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越後の虎  作者: 立道智之
23/77

上洛

春日山城は大騒ぎであった。

川中島からようやく帰ってきて一週間 具足の埃も落としきっていないのに景虎が今から上洛すると言い出したからである。

末っ子で少々わがままに育ってきた嫌いはあったが家臣団も景虎が女子で娘ほど年が離れていたこともあるあまり厳しい事が言い難かったのも事実であった。

が さすがに今回はみな黙って居なかった。


評定ではみな猛反対した。

特に直接の脅威にさらされている高梨政頼は猛反対だった。中野城に3000近くを駐留させているとはいえやはり不安であった。あの晴信のことだから景虎が居ないと聞くや攻めて来るに違いないと恐れていたのである。


他にも理由があった。上洛するにしろ陸路で行けば為景時代から敵対する一向宗本願寺領土の加賀を通らざるをえずに襲われる可能性もあった。

また海路で行くにしろ冬の日本海は不機嫌で遭難する危険性があった。

今ここで景虎を失ったら越後は終わりであると。熟慮をとみな訴えた。


景虎にも言い分はあった。この時期は雪で越後国内は軍が動かせない、要は晴信も越後まで兵を進められない、北信濃も雪で軍を動かせないはずである、大丈夫と。

さらにこのような時代である、秩序を守り重んじることは大事であると。

事実景虎は従五位・弾正少弼だんじょうしょうひつに任じられその叙位任官の御礼としての上洛の目的もあった。将軍に謁見するのは大事な仕事であると。

この辺に景虎の悪く言えば古い考え方 中世的な権威にすがる構造や志向が見てとれてしまうのであるが・・


大事な商人たちとの約束もあった。延び延びになっていた蔵田五郎左衛門との約束であった。商人たちのおかげで越後経済 越後軍は回復した。彼らの税金で越後は成り立っていた。こちらもいろいろ要求したが商人も約束をよく守ってくれていた。景虎も約束を守る必要があった。

冬で軍が動かせない今が絶好の機会であった。


陸路ではなく海路で行く予定だった。越後水軍と商船の部隊は航海に手馴れている、大丈夫心配無用と説得した。

とにかく景虎は都になんとしても行きたかった。もちろん趣味的な面からも行ってみたいという本音もあったが。


しかし家臣団も今回は引き下がってくれなかった。

治まらない家臣団の意見を景虎は黙ってしゅくしゅくと聞いていた。

みなが言っていることが正しいのは充分に認めていた。

しかしみなが一通り意見を述べたあと一言言った。

将軍に謁見するのは守護の勤めであると 絶対行く と・・


家臣団は弱りきっていた・・どうしてこう頑ななんだと・・みながいろいろ考えていたそのときであった。


「ガハハハハ・・」

豪放な笑いが突如響いた。

一瞬みなあっけにとられた。大声を出して笑っていたのは北条高広であった。

「・・いやはや 片腹痛いわ・・全く・・」

高広がわざとらしく笑っていた。

景虎は少しむっとした。北条は西国の毛利の出身である。西国独特の遠慮のない口の利き方、それ以上に彼が粗相なのは充分承知していたので普段は彼の物の言い方にあまり気に留めていなかったのだが今日の彼はあまりにも意図的だったので思わず反応してしまった。

「・・そんな可笑しいこと言ったつもりはないが・・」

景虎は口を尖らせて北条に言った。

「・・可笑しくない?可笑しすぎますぞ・・」

北条はうそ笑いをやめると景虎をぎろりと睨んだ。

そして厳しい口調で言い放った。

「褒賞の件が終わっていないのに商人と一緒に遊山に行くなど・・笑止千万!」

景虎は一瞬ひるんでしまった。北条は武勇の男である。言い方に迫力がある。

景虎から見ても年長者でもある。しかも彼の言っている事は正しかった。

しかし景虎も切り返した。

「商人からの税金で越後は成り立っている・・無視できない・・遊山ではい!

将軍に謁見するのだって大事な仕事であろう!」

景虎も思わず声を荒げてしまった。

「女々しい・・たわけた屁理屈を・・」

北条がふてくされて言った。

「・・・!」

景虎は思わず立ち上がって肩を震わせていた。こぶしを握り締め、険しい顔で少し涙目になっていた。

景虎はあまり激情しないが怒りが頂点に達すると肩が震え険しい顔の中に少し涙目にいつもなった。

「も・・もう一度・・言ってみろ・・!!」

景虎が声を震わせて言った。完全に怒り心頭だった。

みな血の気が引いた。ただならぬことになってしまったと。

「北条殿!言い過ぎじゃ!」

金津新兵衛が声を荒げた。

「ふ 二人とも落ち着きなされ・・」

宇佐美定満も飛び込んできた。

「・・言い過ぎ?本当のことを言って何が悪い!言い過ぎも何もないわ!」

北条も全く引かない。

そして

「我らは命を懸けてあなた様に忠誠を誓っている、それなのにその返事もしないで都に行くと言っていることにワシがひとこと言ったまでじゃ!ごめん!」

北条は立ち上がると怒ってそのまま評定を放り出して出て行ってしまった。

みなが唖然としていた。

「・・う・・」

景虎は一番痛いところを突かれてしまった。北条の言い方はともかく言っていることは正論だった。景虎は何も反論できなかった。

景虎はしばらくして力が抜けたようにへなへなと座り込んでしまった。


結局その日の評定で上洛の件は何も結論がでなかった。


しかし結局景虎は行動した。

このような時代秩序を重んじることが大事と判断したのである。それを大儀名分としたのであった。みなも分かってくれるであろうと・・


翌日景虎一行は早朝夜も明けきらない内に春日山城を出発して府内の港に向かっていた。

実は既に蔵田五郎左衛門たちとは連絡を取り合っていたのであった。

本庄実乃 金津新兵衛 千坂景親の腹心たちと親衛隊の弥太郎 秋山源蔵 戸倉与八郎の腕利きたちに同伴してもらった。

お春とお花も世話役で同伴してもらった。本人たちも行きたいと騒いでいたが。


府内の港では北国船が一隻出港準備に追われていた。

船には蔵田五郎左衛門一行と越後水軍衆が待っていた。

景虎一行は荷物をさっさと積み込むと船は日の出前に府内の港を静かに出港した。


景虎は生まれて初めて船に乗ったが今日の日本海は静かそのものであった。

海から見る府内や春日山城は新鮮だった。

みなには悪いなとは思っていたが都に行く嬉しさの方が上回っていたのか昨日のことはすっかり忘れ上機嫌で年甲斐もなくはしゃいでいた。

船は快適に一路西に向かった。


景虎一行が出発した日の春日山城の評定も大騒ぎであった。景虎の置き手紙にである。

都へ行ってくる。宇佐美 直江 政景筆頭に留守役よろしくと・・



北国船は快適に航海を続けていた。

水軍衆によると今日は風向きが良く明日には敦賀の港に入ることが出来るという。

船の左岸には能登半島が広まっていた。父為景の代から因縁の一向宗本願寺の領土である。

実は当時の日本の船は洋船と違い横風では航海できなかった。

そのため実は水軍衆や蔵田五郎左衛門が一番心配していたのは天候であった。

彼らは能登半島の港に天候が悪いときは緊急時に避難してはいたが今日は景虎が乗っていたのでそのような事態は避けたかった。ひとまず天候 風向きともに良く一安心であった。


景虎も海路の速さに驚いていた。今日は特別に条件が良いとのことであったが陸路よりも断然快適であった。景虎は都と越後の間にある一向宗を屈服できたらどんなに楽だろうと一瞬思ったがそれ以上考えるのはやめた。

他人の領土を取って喜んでいる武田晴信の顔を思い出したからである。

景虎か越中や能登半島を支配下に置くのは今から更に後年の48歳の時である。


船はやがて翌日の昼に朝倉の支配下の敦賀の港に入った。

敦賀の港は都や機内への玄関口ということで繁盛していた。

上陸すると朝倉家に挨拶した。朝倉家は父為景時代以来の友好関係である。朝倉にとっても越後は日本海海運の船税金の大事な客であったので景虎一行を歓迎してくれた。朝倉は近江の浅井 山城の六角にも連絡を取ってくれており旅路の安全を約束してくれた。


実は今回の衣装の件も景虎の問題の件であった。

朝倉家と面会したときはやはり男装の麗人として直垂を着て髪は烏帽子内に束ねて面会した。

もちろん ばれるのは承知ではあったが。

越後国内ではともかく他国では景虎は男として通していた。

越後国内では景虎が女子であることは周知の事実であったが越後兵の中から大将が女子と思われると敵に侮られるとの声があり、結局他国向けでは男子と宣伝されていたのである。

これには越後商人からも同様の指摘があった。とくに堺の商人と揉め事を起こしている間は守護が侮られる様なことがあってはならないと男装を商人からも要求されていた。

そのため実は前回の川中島の景虎の行動は春日山城内でも問題になった。

一応今後はあのような行為は慎むとは景虎が折れて収まったが。


敦賀から都までの旅は安全快適そのものであった。馬に揺られ琵琶湖や伊吹山を眺めながら一行は10月には都に到着した。


しかし都に到着した景虎はがっかりした。都の華やかな面ばかり思い浮かべていたのに都は応仁の乱(1467)以来の混乱から回復しておらず、一般町人の建物はおろか公家の屋敷の荒廃は散々たるものであった。盗人に襲われて落命する公家がいるという噂話は本当と思った。しかしそれでも刹那や古寺がいにしえの雰囲気をいたるところで醸し出すところに景虎は少し安心を覚えた。

景虎は生真面目であった。悪い言い方をすれば古来の習慣、権威から頭が離れられなかったのであろう。もし自分に実力があれば将軍を補佐し荒れた世の中を立て直せればなどあれこれ真剣に考えていた。

間もなく護衛がしっかり付いた大きな綺麗な屋敷が見えてきた。京都の越後屋敷であった。

景虎は越後の京都屋敷の方が都の公家より立派なことにもある意味衝撃を覚えていた。

京都留守役の神余親綱が景虎一行を出迎えてくれた。


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