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魔王のお悩み相談室  作者: 黒猫 くろと
1章 吸血鬼
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父と子

 振り上げられたドラドーラ伯爵の拳は、魔王に直撃することは無かった。


 ドラドーラ伯爵が拳を振り上げた瞬間。即座に反応したセバスチャンが手首を掴んだことにより、そもそも拳を打振るうことさえ許されなかった。


 セバスチャンは手首を掴んだ状態で、ドラドーラ伯爵を睨み付ける。


 その瞳には、これでもかと怒気が(はら)んでいた。


「ドラドーラ伯爵様、これ以上魔王様へ無礼を働くのであれば、力ずくでも追い出しますぞ!」


 こうなってしまったセバスチャンは、簡単には止められない。


 この場で唯一そのことを知る魔王は、大きく溜息を吐きながら目を閉じる。


 溜息を吐き終えた瞬間。


 目をカッと見開いて、二人の事を睨み付けた。


「二人ともやめろ。もしもこの部屋で争ってみろ、すぐに俺が消し炭にしてやる」


 魔王の尋常ではない迫力に、ドラドーラ伯爵は恐怖で動けなくなり、セバスチャンは戦闘態勢を解いた。


 なんとか事なきを得ることができ、今度は安堵の溜息を吐く。


 隣に戻ってきたセバスチャンは、心外です、と抗議を始めた。


「私は魔王様を守ろうとしただけで、この部屋で争う気など一切ありませんでした!」


「お前が俺を守ろうとしていたのは、もちろん分かっている。だが、ドラドーラ伯爵が少しでも抵抗したら本当に戦ってただろ。よってお前も同罪だ」


「そんな…」


 隣でガックリと肩を落としているセバスチャンと、目の前で動けずにいるドラドーラ伯爵に目もくれず、魔王は部屋を見回し始める。


 軽く右に振り向いた時、目的の人物であるドラルが部屋の隅で体を縮こまらせて、ぶるぶる震えているのを発見した。


 ドラルを怖がらせないように、ゆっくりと近づいていく。


 目の前まで近づくと、ドラルは涙で潤んだ瞳をこちらへと向けた。


 魔王はそんなドラルを安心させるかのように満面の笑みを浮かべ、質問する。


「お前は、血が飲めるようになりたいと思っているのか?」


「飲みたいです…」


 数秒かかって返事が返ってくる。


「ドラル本人もそういっております!」


 ようやく動けるようになったドラドーラ伯爵は、自分が正しかったと言わんばかりに魔王へと抗議する。


 しかし、ドラドーラ伯爵の言葉などどうでもよかった。


 ドラルの本心。今はただ、それだけが知りたい。


 魔王はドラルと同じ目線になるようにしゃがみ込む。


 未だ恐怖が抜けきらない瞳をしっかりと見つめ、頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でながら笑う。


「安心しろ。もし何かあったとしても、ここには俺がいる。だからもう一度聞くぞ。お前は、血が飲めるようになりたいのか?」


 魔王の態度に安心したのか、ドラルの瞳から恐怖の色が抜けていく。


 意を決したドラルは、ドラドーラ伯爵と向き合った。


「お父さん。僕は血なんか飲めるようにならなくて良い!」


 その言葉を聞いたドラドーラ伯爵は、怒気を孕んだ表情でドラルに詰め寄る。


「そんなことでは、お前は吸血鬼の頂点に立つ機会さえ失うかもしれないんだぞ!それでも良いのか!?」


「そんなのどうだっていい!!」


 ドラルが反発したことがよほど衝撃的だったのか、ドラドーラ伯爵は一瞬怯んだ。

 しかし、すぐに気を取り直すと、先ほどとは一転して焦燥しながらドラルの肩を掴み、説得し始めた。

「そんなことを言ってはダメだ。お前が血を飲めるようになって将来一番になれば、今よりももっと良い暮らしができるのだぞ」


 ドラルは目に涙を溜めながら、ドラドーラ伯爵の言葉を否定するように、顔をブンブンと横に振る。


「良い暮らしだっていらない!僕はお父さんが一番だった時みたいな、優しいお父さんに戻ってほしいだけなんだ!」


 自らの本心を言い切ったドラルは、今まで我慢していた感情が決壊したかのように、激しく泣きだした。


 息子の本心を知ったドラドーラ伯爵は、膝から崩れ落ちる。


「そうだったのか…。どうやら私は、知らず知らずの内にドラルへと自分の夢を押し付けていたようだ…」


 ドラドーラ伯爵はそう呟くと、泣いているドラルを強く抱きしめた。


「今までお前につらい思いをさせて、すまなかった…!」


 ごつごつとした大きな背中は、自らの過ちを認め、もう二度と間違いは起こさないと物語っていた。


 しばらくの間、温かな空気が相談室を包み込んだ。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ドラドーラ親子の悩みを解決した翌日の朝。


 セバスチャンは魔王を起こすため、魔王の寝室へと向かっていた。扉の前まで来てみると、部屋の中から何やら物音が聞こえてきた。


 いつもは絶対に寝ている魔王が既に起きているという吉報に、セバスチャンは微笑みながら扉を開け、中へと入っていく。


「おはようございます。起きるのがお早いようで、セバスチャンは嬉しいですぞ。ようやくお仕事をなさる気になられましたか」


 部屋では魔王がすでに普段着へと着替え終わっていた。


「仕事は今まで通りセバスチャンに任せる。だが、お悩み相談室だけは、これからも続けていくつもりだ。それじゃあ、俺は先に相談室に行ってくる!」


 魔王はそう言うと、相談室へと続く廊下を全力で駆け出した。


 セバスチャンは相談室へと向かう前に、応接間へと寄り、玉座の後ろにある2枚の肖像画へと話しかける。


「前魔王様、王妃様。とうとう魔王様がご自分の意志で、少しですがお仕事をなさるようになりました。あなた方が亡くなられ、私が魔王様を育てるようになってから、これほどうれしいことはございませんでした。これからもどうか見守っていてください」


 セバスチャンは肖像画に向かってお辞儀をし、もう一度肖像画を見た。


「おや?」


 描かれている前魔王と王妃は、心なしか微笑んでいるように見えた。


「それでは行ってまいります」


 セバスチャンは、魔王が待っている相談室へと歩を進めていく。


 今日も悩める魔界の住人たちが、相談室へとやって来る。

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