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越後の虎  作者: 立道智之
22/77

甲斐の虎

8月の春日山城下や府内は夏の暑さと商売人の熱気で蒸れていた。

しかし春日山城は高台のため 冬の厳しさに比べ 夏は海風で涼しく爽やかであった。

そんなおり信濃から再度使者が飛んできた。


武田晴信が再度大軍を率いて村上らの葛尾城を襲い落城させ一気に善光寺平に進軍しているとの情報だった。

(・・さすがに早い・・)

景虎は思わずつぶやいた。

あまりの引き際の良さにいやな感じはしていたが残念ながら予感は的中した。

景虎はすぐに動員令を出すと再度自ら信濃に出陣した。

今度は8000の兵を用意した。


越後軍は前回同様一気に南下し白坂峠から神代坂を一気に下った。

8月末とはいえ信濃の夏は暑い。景虎は実はこの暑さに一番辟易していた。

湿度と日焼けがとにかく苦手であった。

顔に行人包みのように純白の越後上布を巻き日焼けと汗を防いでいた。

3ヶ月前に戦ったばかりなのにすぐにやってくる晴信の図太さに少し苛立っていた。

善光寺近辺まで後退 待機していた村上軍と合流するとすぐに隊列を整えた。


犀川を渡り前進を続けると 前方布施あたりに堂々と構える甲斐軍が見えてきた。

今回は1万という大軍であった。


実は苛立っていたのは景虎だけではなかった。

越後の国人衆にもまだ更科八幡での戦いの恩賞が行き渡っていなかった、

景虎は戦や内政では驚異的な能力を発揮するが国人衆相手の裁定やなどは本人がやる気が沸かないのか苦手なのかわからないが遅々として進まない傾向があった。

越後軍兵士も普段は農民である。米の収穫直前に兵隊に駆りだされ苛立っていた。

そのため越後軍はみな早く越後に帰りたい、早く終わらせたい一心であった。


いつもどおり怖さを紛らわせるため一杯飲んだが、今日は苛立ちのせいもあり、かなり多めに呑んでしまった。部隊の配置が終わると

「水増しの軍など恐れるに足りぬ! 行けぇ!」

甲斐軍に越後軍は襲い掛かってきた。


越後軍は隊列を整えると見たこともないかなり密集した集団で低い腰で春日槍を前に並べてじりじりとゆっくり接近してきたあと、甲斐軍に一気に襲い掛かってきた。

密集し低く構えるのは弓や投石から身を守るためである。

甲斐軍の弓手と小山田弥三郎隊自慢の投石を受けながら猛然と突っ込んできたのである。


甲斐軍は前回と違い二列配列であったが兵数が多い分一隊の厚みがあった。

また前回の件があったので中央も重点的に厚くした。

越後軍は前回同様村上義清隊 柿崎景家隊を軸による武田本陣めがけての集中攻撃を始めた。

(・・能が無い攻撃よ・・)

と晴信は思ったが越後軍は今回も前回同様激しい闘志を丸出しでやってきた。

越後軍から言わせれば闘志というよりは苛立ちによる怒りだったのだが。


景虎は再度 前回同様 村上義清率いる信濃国人衆を中心に兵力を固めてきた。

一列目は村上義清隊には高梨政頼隊 小笠原長時隊連合の1500の大部隊、

柿崎景家隊は今回初めて上田の長尾政景隊を編入して兵力を厚くしこちらも2000近くと村上隊以上に強化した。鋒状の配置も同じである。左翼は北条高広 右翼は色部勝長でこちらも同じである。


二列目の中央は中条藤資隊 斉藤朝信隊 本庄実乃隊 千坂親衛隊 前回武田本陣前での

苦戦を踏まえて新たに山吉豊守隊も追加した。 左翼 甘粕景持隊 右翼 宇佐美定満隊 

荷駄は相変わらず直江景綱隊だが親衛隊にべったりつけて一緒に行動させた。兵力が多いよ

うに欺く意味もあった。


甲斐軍も前回の雪辱をはらそうと最前列の中央隊に真田幸隆 信綱隊親子 原虎胤 横田康景原親子の合同部隊を配置していた。

二列目両翼は山県昌景隊と馬場信房隊と前回同様だが中央は飯富虎昌隊 内藤昌豊隊 山本勘助隊 武田信繁隊 武田晴信直属部隊 更には小山田弥三郎隊とかなり分厚い布陣をひいていた。

数では甲斐軍は越後軍を上回っていた。しかも今回の武田の部隊は景虎の言っていた水増しの軍ではなかった。前もって準備していた正規兵であった。

武田の将校たちも今回は力で押し切る自信があった。

しかし越後兵の苛立ちの感情の方が上回っていたようで信じ難かったが武田軍は今回もじりじり押されだした。越後軍の戦法は前回同様で読めていたがどうにも分が悪かった。


今回越後軍は前回と違い最前列両翼の秋山信友隊 小幡昌盛隊にも北条高広隊 色部勝長隊が中央隊攻撃と同時に時間差なく甲斐軍両翼にも攻撃をかけてきた。

甲斐軍は中央部隊重視の布陣のため左右の秋山隊 小幡隊に戦力の余裕がなく、越後軍の北条隊の色部隊の対応に追われ前回のように遊撃による中央の真田隊 原隊の手助けが出来なかった。甲斐軍は部隊を厚くしてきてはいたが攻撃の自由度が今回は失われていた。

怒れる越後軍の前には真田親子 原親子の部隊は善戦していたが次第に押され始めた。


越後軍の中央は村上義清隊 柿崎景家隊 長尾政景隊 左翼 北条高広隊 右翼 色部勝長隊 景虎得意の車懸の陣でどんどん押していた。

いつの間にか

中央は中条藤資隊 斉藤朝信隊 本庄実乃隊 山吉豊守隊 千坂親衛隊 左翼 甘粕景持隊 右翼 宇佐美定満隊 に切り替わっていた。


甲斐軍は必死で防衛していたがついに一列目の中央の真田親子 原親子の部隊は押しだされ ついに中央二列目の飯富隊 内藤隊 山本隊 信繁隊 晴信直属部隊 小山田隊と越後軍は交戦に入った。

両翼の部隊は越後軍 甲斐軍共に両軍の一列 二列の部隊が混戦になっているようであった。越後軍両翼は甲斐軍の山形隊 馬場隊の猛攻で車懸かり戦法が失敗したようであった。

一方越後軍の中央の攻撃隊に千坂率いる親衛隊に景虎は今回も一緒に入ってきているという情報が入った。

前回同様であるが大将自ら最前線に出てきているという。

「まともな大将のやることじゃないな・・」

思わず信繁がつぶやいた。

勘助は後退してきた真田 原の部隊を再編成して本陣のすぐ側に待機させた。

越後の中央部隊が本陣の近くまで来たら前回同様一気に押し返す戦略である。


越後軍も再度動いているようで 一列目の村上隊 柿崎隊を予想よりも短い休憩期間で 戻そうとしているようで一列 二列の合同軍で強行を予定しているようであった。両軍の両翼の混乱も見越して動くようだった。


晴信は少し迷っていた。

ここで無理やり突破をかければ勝てるかもしれないが味方の犠牲が増えるとの判断であった。晴信は戦に負けるのは嫌いだが無駄な消耗はもっと嫌いであった。以前の敗戦経験から兵の消耗が一番割に合わないことを熟知していた。晴信にしては今回の戦が前回と全く同じ展開で面白くもなかったので無理をしたくもなかった。

まもなく勘助からいつで真田隊 原隊が出せるとの連絡も間もなく入ってきた。


越後軍は晴信の本陣前で飯富隊 内藤隊 勘助隊 晴信本隊 信繁隊 小山田隊と交戦していた。

越後軍も全力で向かってきているがさすがに苦戦しているようであった。

越後軍背後の休憩中の村上軍 柿崎軍が動き出した。


晴信は決意した。

「真田と原の馬を騒がせい・・」

晴信が落ち着いて命令した、本陣裏で待機している真田隊と原隊の馬を騒がせいななきや砂煙で相手を威嚇するのである。

晴信はまずは越後軍を止めることを考えていた。

正直言って越後軍は予想以上で損害を増やしたくなかった。


景虎たちの視界にも武田の本陣が見えてきた。

しかし本陣前はさすがに強固であった。なかなか抜けない。両翼も混戦になって動けないでいるとの情報も入っていた。

村上と柿崎も再度投入して一気に押し切る準備をしていたが武田の本陣真後ろで砂煙が激しく舞っているのが見えた。

(くっ・・前と全く同じか・・)

景虎は迷ったが結局進撃を一旦止めることにした。

「止まれ!戻れ!」

景虎の命令で進撃はようやく止まった。


越後軍は少し後退して素早く隊列を整えると両軍の間に100m程の短い緩衝帯が出来た。

甲斐軍も深追いせず再度隊列を整えた。

しばし睨み合いの静かな空気が、両軍の間を流れていた。


突然であった、景虎は緩衝帯に入り 武田の本陣の前に単騎で立ち塞がった。

今日は若干飲酒運転気味であるが今日は酒の勢いよりも苛立ちの方が上回っていた。

武田が3ヶ月でまた舞い戻ってきた上この暑さと同じ戦法にである。

行人包みのように顔に巻いていた日焼けを防ぐ純白の越後上布をほどくと肩に巻き直し

素顔で

「御大将の晴信殿 顔を出されよ!」

と大声で武田の本陣に呼びかけた。


越後軍も甲斐軍も仰天であった。何を突然するのかと。しかも大将自ら。


越後軍も慌てて村上 柿崎などが景虎の護衛に近づこうとするが私には毘沙門天がついている、矢など当たらない、大丈夫という理解不能な理屈で無理に下げられてしまった。

ただ いつでも飛び出せる位置で待機はしたが・・

(狙撃されたら終わりだ・・何を考えているんだが・・)

越後家臣団の心配をよそに本人はお構いなし。今日は酒の分量間違いと機嫌が悪いようで険しい顔であった。


甲斐軍も騒ぎ出した、敵の大将が単騎で本陣前に出て騒いでいると・・

しかも噂通り本当に女だ・・と

晴信の元のもすぐに情報が知らされた

「景虎が顔を見せろと騒いでる?」

さすがの晴信も驚いた。

(まともな大将と思えん・・)

しかし興味は深々であった。


俗な言い方であるが美女との噂でもしかしたら側室に来ていたかもしれない人間である。

話だけは聞いてやろうかと。今回の一戦で決着が付かないのも分かってもいた。


「本陣の囲いを解け」


晴信が命令した。

武田の家臣団も仰天した。

相手の誘い水に乗るなど迂闊であると飯富 内藤が反対したが


「小娘を見るくらい目の保養でいいだろう・・」


と軽い言い回しで押し切った。本陣を守っていた飯富 内藤 勘助 信繁 晴信直属部隊ら中央本隊が左右に別れ武田菱が映える白い本陣が丸見えになると囲いが解かれ本陣の中の様子があらわになった。


景虎は初めて晴信を見た。

年齢は30前半くらいだが年齢不相応な威厳があった。

落ち着き払いどっしり構えていた。

豪放と効いていたので肥えた人間かと思ったが意外に痩せ身で赤い色の少し入った濃紺主体の地味な当世具足に身を包み黄金の武田菱の紋が目立つが地味な普通の大兜を小姓が持っていた。

薄く口髭を生やし眉毛も険しくなく少し下がり気味で若くして守護になった苦労を刻ませていた。むしろ見た感じは弱気な感じもした。

眼光は鋭くはなくむしろ優しさを感じた。

残虐無慈悲と聞いていたので景虎はちょっと以外に感じた。

予想外だったので思わず不思議そうな顔をしてしまった。


周りにはこの前見た山本勘助や晴信の重臣たちがいた。

晴信の左隣いた30手前の若い爽やかな人当たりの良さそうな、しかし切れ者の雰囲気を醸し出す武将が晴信寵臣の弟の信繁であろうと思った。

あの山本勘助も信繁に続き居座り噂通り晴信の信用を得ているようであった。

晴信の右に居た真っ赤な大鏑を着込んだ大男が飯富虎昌、その側にいた厳しい顔の中高年が副将の内藤昌豊であろうか・・

若い少年少女と思しき武者も数名いた。

晴信は衆道をたしなみ好色と有名だったのでその小姓であろうとすぐに分かった。

少女がいたのは以外だったが一番若い妻を戦場に連れ歩いていると 聞いたことがあったのでそれではないかと思った。


晴信も景虎を見て思った。顔には出さなかったが正直驚いた。

本当にただの小娘じゃないかと、勘助の報告どおりであった。

もっとがっしりした薙刀を振り回しているような勇猛な女武者を想像していたが色白の細身の背は女子としては少し高いが華奢な小娘であった。

麗しい姫様と言われたらそれで終わりで武者にはとても見えなかった。

独特の薄茶色というか薄い金色の馬にまたがり平安時代風の古風な赤基調の派手な具足に身を包み絵巻物の巴御前さながらであった。 

純白の越後上布を肩に巻き黒い髪を風にさらさらとなびかせて威風堂々であった。

敵ながら天晴れで晴信の好みには充分適っていた。

しかし険しい顔でこちらに睨みを聞かせていた。

(やれやれ・・あんなのに嫁入りされていたら命がいくらあっても足りんわ・・)

晴信は内心苦笑した。

しかし他の者も同じ様に思っていたようで武田兵の騒ぎは収まらず正直に驚きの声や表情を浮かべていたが晴信の直近の小姓にいたってはしばらくして

「・・ねぇねぇ・・かっこいいね・・あのお姫様・・」

「・・うんうん・・」

と なぜか好意的なひそひそ話を始めた。

晴信が顔を覗き込むと驚いて無駄話をやめたが・・

飯富や内藤も正直に信じられんわと口を開けていた・・

勘助はともかく信繁は平静を装いむしろ後方の越後軍の武者の方を気にしている様子であった。さすがに二人は好機とばかりに情報収集にいそしんでいた。


景虎のすぐ左後方に武田の天敵村上義清 右後方にいた黒い大鏑に身を包んだ熊のような恐ろしい形相の大男が越後一の猛者と名高い柿崎景家であろう。

景虎を囲むように少し離れたところに居る 悠然と構える武者たちが中条 北条 千坂 長尾政景 色部 斉藤 山吉と軍旗から判断していた。 

景虎の真後ろに待機する中高年が越後の二人の智将 宇佐美定満と直江景綱であろうと・・

景虎の真後ろに控える甲斐軍より長い槍を構える親衛隊の槍部隊も大柄で屈強そうな強面の面々ばかりであった。


甲斐軍にとっては麗しき姫君に引きつれられた獰猛な部隊・・今まで見たことがない相手だった。


しばらくのにらみ合いのあと 突然弓矢が武田陣営から一本放たれた。

誰かが狙撃したようだった。弓矢は景虎の肩の防具に軽く当たったが景虎は平然としていた。

「やめんか!みっともない!」

珍しく晴信が大声で叫んだ。武田の弓手は驚いて後退した。

景虎側からも狙撃手が出てきて弓を構えた。晴信を明らかに狙っていた。


騒ぎが静まり緊張間が両軍を覆っていた。


「弾正・・」

晴信は高坂弾正に声をかけた。高坂弾正は元々は晴信の衆道の相手の一番のお気に入りであったが武人政治家としての実力も充分に備え、甲斐の将来を背負う若者として晴信も期待する年齢は25歳の美男子である。


「はっ!」

快活な返事とともに素早く弾正がやってきた。

「・・姫君にあのぶっそうな物を下げるように言ってきてくれ・・」

景虎側の弓手を下げろとのことであった。

「はっ!」


弾正は景虎の元にかけよった。


しかし弾正はここで若さゆえの間違いを犯してしまった。こう言ってしまった。

「姫様 わが殿がその物騒なものを下げるようにと・・」

景虎は黙っていた。

一瞬弾正をにらみつけたあと無視してしまった。何か機嫌を損ねたようであった。


会話が聞こえたのであろう。

晴信が少しに嬉しそうににやけていたのが景虎と弾正の目にも見えた。

ただ弾正はなんで景虎が機嫌を損ねたのか分からず少し焦ってはいたが・・


後方にいた宇佐美が馬を弾正にそっと接近させ小声で弾正に声をかけた。

「ホレ・・おぬし・・姫様じゃなくて景虎様であろうが・・まったく・・」

(・・しまった!)

思わず弾正は本音で言ってしまった。

「も 申し訳ありません・・姫様・・ではなくて景虎様・・我が殿がその・・物騒なものを・・」

弾正が言い終わらないうちに景虎が手を上げた。

越後の弓手は全員下がった。

「・・すみません・・」

さすがに弾正も少し気恥ずかしかったのか敵の感覚ではなく素直に景虎に謝った。

晴信がにやにやしているのが目に入った。


「ところで・・」

突然景虎が話し出した。

「?」

そして少し馬から身を乗り出すように弾正をじっと見つめて聞いてきた。

「そなた・・名前は・・なんと申す・・?」

「え・・?」

弾正は驚いた。予定外だったからである。

「わ 私の 名前ですか・・?」

弾正はもう一度確認を取った。

景虎はうなずいた。

「そう そなたのお名前・・」

景虎は弾正をじっと見つめていた。お気に入りの時の行動である。

(こんなときに・・また始まった・・)

景虎の家臣一同や越後兵は渋い顔だが今日は酒のせいか本人はお構いなしである。


晴信や武田の家臣団や甲斐兵はみな口をぽかんと開けてあっけにとられていたが・・


景虎は元が良い。いつのまにか普段の涼しげなにこやかな顔で弾正を見ていた。

見つめられて弾正の方が気恥ずかしくなってしまった。

「た 高坂 弾正 です・・」

不覚ながら少し顔が赤くなった気がして目を合わせないようにして答えた。

「高坂 弾正か・・」

「・・ハイ・・」

「高坂弾正・・ウン・・覚えておこう・・」

「・・で・・では 失礼!」

弾正は慌てて武田の陣地に戻った。

陣地で晴信が待ち構えていたが今度は少し不愉快そうな顔で少し口を尖らせていた。

「弾正・・ワシを焼かすなよ・・」

「・・すみません・・」


突然大きな声が 入って来た。

「晴信殿は人の物を取るのがお好きなようで・・!」

景虎が元の厳しい表情で啖呵を切ってきた。

晴信はゆっくりと威厳を持って返事をした。

「信濃のことか・・?」

景虎はうなずいた。

「すぐに出ていってもらわねば毘沙門天の天罰が下りますぞ!」

景虎は続けた。

晴信は黙っていたがすぐに返した。

「甲斐の国のためにやっている・・何が悪い・・おぬしこそ何しに来た」

晴信はずばり聞いてきた。

景虎の本心を聞きたかった。

「助けを求められたから来たまで!」

晴信は景虎が何を言っているのか理解できなかった。

晴信は一瞬冗談かと思ったが真剣に言っているようだった。


飯富虎昌が思わず本音を漏らした。

「あやつ 大丈夫か・・?」

「酒でも呑んでるんじゃなかろうか・・まったく・・」

信繁は呆れていた。甲斐軍は知らないが飲酒は事実でもあるが。

晴信も同じであった。浮世な人間かどうかしてるかと思った。


「姫様のおっしゃること・・よくわかった・・」

晴信は嫌味満点で言った。

「人の物を取るのは良くないわな・・が、ワシにはワシのやり方がある・・

力の世の中じゃ・・取り戻したかったら自分の力で取り返すことじゃな・・」

そして弾正をちらりと見て

「しかし・・おぬしも人のこと言えんだろうに・・」

武田軍から笑いが起きた。

弾正は顔を赤らめ下を向いてしまった。

景虎は一瞬むっとした表情をしたがすぐに切り替えした。

そして笑顔で髪をさらりと掻き分けると

「わかりました・・ならこちらも遠慮はしません・・晴信殿も・・取られない様 お気をつけてくださいませ・・」

と返した。

(・・口の減らない小娘が・・)

さすがの晴信も少しむっとした。

(・・しかし面倒な奴・・)

とも思った。


しばらく黙ったあと景虎にも聞こえるように大声で命令を出した。

「・・・撤退するぞ! 塩田城へ!」

甲斐軍は編隊を整えると恣意的に背中を越後軍に見せてさっと塩田城へ撤退して行った。


越後軍はその後、荒砥城を落としたあと荒砥城に篭るが甲斐軍の反撃を受け城を放火される。 越後軍も再度甲斐軍を追い返した後、晴信の立て篭もる塩田城に押しかけてみたが大軍に立て篭もられてはお手上げであった、9月末には兵糧や兵の田んぼの関係もあり軍を大急ぎで越後に引き上げていった。


晴信も越後軍を見送ると同じ事情で甲斐に大急ぎで引きあげていった。結局越後軍は村上の居城葛尾城を取り返すことが出来なかった。

村上はしばらく高梨政頼と共に北信濃に駐屯し守りを固めてもらうことにした。


こうして第一次川中島の合戦は慌ただしく幕を閉じたのであるがこの後も五回 12年に渡って両者は戦いを繰り広げていくのである。


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