種族を変える魔法
自己紹介の声は先ほどの歌声のように澄み渡ったものではなく、年相応にしわがれている。だが、その声からは本人の性格を表すように、優しさが滲み出していた。
「知っているとは思うが、魔王だ。それからこっちが・・・」
「シエラです!魔王城でメイドとして、魔王様のお手伝いをしています!」
「ふふ、とっても可愛いらしい子ねぇ」
満面の笑みで自己紹介をしたシエラを、セレスティーヌはまるで愛娘を見たかのように微笑んだ。
「それで今回の相談が、この町を見て回りたいってことなんだが・・・」
「ええ、わたしは長年この付近に住んでいてねぇ、この町の移り変わりやヒト族たちの暮らしを見てきたわ」
セレスティーヌは、町の昔の姿を思い出すように目を細めた。
「もうわたしも老い先短くない。そう思うと、わたしと一緒に成長していったこの町を、自分の足で歩いてみたくなってねぇ。だけど、魔法を使った後の身体の使い方も分からないし、1人で行くのはなかなか踏ん切りがつかなくてねぇ。どうしようかと思ってた時にお悩み相談室のことを噂に聞いて、手紙を書かせていただいたの。本当に来ていただいてありがとうございます」
今回の相談に至った経緯を語ったセレスティーヌは、感謝の言葉と共に深々と頭を下げた。
「今回の相談のことは良く分かった。俺たちができる限りのサポートをしよう」
だが、と魔王は真剣な顔つきで、手紙を読んだ時から気になっていたことを質問する。
「種族を変えるなんて大魔法、本当に存在するのか?マーメイドがそんな魔法を使えるなんて聞いたことも無いし、種族図鑑にも書いて無かったぞ」
魔王はセバスチャンから今回の依頼を聞いた際、種族を変えることができる大魔法があることに驚愕し、魔王城の書庫にある種族図鑑と魔法辞書を調べ尽くした。だが、種族図鑑はおろか、この世にある魔法の多くを記載している魔法辞書にさえ、種族を変える魔法について記載していなかった。
「そうでしょうねぇ」
疑ってかかった魔王を諭すように、セレスティーヌは優しく微笑んだ。
「この魔法はマーメイドたちにとっても、特別な魔法。そう簡単に教えたり、見せたりしません。この魔法をマーメイド以外で知っている人は、おそらく数名でしょう。それも、絶対に口外しないと約束付きで」
「なるほどな。だから図鑑や辞書にも載っていないと」
そう言った魔王は、ハッハッハと大声で笑いだした。
「魔王様!いかがされましたか!?」
シエラが心配して駆け寄るも、魔王は意に介した様子もなく笑い続け、10秒ほどしてようやく落ち着いた。
「はぁ、すまない。そんな世界に数人しかいない魔法を、この目で見れるんだ。そんな貴重な機会をもらえたんだ。光栄すぎて、ついつい笑ってしまった」
魔王が笑っていた原因を知ってシエラはホッと胸を撫で下ろす。
「確かにそうですね。でも、いきなり爆笑しないでください!本当におかしくなったかと思いました!」
ぷくぅと頬を膨らませたシエラを宥めつつ、魔王はセレスティーヌを期待の眼差しで見つめる。
「それで、その魔法はどうやるんだ?」
「そう焦らなくても、すぐにお見せしますよ」
セレスティーヌはそう言って砂浜へ飛び出すと、目を瞑り、両手を胸の前で組んで歌いはじめた。
それは先ほどの調べとは違い、まるで神へ願いを伝えるかのように静かに、けれど確かな意思を感じる強さを含んだ調べだった。
歌い続けること5分。
「!?」
セレスティーヌが淡く発光していき、やがて身体全体が光に包まれてしまった。
そして、一際強く輝くとヒレのような足が2本に分かれていき、完全に分かれきると、さっきまでの光が嘘のように消え去った。
「本当にヒト族になったのか・・・」
魔王はセレスティーヌの姿を見て、驚愕をも通り越して放心してしまった。
ヒレのような足は完全に2本の足となり、首にあったはずのエラが消え去り、完全にヒト族の姿に変化していた。




