初めての出張
キャウ キャウ キャウ
ザザァ ザザァ ザザァ
一定の間隔で繰り返し聞こえてくる、カモメの鳴き声と潮騒が心地良い。
辺りには濃厚な潮の香りが漂っており、気分が少し高揚する。
目の前を見渡せば、美しい白い砂浜や遥か地平線の彼方まで広がる青い海、その海を無数の船が悠々と移動している。
「これがロベルナ最大の港町、ディーナ!」
城下町には無い数々の光景に魔王は目を輝かせていると、後ろからカバンを両手で持ったシエラがバタバタと走ってきた。その頭には、赤いリボンがあしらわれた白のキャペリンハットが乗っている。
「やっと追いついた!!」
シエラは息を荒げながらも、目の前に広がる光景に目を見開いた。
「キレイ…!」
はしゃいだシエラは魔王へ満面の笑みを向けた。
「受けてよかったですね、出張お悩み相談室!!」
「ああ…!」
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遡ること2日前。
いつも通りお悩み相談室を終えた魔王は、自室へ向かう最中にセバスチャンへ呼び止められていた。
「出張お悩み相談室?」
「はい。今お悩み相談室は相談者に魔王城へ来てもらっている状態ですが、このままでは遠くに住む魔族や一部の種族が利用できません。現に、魔王様に来てくれないかという手紙を、何通かいただいております」
「ふむ…」
(出張へ行けば、少なく見積もってもその日1日は他の相談を受けることができないだろうな。そうなると救える民が減ってしまうかもしれない。だが…)
出張へ行くことは、メリットだけではなくデメリットがあることは目に見えて分かる。
だが、この世界に住む人々を救う覚悟をした以上、選択肢は元から無い。
「よし、出張お悩み相談室とやらをしようじゃないか」
「流石は魔王様。それでは、最初はこちらのお悩みなどどうでしょうか?」
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「ところで魔王様、今回の相談者はどなたなんですか?」
「そうか、お前にはまだ教えていなかったな」
今朝、港町ディーナへ向かおうとした矢先、元々付いてくる予定だったセバスチャンが急用で来ることができなくなり、代わりにシエラを連れてきたのだった。
まだ寝ていたシエラを半ば拉致するように連れてきたため、シエラは今回の相談者が誰なのかまだ知らなかったのだ。
「今回の相談者はマーメイドのばあさんだ。なんでも、マーメイドにはヒト族になれる魔法があるようで、長年見るだけだったこの町を見て回りたいそうだ」
「そんな凄い魔法があるんですか!?」
自身の種族を変化させることが可能な魔法の存在に、シエラは驚く。
「でも、今回のお悩みはとっても素敵ですね!」
「ああ、そうだな」
「早速会いに行きましょうよ!どこにいらっっしゃるんですか?」
「たしか…あの砂浜の奥に来てくれとのことだ」
眼下に広がる白い砂浜を、魔王は指さす。
よく見ようとシエラは、魔王が指さす砂浜に目を凝らした。
「ここからだと見えないですけど、奥に何かあるんですかね?」
「さあな。まあ、言ってみれば分かるだろ」
「それもそうですね」
こうして魔王たちは、砂浜に向かってゆっくりと歩き始めたのだった。




