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越後の虎  作者: 立道智之
30/77

微妙

景虎は色部勝長と会談していた。

色部より紹介したい者がいるとの話であった。

実は彼は前の第三次川中島の戦いのとき参戦に遅れた。

ただ景虎はそれを攻めるつもりはなかった。

彼は栃尾以来の初期の重臣として認めていたし揚北衆が扱いづらいのはよく分かっていた。

揚北衆の中でも川中島の件は不満が溜まっているとの情報も聞いていたので無理強いはやめたのである。

しかし色部が逆に気を使ってきたようだった。


紹介してきたのは本庄繁長という若者である。

聞けば12歳で父房長を欺き死なせた房長の元重臣の小川長資を討ち取り居住の本庄城を取り戻したと言う猛者ぞろいの揚北衆でも一目置かれた存在と言う。

その後元服後も態度をはっきりさせていなかったがこのたび景虎に帰参したいということで色部が取り繕って連れてきたのであった。


越後守護の上杉定実の跡継ぎで揉めた時宗丸問題のとき色部勝長と繁長の父房長は歩調を合わせて行動しその縁である。奇妙なことだがその時彼らが争ったのはあの中条藤資であった。


景虎は察しが付いた。繁長は中条がいるから帰参をためらっていたのであろうと。

しかし中条は景虎側の揚北衆一の実力者で序列一位である。色部は第二位である。優先順位は中条である。

取りあえず話をして見ることにした。


12歳で父の仇を討っただけあって19歳には見えない剛勇な若者であった。

越後軍で活躍間違いなしであった。

色部に聞くと率直な若者であるので勘に触るかもしれないがご了承をと前以って言われた。

早速彼は挨拶もそこそこに不満をぶちまけ始めた。


景虎を見るなり立ち去ろうとしたのである。

やはり女の手下では働けないと・・

色部が慌てて止めに入ったが景虎は一言言った。

「そなた 母上がいるであろう・・」

繁長は景虎が何を言っているのか分からなかったがいると答えた。

景虎は続けた。

繁長の母は父房長が死んだあと城を追い出されたうえに追っ手に襲撃されなんと妊娠している女手にも関わらず戦い瀕死の重傷を負いながらも逃げ延び繁長を生んだと言う。

「そなたの母上様は立派だな・・」

「・・・」

繁長は黙ってしまった。

「・・何をおっしゃいたい・・」

繁長は強い口調で遠慮なく言った。

「そなたの母のような強い人間に私もなりたいと思ってな・・でも無理だ・・私は太刀打ちが苦手だからな・・だから将兵に頼った戦をしている・・」

「・・・・」

「だから腕利きは好きだから居て欲しいと思うが本人に無理強いはしない・・それだけだ・・帰参の意思がなければ仕方が無い・・残念だが帰ってよろしい・・」

景虎はじっと繁長を見つめていた。

景虎は気に入った者を見ると5秒ほど見つめるクセがあるが今回もそれをやっただけである。ただ繁長は景虎好みの美男子ではなく勇猛という表現が合う若武者であった。

景虎は繁長のそのような不適な態度が気に入ったのであった。


繁長も少し黙ってしまった。

実は女だから嫌と言ったが繁長はそれ以上に景虎のその武将らしからぬ普段の優しげな雰囲気が苦手だった。

もっと勇猛な女武将を期待したのだが予想外に麗しき姫様だったからである。

決して彼女が嫌いなわけではなかったが年下の自分に対しての母親気取りか姉気取りの態度も苦手であった。


実は繁長は立ち去ると言ったときの景虎の反応も見たかった。

無礼者と烈火の如く怒れば帰参するつもりだったが むしろそれを期待していたのだが

優しい対応に本当に期待外れでもあった。

彼も対応をどうしようか考えていたのであった。

しばらくして繁長は景虎の視線に気が付いた。景虎は相変わらずじっと自分を見つめていた。

不覚にも少し顔を赤らめしまった。

景虎は美人であるが自分より10歳年上である。そのような感情の対象外のはずであったが・・

自分の未熟さも少し恥ずかしかった。

「・・どうした?」

景虎が聞いてきた。

「・・・」

繁長は下を向いて黙ったままだった。

「少し照れたかな?はは・・」

景虎は意外に軽く涼しい顔でにこりと笑いながら返してきた。

(・・こやつ!・・)

顔は赤いままだったが繁長もさすがに少しむっとしてしまった。

「気が向いたらいつでも帰参許可する・・期待している・・」

景虎はそういうとさっと奥に下がっていてしまった。

繁長は自分でも本心が良くわからなかったが結局は帰参することになった。


本庄繁長と景虎の関係はその後いろいろあり微妙な関係が続くことになるのだが。


永禄2年(1559年)春、景虎は一年がかりの準備が整い再度都に上洛することになった。

当初の予定では海路を船で行く予定であったが将軍追放の騒ぎの件で畿内の情勢が不安定になっていたこともあり敵国ではあるが本願寺も加賀の通行許可を出したので急遽陸路で上洛することになった。兵力は5000を連れて行く大掛かりなものであった。


今回は 金津新兵衛 本庄実乃 直江景綱 宇佐美定満 中条藤資 千坂景親の重臣と護衛に腕利きの 柿崎景家 斉藤朝信 北条高広 色部勝長 そして先ほどの本庄繁長、もちろん親衛隊の兵士の弥太郎 秋山源蔵 戸倉与八郎、さらには女中のお春と花だけでなく直江の娘や柿崎妻、斉藤妻も行きたいと騒いでいたのでついてきた。 


栖吉長尾景信 山吉豊守 長尾政景 上条定憲 山本寺定長 黒川実氏 新発田長敦らには留守役をお願いした。

実は宇佐美にも留守役を頼んだのだが本人が年甲斐も無く都に行きたいと騒いだので連れて行くことになった。本音では相変わらず政景との関係で渋っていたのであろうが。


ところであの晴信であるが義輝の再三の要請もあって今回は景虎が留守中は軍を動かさないと約束した。都の権威は東国ではまだまだ健在であった。もっとも晴信に言わせれば信濃は実質的に甲斐が完全に押さえたのでもう軍を出す必要もないというのが本音であろうが。


一行は4月に春日山城を出発、約3週間の日程でようやく都の手前、近江の坂本に到着した。

ここで義輝からの命令で兵士は待機の命令が来た。

都の人に恐怖感を与えないようにとの表向きの理由であったが

「わざわざ将軍様のためはるばる越後から来てるのに将軍様のご命令で都の手前で足止めとは存分な扱いじゃ・・」

と兵士は口々に不満を言ってきたので景虎は再度彼らに都入りの交渉を約束してひとまずは坂本で待機させた。

恐らくは都の誰かが反対意見を唱えたのであろうと。


兵士は坂本に置いて景虎ら重臣一行は神余親綱が待つ京都の越後屋敷に向かった。

都は前回とあまり変わっていなかったが都に到着早々宇佐美が景虎が初めて都に来た時と同じことを言った。

「・・意外と荒れておるのう・・」

「・・ほんまじゃのう・・」

と直江も相槌を打っていた。

「一番まともな屋敷が越後屋敷か・・笑ってまうな・・」

中条が都の現状に呆れているようだった。

景虎も思わず苦笑いしてしまった。


初めての上洛からすでに5年がたった都の様子は相変わらずであった。

いつまでも若い気分でいたが景虎も30歳になっていた。


今回の上洛は将軍の足利義輝が三好長慶との争いで一時近江に追われて都に戻るための援軍の派遣であったが 実はその後急転直下で義輝と長慶が和解して都に義輝が戻ったので実は景虎が軍を率いて上洛する意味はそれほどなかった。

ただ生真面目な景虎は最初の要請通り忠実に軍をわざわざ都に派遣しただけであった。

ただ長慶の三好軍と本当に戦かう気は無かったので今回の件は実は内心一安心であった。

あともうひとつ別の大きな予定もあった。関東管領の件である。その話を円滑に進めるための保険で莫大な金をかけて軍を連れてきたのである。手荒な真似はするつもりは無かったが万が一である。


都に到着後、早速久々に室町殿に訪れた景虎一行であった。

義輝は新しい居城も作っているようでますます血気盛んであった。この前会ったときの大人し目な印象とは少し違った。

この城は後に二条御城と呼ばれ初代の二条城である。

衣装は今回も前回と同じく服装は将軍面会用の薄い萌黄色の直衣のうしを着、髪の毛は義輝たち会うときだけ烏帽子に隠さず普段どおり垂髪にした。

髪を烏帽子に隠せばすぐに男装の麗人になるので京都市内を出歩くときはその格好である。

今回は前回の新兵衛、実乃以外に宇佐美 直江 中条 千坂ら重臣意外に色部 斉藤 北条 繁長をも同伴させた。


義輝 細川晴元は相変わらずであった。傀儡のままである。

あの三好長慶も相変わらずで横で真の権力者の圧力を無言で放っていた。

それにしてもつい昨年将軍追放事件があったようにはとても見えなかった。

三人とも何事も無かったように平然と5年前と同じように景虎を迎え入れてくれたので逆に景虎は拍子抜けしてしまった。


義輝は遠路ご苦労 大儀であったと5年前と同じ様に景虎を褒めた。

今回は管領の細川晴元からも同じ言葉が出てきた。

義輝と晴元はにこにこと笑顔であったが長慶は相変わらず無表情であった。


せっかくだったので思い切って義輝に兵士の件をお願いしてみた。

近江の坂本に待機させている越後軍の入京の許可の件である。

義輝はちらりと長慶の顔を見た。

そして答えた。

「・・景虎殿・・都に軍を入れるのは許可できない・・」

景虎も返した。

「狼藉は絶対いたしません・・上様の護衛のためにみな上京していますのでその栄えある任務をやらせて頂けませんでしょうか・・兵士からも強く要求されています・・」

義輝は再度長慶の方に一瞬視線をやったが返答に窮しているようであった。

「室町御殿の警護の三好軍では不足ということかな?」

突然長慶が入ってきた。少し不愉快そうであった。

(しまった・・言い回しがまずかったか・・)

景虎も自分の今の言い回しが長慶の勘に触ったのに気が付いた。

「じ・・実は みなせっかくはるばる越後の田舎から来ているので・・その、一生の思い出にせめて夕日に映える五重塔を見てみたいと懇願されまして・・」

景虎が苦し紛れな答えをした。

「ははは・・」

思わず義輝と晴元が笑った。

「あはは・・はは」

景虎や越後の重臣一同も愛想笑いをした。

しかし長慶は笑っていなかった。

義輝はもう一度長慶を見た。長慶が少しうなずいた様に見えた。


「わかった・・景虎殿・・」

義輝が言った。

「入京を許可する・・しかし狼藉はするなよ・・室町御殿の警備は三好軍で間に合っている・・気持ちだけで充分だ・・越後屋敷から大人しく夕日に映える五重塔を眼に焼き付けて越後兵をねぎらってくれ・・」

許可が下りた。

晴元もうんうんとうなずいていた。

「あ・・ありがとうございます!」

景虎一行は礼をした。

「前回話をしていた夜宴は日程が決まったらまた連絡する・・あと・・以前書状でもらった要望の話は来週の昼間にでも今度ゆっくりしよう」

義輝は相変わらず景虎に友好的であった。


しかしその後の一言は景虎をまた緊張させた。

黙っていた長慶がこの前の優しげな眼と違い厳しい眼で景虎を見ていたのである。

そして・・

「景虎殿・・来週お時間あれば三好屋敷にまたお邪魔いただけないかな・・いろいろ話がしたくてな・・」

景虎は面と向かって長慶を見れなかった。

「は・・はい・・」

と縮こまって返事をした。


景虎は確信した。三好長慶と将軍義輝 管領晴元の関係は昔と少し変わっている。微妙な関係になっているのが良くわかった。


越後屋敷に戻って今日は久々に酒宴を開いた。

旅路のねぎらいである。

このような酒宴の時は大概無礼講である。勝手に無礼講になる。


早速今日の御所の件が話題になった。

「あれが三好長慶か・・天下人ってやつか・・」

中条が良い物を見せてもらったぞといわんばかりに言った。

「彼が将軍様と管領様を裏から動かしているとはのう・・」

宇佐美も感心していた。

「まだ40前じゃろ?若いのにたいした男じゃ」

直江も感心していた。

「とにかく兵が都に入れて一安心ですな・・みんな都に来た甲斐があったでしょう・・都の手前まで来て入れなかったなんて笑い話ですからな・・」

色部も一安心していた。

「しかし5000も越後屋敷に収容できるか?」

中条が聞いた。

「近くの寺に少し泊めてもらいましょう・・」

神余が言った。

「僧兵にならないように見張っておけよ!」

北条が悪い冗談を飛ばした。

「おぬしこそ出家して精進した方がよかろうが?」

中条も悪乗りしていた。


「と・・ところで・・」

景虎が声を出した。

「姫は寺に行ってはいけません・・出奔は一度限りでお願いしまする・・」

新兵衛が冗談か本音かわからない横槍を入れた。

「・・そ・・その話ではない・・!」

みんな大笑いであった。

景虎は真面目な話をしようとしていたのに横槍を入れられて少し膨れてしまったが・・

「寺・・ではなくて義輝様の件だが・・」

景虎は長慶から出た足利家との件の話を今日今更であるがしようと思ったのだが・・

「またお気に入りですかい?確かに若くていい男らしいが」

北条が言った。

「今日はやってなかったぞ・・じっと5秒見つめるやつ・・」

中条が景虎の真似をしていた。

酒が入るとみな容赦が無い。

大いに盛り上がって結構であるがこうなるともう景虎の手に負えない・・

(はぁ・・今日はみな 呑み過ぎている・・言うのやめようかな・・)


しかし思わぬ情報が入った。

「そういえば義輝様は最近結婚されたようです・・相手は近衛稙家様の娘・・前嗣殿の姉上とかと言ってました・・」

神余が言った。

景虎は内心驚いたが顔に出さないようにした。

「近衛家?関白様一族か・・」

直江が言った。

「確か稙家様は太政大臣、前嗣殿は左大臣だったかのう・・すごいところから嫁をもらったもんじゃ・・さすが将軍家じゃ・・」

宇佐美が関心していた。

「都じゃ昔からよくあることだろう・・将軍家は代々近衛家と親しいんだろう・・」

実乃が酒をぐいと飲みながら返した。

「阿虎様もまだ間に合う!都の軟弱な娘よりじゃじゃ馬な越後美人もどうかと!年上だが・・なぁ!新兵衛!将軍様・・は結婚したって言ったか・・なら近衛の前嗣殿に提案してまいれ!ガハハ・・」

中条は酔うと北条並みに口が悪くなる。

「前嗣殿っていくつじゃ・・」

宇佐美が聞いた。

「若いですぞ・・24くらいじゃないかと・・」

神余が答えた。

「・・そうと決まれば・・実行あるのみ!ありゃ?新兵衛?聞いておるか?」

中条は相変わらず悪乗りしてる。

「・・うん?呼んだか・・ヒック」

新兵衛は下戸であった・・

「それにしてもいくらなんでも近衛家に越後の(田舎)大名が嫁ぐのは無理じゃろう・・」

色部が冷静に呆れながら言った。

「長慶の息子はどうだ?」

斉藤が冗談を言った。

「年が離れすぎですな・・いくらなんでも息子さんが可哀想だ・・」

繁長が答えた。

「・・お前 阿虎様に怒られるぞ・・」

色部が冗談交じりに小声で言った。

「・・・え!」

繁長は思わず口をふさいでしまった。


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