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越後の虎  作者: 立道智之
24/77

権力者

到着してしばらくして早速将軍に謁見することになった。手土産になるお礼の品々、もちろん越後名産品の紹介も兼ねているが、をたずさえて将軍の住む室町殿へ向かった。

かっては花の御所と呼ばれ広大な屋敷の中に四季折々の花や木に溢れていたとのことだが応仁の乱で焼け落ちて再建されてからは小さな屋敷になってしまい将軍家の権威を表現しているような屋敷であった。

景虎は服装は将軍面会用の薄い萌黄色の直衣のうしを着ていたが髪の毛は烏帽子に隠さず普段どおり垂髪にした。女であることを将軍に隠すのは良くないと思ったからである。


将軍は13代目足利義輝、19歳の若者、青年将軍である。

景虎には本庄実乃 金津新兵衛が同伴した。

将軍の横には管領の細川晴元 そして噂の三好長慶がいた。

足利将軍家は生き長らえていたが下克上の世界そのもので実権はこの三好長慶にすべて握られていた。将軍と管領を傀儡として権力を振るっていたのである。


義輝は景虎がわざわざ越後から来た事に大歓迎であった。

しかも景虎が噂通り女性と聞いていたが事実であったので余計に驚いていた。

管領の細川晴元もしかりであった。

しかも景虎が守護や将軍の忠誠に男女は関係ないとさらりと言ったのでますます義輝たちを感心させた。

ただそれによって守護の仕事に少し苦労しているのであまり口外してほしくはないとも正直に告げてはおいた。

それでも義輝は景虎に感心しきりでいろいろ声を掛けてくれて景虎が戸惑うほどであった。


三好長慶は一人冷静にことの成り行きを黙ってみていた。

ただ景虎らは緊張で細川や肝心の長慶の印象はこのときはあまりなかったが。


義輝は早速義輝印判の御内書(将軍の公文書)ならびに備前国宗の太刀を賜ってくれた。

これにより景虎は正式に越後の守護として越後及び隣国にて敵対する者に対する討伐の権利を手に入れたのであった。

甲斐の晴信と信濃で戦う名分を手に入れたのである。

さらには後奈良天皇への謁見、朝廷からの綸旨の手続きもとってくれた。


義輝は景虎を気に入ったようで後日、景虎を祝宴に誘ってくれた。

一方黙っていた三好長慶からも突然話があり翌週、都の三好邸にて個別に面会することになった。


後日、景虎は義輝招待の祝宴のため室町御所へ再度向かった。

今日は管領の細川晴元や三好長慶はいなかった。

義輝は気さくに景虎に話しかけてきてくれた。景虎は当時25歳だったので将軍と年が近く親近感を覚えたのであろう。義輝は都育ちの将軍ではあったが剣術に長け代々公家のような将軍が多い中では異色な将軍であった。

景虎は自分が武芸が得意ではなかったのもあるがこのような将軍らしい義輝を尊敬していた。都まではるばる来た甲斐があったと素直に思いますます将軍家への忠節を誓った。

いろいろと酒や食事をしながら世間話などをしたあと義輝はある話しになると少し声を小さくした。そして少し回りに気を使っているようであった。

義輝は言った。

「景虎殿・・お気づきの通りだが私はこのようにただの飾り雛だ・・御所の中とはいえ長慶の息の係った者が大勢居る・・将軍職だけではなく管領職も今や完全に長慶の傀儡だ。 私に挨拶に来るものはだいたいなんらかの下心を持って来ている・・景虎殿のように何も求めず忠節のためにわざわざ遠路はるばる来てくれて嬉しく思う、そなたは大事にしたい・・三好と今度会うらしいが気をつけるように・・危なくなったらなんなり申してくれ・・全力を尽くす・・」

景虎は将軍からこのような言葉をもらって率直にうれしかったが都の現状に少し気持ちが沈んだ。


義輝とは色々な話をした、景虎が和歌や絵巻物が好きとのことで次回上洛時に公家衆を呼んで歌会を催してくれることなども約束してくれた。

間接的もう一度上洛することを約束してしまったのであったが・・


このときの面白い話ではつい最近尾張の織田信長という者も謁見に来たという。

景虎はこのとき初めて聞いた名前であった。

まだ尾張の半分しか治めていない弱小大名であったが景虎同様下心なく都まで挨拶に来たという。

尾張の織田信長に景虎は関心を持った。自分のような将軍への忠節を誓う人間が戦国の世にまだいたことを嬉しく思い、景虎は信長に一度会ってみたいとも真剣に考えていた。

この後この織田信長とは因縁の関係になるとは当時の景虎は夢にも思わなかったであろうが。


翌週景虎は今度は三好長慶の京屋敷に向かった。

実は景虎も今回は久々に緊張した。景虎一行も同じであった。

蔵田五郎左衛門からも長慶に会うときは用心するようとの助言があった。

下克上の世とは陰湿で暗殺などもよくあった。それを一番恐れたのである。

長慶は都の実力者である。彼の勢力圏にいる以上何が出てくるかわからないからである。

今回は景虎も口の利き方になるべく気をつけることにした。

景虎は将軍に面会した時と同じ格好であった。

長慶に誠意を見せるためである。また彼を実力者として将軍並みに認めていることを暗に示すためである。


長慶の屋敷に入ると長慶の方から提案があり茶の間で一対一で話をしないかとのことであった。景虎一行もこれには困ったが断れないので運を天に任せ受け入れるしかなかった。

景虎は茶の間に通された。


枯山水の庭が目の前に広まる禅宗模様の小洒落た茶の間であった。

緊張していたが景虎は思わず見入ってしまった。越後にこのような庭はない、さすが都であると・・また改めて彼の権力を垣間見た気がした。

緊張を忘れしばらく庭を眺めていると。

「失礼・・」

三好長慶が突然入ってきた。水色の直垂を優雅に着ていて高貴な雰囲気があった。

景虎は将軍に謁見したときは長慶の顔をよく見てみなかったので今日改めてじっくり見たのだが正直景虎は彼がそれほど悪人には見えなかった。

策略智謀を張り巡らせてというようには見えなかった。まぁ武田晴信もそうであるが。

年もあの晴信より少し上程度の細身の30半ばの優しそうな男だった。

景虎は深々と礼をした。

長慶が切り出した。どこかで景虎の様子を見ていたのであろうか。

「庭とか茶道に興味があるのかな・・?」

景虎に聞いてきた。景虎はうなずいた。

長慶は自ら茶を立てて景虎に手渡した。景虎は正直なんか予想外で拍子抜けした。

長慶を抜け目の無い油断ならない人間と思っていたのだが予想外な文化人ぶりにである。

「まぁ・・ゆっくりしていってくれ・・」

長慶は静かに茶をすすっていた。


「女子だてらに越後を治めるなどりっぱだな・・たいしたものだ・・」

彼の声もこの前と違い見た目同様優しい話し方であった。

「都はどうかな・・?」

「意外と荒れているな・・と・・」

正直に答えた。

長慶は苦笑いしていた。正直な娘だと。


長慶も景虎を初めて見たときは驚いたが景虎と義輝の会話を横で聞いていて景虎の印象が変わったのであった。長慶も最初は見た目に反して勇猛なのだろうと思っていたが自分同様旧来以前の古い考え方を大事にする単に下心がない正直な人物であろうとわかった。景虎自身を田舎の世間知らずな華奢な麗しき姫君であると。

景虎のぶしつけな態度や物言いは相変わらずだったが長慶はそれが分かっていたので気にしてなかった。


そして予想外な質問を景虎にした。

「景虎殿が都に来ること 越後の家臣団がよく了承してくれたな・・」

長慶は正直な質問をした。

この戦国の世で自分の領土を空けて都に来るなど考え難かった。

まして景虎のような遠隔地からだとなおさらである。

景虎は思わず返事に窮してしまった。無理やり来たことを思い出し、みなの顔を思い出してしまった。

嘘が苦手な景虎は苦し紛れに答えた。

「みなを信用しておりますので・・無理に来ました・・」

「無理にか・・信用か・・」

長慶も静かに言った。

予想通り正直な人物だと長慶は思った、だから家臣団も景虎について来ているのであろうと。

「ワシも似たような物だな・・信用は大事だ・・そうか」

景虎は長慶が何を言っているのか良く分からなかった。

長慶は続けた。

「甲斐の武田とやりあったそうだが・・善戦したそうだな・・たいしたもんだな」

川中島の件が都でも噂になっていたのは景虎も驚いた。

「引き分けでしたので・・それほどでもないかと・・」

今度も正直に返した。

「なぜ景虎殿は武田と戦っているのかな・・?面倒な奴であろうに・・」

「越後を守るためです・・あと頼まれたので・・」

景虎は即答した。

「頼まれた・・?」

景虎はうなずいた。

信濃守護と信濃国人衆、関東管領に頼まれたから戦う・・と

しかも関東管領の上杉憲政も保護しているという。


長慶は黙っていた。そして確信した。

景虎は25歳の若者であるがここまで権威を大事にするとは良く言えば律儀 悪く言えば旧式な考えだと。

もちろん自分も旧式な人間であるとわかっていたが。


景虎もなんで長慶がこんなことを聞いてくるのか分からなかった。

今日は堺の商人の話かとばかり景虎は思ったからである。

景虎も思わず妙なことを聞いてしまった。

妙というか本当に聞いてもみたかった。

自分は天下を治めるなど、おおそれた考えなどもっていないが、長慶は既に近畿を支配権に治める天下人である。

彼の本音を聞いてみたかった。

「長慶殿はなぜ天下人を目指してらっしゃるのですか?」

長慶はしばらく考えたあと言った。

「一族に頼まれてな いや一族の繁栄のためだ・・」

「一族に頼まれて?・・一族繁栄のため?」

景虎は少し考えてしまった。

天下泰平、自分の野心のためぐらいの返事を少し期待していたのだが予想外であった。

自分は自ずからではなかったが兄を蹴落とし一時期は姉とも敵対していた。

血縁で頼れる人間はあまりいない。兄弟が多かったり子供がいるとこのような気持ちになるのだろうかと。自分は一族ではなく血縁のない家臣に頼まれて守護になったが長慶は弟たちや一族に頼まれて、そしてそのためにここまで登り詰めたのであろうかと。

長慶も自分と似たような境遇だったのだろうかとあれこれ考えてしまった。


こんなときであったがふと兄の件を思い出してしまった。

実は景虎はこの年の2月 天文22年(1553)であるが兄の晴景を亡くしていた。

川中島に出陣する1ヶ月前である。

兄の臨終には間に合わず結局兄とは最後まで一度も言葉を交わすことはなかった。

晴景は景虎に隠居させられてから自分を恨み酒に溺れているとは聞いていたが自分にも負い目があったので何もできなかった。無視するしか出来なかった。

晴景の死に顔は予想に反して意外なほど穏やかであった。それが景虎の心に余計に重い形で残っていた。


景虎が一族の話しになると急に思いつめたような顔をしているのを見てか見ぬふりか

「・・結婚されてるのか・・?」

長慶がまた予想外の質問をしてきた。

景虎は驚いたが素直に首を横に振った。

「・・家柄を気にされてるのかな・・」

また首を横に振った。

「・・足利家に興味があるのなら・・手助けしても良いぞ・・」

意外な言葉が出てきた。 しかし

「ありがたきお言葉・・でも私のような田舎者が恐れ多いと・・」

景虎は自分の体のことを分かっていた。ありがたい話ではあったが将軍に迷惑をかけるわけにはいかないこともわかっていた。

「・・そうか・・しかし気が変わったらまた声をかけてくれ・・」

長慶は一瞬なぜこんな良い話を景虎が断ったのか分からなかったが顔色変えずに答えた。

景虎は深々と礼をした。

景虎もなんで長慶はこんな話を自分にしてきたのか分からなかった。

まさか義輝からの依頼など夢にも思ってもいなかった。


もちろん景虎の結婚、跡継ぎ問題は越後でも懸念すべき問題であった。家臣団が心配しているように放っておける問題ではなかったが景虎は自分の体のことをまだ率直に話す勇気はなかった。家臣団も薄々景虎の体の不調の件は感じてはいたが、この解決には更に時間がかかることになる。


ちなみに今日長慶が景虎と会談を希望したのには訳があった。

長慶は実は畿内ではなく四国の阿波(徳島)の出身である。

幼少の頃父親の元長を管領の細川晴元に殺され(叔父の三好政長の謀略といわれる)成人後その復讐のため後に細川を凌ぐほどになるがここで長慶の実力に注目した一族に担がれ天下人への道を歩むようになったのである。

長慶自身も古い既存のしきたりの上での天下人になることを考えていた。

つまり管領や将軍家をや天皇の権威を盾に天下を治めることである。

長慶が畿内での力を得たのはもちろん彼の実力もあるがそれ以上に彼の優秀な親族たちによるところが大きかった。彼の実力と親族たちが活躍したことにより彼はここまで登りつめたのであった。

親族のために彼は奮戦したのである。もちろん一族の繁栄もしかりである。

彼は近畿の守護や守護代に彼の兄弟親族や縁者を送り込み急激に力を得たのであった。

そんな順風満帆な長慶であったが、懸念していたのは三好一族と足利将軍家との関係であった。

過去にいろいろあって微妙な関係で順風ではなかった。

長慶は密かに旧権威や大儀名分を大事にする景虎をうまく使い将軍家の権威回復と三好家の更なる勢力拡大を狙っていた。

義輝を喜ばせ三好家との関係も改善させ、さらには関東管領を助けている景虎を助けるとの名目で関東方面でも失墜した幕府、足利将軍家の権威復権、勢力拡大のきっかけにしようと考えていたのである。もちろん実際に政治を動かすのは三好家であるが。


長慶は商人同士で堺衆と越後衆が揉めているのは重々承知していたがそのような小さい話ではなく天下人としての政治理論を優先したのである。

長慶は景虎が旧権威を大事にする性格であることを今回の会談で確信し、彼女をうまく利用しよう考えたのである。長慶はみなが納得できるような段取りを用意したつもりであったが景虎が思いの他今回は断っただけであった。

また若い景虎には長慶の裏が理解できなかっただけでもあった。


長慶自身も実は今日は景虎が予想外に話を断ったのが意外だったが急に言って驚いたのであろう、気がまた変わるであろうと思い長慶はそれ以上深追いしなかった。


堺に行く件は長慶から許可がでた。自由にやれと。


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