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越後の虎  作者: 立道智之
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対決

黒田一族が滅んだことで景虎 新兵衛は晴景に例の約束の履行を迫っていた。

しかし 晴景は表向きは多忙を理由に面会に応じなかった。

時間ばかりがむなしく過ぎていったがしばらくして ついに半年以上たった初冬のある日景虎と新兵衛が我慢の限界が来たのか春日山城を出ると騒いでいると言う情報が晴景の耳にも入って来た。


景虎と晴景の不仲は決定的であった。城下でも有名になっていた。

同じ城内に住んでいるのに半年以上顔を合わせていないという異常事態であった。


晴景は約束の不履行になるが越後のためと割り切っていた。

甲斐の武田と景虎の嫁入りの交渉自体は進捗していなかったが景虎に逃げられては元も子もないので二人を 春日山城近くの 浄興寺に密かに軟禁することにした。

軟禁理由は浄興寺で天室光育と虎午前に話させることにした。

彼らに説明させたほうが説得も楽であろうとの判断である。


まず新兵衛が春日山城内で晴景に面会を口実に呼ばれたときに捕らえられた。

同じ日の夕刻には密かに晴景直属の旗本集が景虎の住む 南三の丸に向かい 景虎を捕らえた。

ここで晴景の旗本衆は景虎の女中のお春と花を捕らえ損ねた、 が このことが後々大きく響いてくることになる。


景虎は新兵衛と浄興寺で予期せぬ再開を果たした。

晴景に反抗的ではあったのは事実だが何で捕らえられたのかはよく分からなかった。


しばらくして 天室光育や虎午前がやってきた。

(何故 和尚と母上が・・)

景虎は思わず声を出しそうになったが二人の暗い表情を見て声を出すのはやめた。

二人は事情をすべて話した。

都行きは中止 甲斐の武田に嫁に行けとの晴景兄の命令であると。

景虎と新兵衛は晴景には心底 失望した。

晴景兄は約束も守ってくれない以上に そのやり口が許せなかった。

自分の口から言えば良い物をわざわざ景虎が好きな天室光育や母の虎午前を使って説明させていることが不憫だった。

天室光育や虎午前はなんと言葉をかけて 良いのか戸惑っているようだった。


景虎と新兵衛もむなしそうに晴景との約束状を見つめていた。

しかも身動きできないよう囚われの身扱いである。何も出来なかった。


何もかもかもが最初に戻ってしまった気がした。

林泉寺での時の状態である。

「今まではなんだったのだろう・・」

思わず景虎は声を出した。

景虎は悔し涙を抑えようとした、

天室光育の言っていた

「・・人の定めに逆らわず人の為に我が身をふりかえらず己の運命を受け入れる・・」

を声に出して必死に自分に言い聞かせようとしたが

行き場のない感情は涙になって出てくるだけであった。

新兵衛も黙っていた。

慰めの言葉が出なかったからだ。

堪りかねた虎午前が景虎をそっと抱擁してくれたが余計に涙が止まらなかった。


数日後 花嫁衣裳やら嫁入り道具が浄興寺に送り込まれてきた、

美しい花嫁衣裳や道具を眺め 気を紛らわすために試し着をしたりなどしてしばらく景虎は今までのことすべて忘れるように努めた。

・・人の定めに逆らわず人の為に我が身をふりかえらず己の運命を受け入れる・・

と自分に言い聞かせていた。

これが越後のためである・・武家の血筋の女なら人質として嫁に出されて 生きて 死んでいくことを・・


一方 お春と花は実乃の屋敷に飛び込んでいた。

二人は晴景の旗本が景虎を捕らえに来たとき屋根裏や床下に隠れ 難を逃れていた。

そこから景虎が 浄興寺に軟禁され 嫁入りの用意をさせられているという情報が

実乃にすぐにもたらされた。


実は 実乃は守護代交代の絶好の機会の訪れを再三狙っていたのだが

晴景と景虎が仲違いをして 半年以上全くお互いに顔を合わせない異常事態になってから

逆に行き詰っていた。

晴景と景虎の口論の隙に・・と思っていたのが口論する機会さえないという

予想外の展開になっていたからである。


景虎や新兵衛が晴景に捕らえられ またその理由も実乃にとっては初耳であった。

景虎たちが都に行くにしろ甲斐に行くにしろ 実乃に取っては容認しがたい事態であった。

すぐに直江 宇佐美にも情報がまわされた。

直江のほうも晴景にどことなく景虎の話をして事実を確認した。

宇佐美も柿崎 斉藤 揚北衆の色部や中条など信頼できる国人衆に連絡を取って挙兵の準備を進めさせた。


晴景も自分の周りが微妙に騒がしくなっているように薄々感じていた、

景虎がいなくなってから家臣の動きが変わったようにも感じていた、

念のため旗本衆や 上田長尾房長 政景 親子や上条憲定など信頼がおける国人衆に密かに出兵の準備をさせていた。


武田との交渉は千坂景長が担当していた、

千坂は 意図的だったが ろくに交渉を進めずに 晴景に今回の嫁入りは成功の見込みが薄いと報告をあげてきていた、理由は


・信濃の諏訪頼重の娘が甲斐の武田晴信の側室だったにもかかわらず殺され領土を奪われている

・甲斐は海がないので海の出口を探している 南は今川と東は北条と同盟済みで進めない 西は遠すぎるが北の春日山の府内(直江津)なら甲斐に近い

・武将経験のある人間を側室に置くのは危険  側室にするはずがない


との判断であった。

千坂は


信濃が落ちればすぐに甲斐から最短の港町 府内 春日山城に武田は来る 景虎を軸に戦うべし 


と報告をした。

「千坂め・・」

晴景には容認しがたい報告であった。

報告の内容ではなく千坂の文面がである。

千坂がどのような気持ちで書いたのか晴景はこのときは読めなかったが

晴景を軸に ではなく 景虎を軸に 戦うべし の文面が癇に障ったのである。

もっとも千坂の心はとうの昔に決まっていたが。


しかもこの資料は意図的に千坂により 実乃、直江や宇佐美など各地の国人衆に流されていった。越後の国人衆を 景虎 中心にまとめるためである。


越後の国人は常に分裂気味であったが信濃と関東からの圧力は薄々感じ始めていた。

そのため国人衆の間でも弱気な晴景ではなく景虎に期待する声が高まっていたが それに答えるためのような文であった。


実乃 直江 宇佐美たちは越後が信濃の二の舞になるのを心底恐れていた。

信濃は結局地方の豪族同士の争いから終始抜け出せず国として一つにまとまることが出来なかった。そのために武田晴信の侵入をゆるし既存の勢力は晴信に駆逐された。

晴信は名君と 実乃や直江、宇佐美ら越後人たちも認めていた。

占領した土地を家臣たちに再度分けてよく治めていた、しかし占領される方は殺されたり追い出されたりと悲惨であった。

越後は今は一つに何とかまとまっている。しかし晴景のままでは再度分解するのは時間の問題であった。そのため とにかく越後をしっかり一つにしてくれる人材が必要だった、それに適ったのが景虎であった。


景虎と新兵衛はそのような慌ただしい外の空気と完全に切り離されていた。

景虎もすっかり気が治まり 元の林泉寺時代と同じ生活習慣に戻ろうとしていた。

新兵衛も今までのことは忘れようとしていた。


そして寺に着てから1ヶ月程経ったある早朝だった。

虎午前が慌てて 景虎を起こしにきた。


「境内に・・お侍がいっぱい・・」


景虎は虎午前が何を言っているのか分からなかった。

寝ぼけ眼で寝間着のまま あくびをしながら境内の前の障子を開けると

境内の中庭の中は甲冑に身を固めた侍たちでびっしり埋められていた。

見覚えのある顔がずらりと並んでいた。


本庄実乃 直江景綱 宇佐美定満 中条藤資 栖吉長尾景房 景信親子 千坂景長 

色部勝長 斉藤朝信 北条高広 山吉豊守 柿崎景家 秋山源蔵 戸倉与八郎 弥太郎 ・・・


お春と花も着物の上に胴丸をつけ鉢巻を巻き 薙刀を携えていた。


「・・・・」


景虎は声が出なかった、何がなんだか理解できなかったのである。


新兵衛も天室光育も驚いて起きてきた。

「・・なんの騒ぎじゃ・・」

そして中庭を埋め尽くした武者を見て唖然としていた。


実乃が静かに言った、


「我が主君は景虎様なり・・」


「御意!」

「御意!」


大きな声が続いた。


「姫様 お手伝いさせていただきます」


柿崎の隣にいた 柿崎妻も着物の上に鎧を着込み薙刀を持ち込み平伏していた。




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