・・」
佐竹は聞いた。
資正はなぜかちらりと佐竹を見た後首を大きく横に振った。
「違うな・・慎重に慎重を期しているだけだ・・まぁこちらも代案を用意しておる・・」
聞けば資正らを中心とする少数精鋭の部隊で本丸近くの蓮池門に突撃し小田原城本丸隣の二の丸までを一気に落とし小田原城本丸に直接圧力をかける作戦を提案すると言う。二の丸まで落とせばさすがの氏康も根負けするであろうとの判断であった。
少々強引な作戦であったが
「・・面白そうですな・・差し支えなければ参加したいな・・良ろしいか?」
資正には複雑な感情もあったが彼は智将として名高い男である。佐竹は少しこの作戦に興味を持った。ただ今まで敵だった資正がどう返事するかは読めなかったが。
資正はしばらく黙った後
「常陸では少しワシはそなたに迷惑をかけたからな・・かまわん・・ただ後ろからワシを討たないと誓ってほしいな・・」
と少し苦笑いしながら言った。
佐竹も思わず笑ってしまった。
「今はお互い味方でありましょう・・北条が先だ・・あなたは・・その次かな・・」
佐竹も資正の本性がわかったような気がして安心して冗談で返した。
資正もハハハと笑った。
佐竹と資正はこの後も関東における反北条の最先鋒として共に行動するようになるのである。
資正と佐竹は景虎の本陣に行くと景虎は不在であった。
聞けば千坂の見舞いに行っていると言う。
(余程お気に入りなのか・・それとも噂どおりあっちが本物なのか・・)
佐竹は少し考えたが武将が噂話に聞き耳を立てるなど女々しいと思い考えるのはやめた。
あの成田老人も何か策を持ってきているのかわからなかったが居た。
留守は柿崎という熊のような大男と本庄繁長、長尾藤景という若武者が守っていた。
3人とも見た感じは無口で冗談が通じそうな雰囲気ではなく成田老人もそれを察したのか珍しく黙ってはてはてと景虎たちの帰りを待っていたが。
ただ景虎たちはまもなく戻ってくるともいう。
そのころ千坂役の本物の景虎は毎月10日前後に起こる例の腹痛に襲われていた。小田原到着しだい箱根の温泉旅籠で養生していた。
宇佐美定満 直江景綱 長尾政景ら重臣と千坂 金津新兵衛が養生先の温泉旅籠まで出向いて小田原城をどう攻略するか相談していたが結論が出なかった。小田原城の規模が予想以上であったからである。長期戦も覚悟していたが関東諸将から何か提案があればそれも選択肢に入れいろいろ試すことにした。
佐竹、資正、宇都宮、成田たちが待っているとしばらくすると予定通り景虎役の千坂や宇佐美、直江、政景、新兵衛ら越後軍の首脳が本陣に戻ってきた。
「千坂殿の病状は大丈夫ですかな・・?」
資正が聞いてみた。
「2、3日中にも本陣に戻れる・・」
新兵衛が答えた。
「家臣を寵愛・・おっと失礼・・大事にするのは武士の誉れですな・・ふふふ・・」
成田老人が含みがあるように言った。
普段は無表情な景虎役の千坂が珍しくぎろりと成田老人を一瞬睨んだ。
資正が成田老人と千坂の間に割って入るように入ってきた。
「もし差し支えなければ・・提案ですが・・」
成田老人も千坂も視線を資正に回した。
「蓮池門に一度奇襲をかけて北条の反応を見たいのですが・・」
本丸に一番近い蓮池門を突けば北条の本心がわかるであろうとの意見であった。
実は景虎は北条が降伏して解決するのを期待していた。この後鎌倉で関東管領就任式も控えていたので出来れば穏便に済ませたかったのである。信玄の返事がまだ無いのでうかつに戦力を消耗することも出来なかった。
「やってみよう・・許可する・・」
景虎役の千坂は許可を出した。
翌日には早速作戦は実行され資正、佐竹、宇都宮隊が蓮池門に攻撃を仕掛けてみたが北条軍は城内から散発的に反撃するだけで出てくる気配を見せなかった。
予想外に戦闘意欲を見せなかったのである。攻め手の資正、佐竹、宇都宮たちが拍子抜けするほどであった。作戦は結局出直しになったのであった。
15日頃になってようやく本物の景虎が陣に顔を出した。ただまだ体調不調であったが無理を押して本陣に戻った。箱根にいつまでも休憩しいてれば越後兵の士気に関わるからである。
さっそく越後軍幹部と資正、簗田、成田と小田原城攻めの打ち合わせが行われたがここで柿崎景家から思わぬ提案があった。
今の課題は北条軍をいかに城外に出すことであった。そこで前代未聞の作戦であったが景虎が蓮池門前で食事を取って北条方を挑発しようとのことであった。
大将が本丸近くで弁当を食えば我慢できずに氏康も飛び出してくるであろうと。
もちろん景虎本人がするのは危ないので柿崎が景虎に変装してやりたいとのことであった。
「面白いのでは・・」
越後の諸将も乗り気であった。
しかし
「・・お待ちくだされ・・北条の兵士は唐沢山城の戦で景虎殿のお顔を知ってるのであろう・・すぐにばれるだろう・・」
簗田が言った。
「・・確かに顔もそうだが・・体系も違いすぎるな・・」
他の者も柿崎を見て同意した。柿崎は熊のような大男である。
「じゃあ・・誰がやるか・・」
そのような危険な真似は戦国武将と言え誰もあまり進んでやりたくない。しかし
「・・俺がやろうか・・」
本庄繁長が声を上げた。
「甲冑を二重にかぶって50m前後の距離であれば鉄砲の直撃も平気なはずじゃ・・おぬしなら大丈夫じゃろう」
宇佐美も同意した。
「しかし・・」
誰かが不服そうな声をあげた。なんか野太い声ばかりの中での澄んだひ弱な声であった。
千坂役の景虎本人が反対したのである。
千坂役の時の景虎は声質で本性がばれるのを防ぐため基本的には一言もしゃべらないようにみなに言われていたのだが今回の作戦は景虎が不服のようで取り決めもお構いなしに挟んで来たのである。
資正、簗田、成田は偽千坂の声質を聞いて少し反応したがその後はそ知らぬ顔、越後衆は渋い顔をしていたが・・
景虎は繁長を大いに買っていた。繁長は迷惑がっていたが景虎は子飼の武将と認識して将来を期待していた。ここで万が一にも死なせるわけにはいかなかった。それで反対の声をあげたのであった。
繁長は迷惑そうな顔を露骨にしていたが本物の景虎はお構いなしである。
「繁長なら大丈夫です・・ご心配なく」
直江も言った。繁長は武勇の男で腕が立ち鉄砲の弾など斬り落としそうな雰囲気を持っていた。背格好も千坂にも近く適任であった。繁長本人も自信ありげだった。
本物の景虎はまだ不服そうであった。
千坂役の本物の景虎が口を少し尖らせ不服そうな顔をしていたのを見て
「・・それであれば・・千坂様が代わりにされますか・・?無理でしょう?」
成田老人が意地悪く言った。本物の景虎は思わずむっとして言ってしまった。
「私はびしゃ・・ではなくて・・鉄砲の弾など当たりませぬ・・!・・なら・・私がやりましょう!」
危うく景虎のいつもの有名な決まり文句、われは毘沙門天の使いと言いそうになったが慌てて抑えたが思わずムキになって言ってしまった。
宇佐美や直江、政景が一瞬ぴくりと密かに反応した。
しかし思わぬ助け舟が出た。
「・・無理じゃ・・おやめくだされ。失礼な言い方で恐縮だが・・背格好が違いすぎる・・千坂殿ではばれるであろう・・」
資正が言った。
「伊勢姫様の変わりならなら大丈夫じゃろうが・・確かに越後にとっても危険すぎるかのう・・フフフ・・」
成田老人はあごひげをさすりながらうれしそうに言った。
本物の景虎はすべて見透かされているような気がして急にしゅんとなってしまった。
実際彼らには見透かされていたのだが・・
しかしここで思わぬ展開になってしまったのである。
「影武者など要らぬは・・それくらいワシ自らやるわ・・」
景虎役の千坂が突然言い出したのである。みな仰天であった。
当然みな猛反対である。千坂だって景虎の寵臣でしかも越後守護上杉憲実からの重臣の名門一族でもある。しかも今は景虎の影武者という大事な役目もある。何かあったら一大事である。が今回千坂も頑として譲らなかった。
成田老人も少し口が過ぎたかなと少し気まずくなっていた。
「ワシは毘沙門天の使いじゃ・・この程度で死にはせぬわ・・」
千坂が景虎のいつもの台詞を言った。
千坂の苛立ちから来た行為であった。
(まったく・・関東の地侍ごときの狸じじいが千坂家の名前を馬鹿にしおって・・)
成田老人を睨み付けながらいらいらしていた。
結局 影武者景虎自らの強引なごり押しで小田原城への挑発作戦は行われることになったのである。
本物の景虎は予想外の展開で困ってそわそわしていたが・・
作戦は翌日早速実行された。千坂は越後軍の陣で越後の将兵に囲まれながら着替えていた。甲冑を内側にもう一枚着込んだ。
「どうじゃ・・気分は?」
弥太郎が冷やかしてきた。
「・・くそ・・重いわ・・」
千坂が正直に答えた。
「これだけ着込んでいれば確かに槍でも何でも貫通せんだろうな」
直江が笑いながら言った。
「それにしても・・成田殿にあんなにムキにならなくてもよかろうに・・ああいう性格なんじゃ・・あやつは・・」
宇佐美が呆れ気味に言った。
「まったく・・かんしゃくなど起こさなければ俺が代わりにやって今頃陣内で左うちわだったろうに・・」
普段の冷静な千坂と違いかんしゃく持ちの千坂に繁長も呆れ気味だった。
「黙っておれば千坂家の名がすたるわ!」
千坂はまだ少し気が立っているようで正直に答えた。
「しかし・・姫の件はばれてますな・・隠し通すのも難しいかと・・」
政景が冷静に言った。
景虎も認めざるを得なかった。
「・・鎌倉までは・・何としても隠し通したい・・」
景虎は小さめの声で言った。
「よし・・できた!行くか!弁当は?これか!」
千坂は準備が終わり弁当を持って出ようとした。
「・・そうだ!千坂・・これ持って行けば大丈夫だ!」
景虎は景虎が普段懐に持ち歩いている木彫りの毘沙門天を手渡した。
「私の寵臣の千坂にご加護を・・」
景虎は祈りを毘沙門天にささげると千坂に毘沙門天を手渡した。
「ご心配無用!ちゃんと戻ります!毘沙門天様はちゃんとお返しします!」
千坂は毘沙門天を受け取ると懐にしまい力強く言った。
「戻ってあのじいさんに一泡吹かせてやりたいですしな!では楽しく弁当食ってきます!」
千坂は勢い良く勇んで出て行った。
「気をつけて・・」
千坂の最後の一言が気になったが今は千坂の無事が最優先である。
北条軍は大騒ぎであった。景虎が単身で蓮池門の近くに出てきたからである。
北条氏康にもすぐに情報が届けられた。
しかもなんと弁当を堂々と食い始めたと言う。
「小賢しい真似を・・しかし誘いに乗ってはならぬ!絶対外に出るな!絶対だ!」
氏康は厳命した。
千坂は景虎から預かった毘沙門天を傍に置くと弁当を広げゆうゆうと食べはじめた。
千坂は最初は少し緊張してはいたが景色を見て
「風流じゃ・・」
思わず声をあげた。
小田原城の蓮池門の近くには名前通り小さな池があった。そこの早咲きの満開の桜の散る花がはらはらと舞い池面をピンク色に覆い確かに風流であった。
千坂は気分が良くなったのかかなりゆっくり任務のことをしばし忘れて桜を見ながら弁当を食べていた。
北条軍が黙りきっているので千坂は調子に乗ったのか
「・・味噌汁はどこじゃ・・味噌汁は・・」
北条氏政の飯に何度も汁をかける癖の仕草をはじめた。
関東管領軍は爆笑であったが小田原方は複雑な反応であった。
「おのれ・・あやつ・・!」
小田原城内で様子を見ていた氏政はひとり思わずかっとなったが氏康は氏政の肩をぽんと叩いて落ち着かせた。
だが実は北条の家臣たちも偽景虎のあまりの名演技に密かに必死に笑いをこらえていた。
結局何事も起こらず千坂は弁当を全部食べきってしまった。
しかし一杯目の食後のお茶を飲んでいるときに事件は起きた。
北条の狙撃兵が北条軍では貴重な鉄砲を撃ち込んできたのである。
関東管領軍では緊張が走った。が 次の瞬間越後軍では再度大笑いが起きた。
弾は肩の甲冑に当たったようだったが距離がありすぎて力なく弾き飛ばされていった。
千坂は弾の当たったところを蚊を叩くしぐさをして越後兵を大笑いさせたのであった。
それをみていた関東諸将の簗田は
「いやはや・・ははは・・千坂殿はまったく役者じゃのう・・」
「ワシらも最初はもろにひっかかってしまったからのう・・おっと言い過ぎた・・ははは・・」
と資正と笑い転げていた。
横で二人の会話を密かに聞いていた景虎は内心
(やはり・・ばれていたか・・)
と少し複雑な顔でがっかりしていたが・・
小田原城内から二発目も発射されたがこれも当たらなかった。
千坂は弾はどこだどこだと探し回るしぐさをしてまた関東管領軍陣営の笑いを誘っていたが。
「やめんか!」
小田原城内では氏康自ら飛んできて狙撃をやめさせた。
「我慢じゃ!手出しするな!乗せられるな!」
氏康は再度厳命した。
氏康は小田原城内から茶を飲む景虎役の千坂を睨みつけた。
「影武者ごときに・・この氏康が引っかかるか・・」
氏康は千坂を睨みながらこぶしを握り締めた。
「お転婆姫が調子に乗りおって・・」
そしてつぶやいた。
「関東の主は・・この北条氏康じゃ・・氏康の力・・たっぷり思い知らせてくれる・・!」
結局千坂はお茶を2杯か3杯悠々と飲み1時間近く小田原城蓮池門の花見を堪能した。
そして関東管領軍陣地にゆうゆうと引き上げてきた。
景虎も千坂が無事帰ってきてほっとした。
挑発しておびき出す作戦は結局成功しなかったが偽景虎の武勇伝は歴史に残ることになった。
その後も関東管領軍は城下を放火するなどして仕掛けてみたが北条軍は頑なに小田原城に篭ったまま出てこなかった。
しかし物事は順調に進んでいなかった。
まず補給の問題は深刻を極めていた。聞けば補給部隊が途中で北条側の農民や土豪に襲われて到着が滞っており、また食料が遅れるや否や軍を抜け出すものが後を絶たなかったのである。寄せ集めの10万の大軍の食料の消耗は予想以上であった。
北条領土内でも食料の徴収を行ったが飢饉の影響でどこにも食料は無く部隊同士で食料の奪い合いが起きたり農村からも悲鳴に近い助けを求める嘆願書が届き景虎も徳政令を出したほどであった。
また攻めないで抜けてきた川越城や玉縄城の北条軍部隊も小田原攻めで空き家になっている関東諸将の城に攻め入るそぶりを見せ関東の諸将から不安の声が上がり始めていた。
景虎はそれでも総攻撃をするかどうかは迷っていた。
城内には氏康の義理の息子になるが前の古河公方の足利義氏がいた。
既に景虎は小田原城到着前に古河城に足利藤氏と上杉憲政を入城させ、実質的に新しい古河公方を擁立して名乗らせていたがそれでも前の古河公方に関東管領自ら危害を加えるのは気分のいいものではなかった。
小田原城の堅牢さ以外にも中に篭城している人数が実は良く解らない点も難点であった。
おそらく小田原城の規模から城下町や周辺の農村部からも相当の人数が一緒に篭っているのは間違いなかったがもし無理押しした場合彼らの犠牲は間違いなかった。
関東管領が城攻略で住民や兵士を大量殺戮などしたら今まで自分が信玄の志賀城での過酷な処分を非難してきたのが本末転倒になってしまう。
また自分の栃尾城攻防のときではないが追い込まれた兵士が恐ろしい力を発揮するのは充分に承知していた。
可能であればやはり穏便に済ませたかったのである。
関東管領軍にも弱点はあった。戦力として使える部隊は自分の越後軍や関東諸将の直接の部隊のみで後は寄せ集めの軍勢で丸腰の者も多く戦力としては期待できなかった。
もちろん犠牲を無視して無理に押せば落とせなくもなかったが信玄との交渉がはっきりしない今、兵力を消耗できなかった。
氏康が引き篭もり景虎が悩んでいる間も補給の問題や士気低下は続き越後兵や関東諸将の士気をがた落ちさせていた。
佐竹や大田は関東管領軍内に北条に内通する者が出ているとの情報も入っているので戦わないのであれば一旦兵を引くよう要請した。
そのころには信玄も兵を集めているという噂も兵士の間に流れていた。
結局1ヶ月後景虎は小田原城の包囲を解くことにした。
一旦鎌倉に兵を引き、一部の将兵には補給物資が持たないのでそのまま帰国してもらったのである。
撤退に際して若手の藤景や繁長は総攻撃を主張し撤退に強硬に反対した。
彼らの言い分は小田原城が落ちそうになれば引き篭もる川越城や玉縄城等の支城の部隊も救援に慌てて出てくるだろうし信玄ももしかしたら氏康救援に出てくるかもしれない。
そうなれば北条と武田を一網打尽で屈服させられると主張したのである。
このような大軍を集める機会は二度とないので多少の犠牲は覚悟の上でやるべきとの藤景や繁長は主張したのであった。
景虎も彼らの意見は理解できたがもう少し様子を見ることにしたのである。
鎌倉で上杉継承と関東管領就任の儀式を行い、さらには近衛前嗣が関東に下向すれば氏康の 気が変わるのではないかと期待したのである。
特に関白である前嗣が下向して関東に入れば反逆扱いされたくない北条も従う気になるだろうと考えたのである。
藤景や繁長は権威にこだわる景虎の話を少し呆れながら不服そうな表情で聞いていたが渋々従ったのである。