記憶(下)
「そうだな…まず、記憶が戻ったことから話していくよ。魔王様もシエラちゃんも気づいてると思うけど、あたしが記憶を戻しそうになった時、すごい頭痛がしてたんだ」
「ああ」
「うん」
魔王とシエラの脳裏に、華美が頭を押さえながら呻く姿がはっきりと浮かんできた。
「二人は気づいてないと思うけど、そこにはある法則があったんだ」
「ある法則?」
「うん。始めに頭痛がしたりんご飴も、記憶を取り戻した花火も、あたしが幼かった頃のとても大切な思い出に関わってた。どうしてこの世界に、日本と似たような食べ物とか文化があるのかは知らないけど…」
「確かに…」
なぜロベルナに、異世界である日本の文化が存在しているのか。魔王は必死に考えるが、一向に答えが見つからない。
「推測にはなりますが、よろしいでしょうか?」
数十秒間の沈黙を、セバスチャンが破る。続きを促すように、魔王はセバスチャンに向かって小さく頷いた。
「勇者アキタカ様が関係するのではありませんか?みなさんご存じのように、書物には彼が異世界人だと書かれております。その異世界というのが日本で、彼がヒト族に日本の文化を持ち込んだ……というのはいかがでしょうか?」
セバスチャンの推測を聞き、シエラはサイクロプスのおじさんから聞いていた話を思い出した。
「そういえば、聞き込みの時に聞いた話なんですけど、最近ヒト族の誰かが、勇者様が書かれた日記を読み解いたそうですよ!なので、セバス様の推測は当たってるかもしれないです!!!」
セバスチャンの推測と、シエラが聞いた話を組み合わせると、そうとしか考えられないほど納得のいく筋書きが出来上がった。
「あり得るな…」
「あたしはその勇者アキタカが誰なのかは知らないけど、アキタカって名前からして、おそらく日本人で間違いないと思う」
華美も合点がいったように、満足げに頷いている。
「話を戻すけど、確かにあたしは花火をキッカケに記憶を取り戻した。だけど、最後の引き金になったのは、女の子が馬に轢かれそうになってるところを見たことだと思う。あたしが死んで、この世界に来た理由に似てるから」
「えっ!?死んだってどういうこと!?」
華美が唐突に放った一言に、シエラが心配そうな表情で声を荒げた。そんなシエラに対して、華美は優しく微笑んだ。
「そんなに心配しないで。今のあたしは、この世界でちゃんと生きてる」
その言葉に安心したシエラは、ふぅっと息を吐いた。
「死んだっていうのはどういうことだ?」
「あたしは日本で、飲酒運転で信号無視をした車にはねられて死んだ。この世界で例えるなら、とんでもなく重い荷物を乗せた荷馬車に、何も積んでいない馬と同じ速度でぶつかられたようなもの…かな?」
華美の口から自らの死因が語られ、自室が物音一つ聞こえないほど静まり返った。魔王にとって、車というものが何なのかは分からなかったが、たとえ話を想像し、恐怖心から鳥肌が一斉に立ってしまった。
華美を見ると、自分が死んだ瞬間を思い出したのか、全身がカタカタと小刻みに震えている。その恐怖心をごまかすように、華美は先ほどよりも覇気の無い声で淡々と語り始めた。
「馬にひかれそうになった女の子を見た瞬間、自分が死ぬ間際の事を思い出したんだ。それから日本で過ごしたいろんなことが、あたしの中で溢れ出してきた」
ここまで話した華美は、蘇った記憶をかき集め、大事に大事に吸収するようにそっと自分を抱き締めた。華美にとって、日本という異世界の記憶がとても大事であることが、その行動からひしひしと伝わってくる。
「だけど、その時のあたしは記憶が戻ったことよりも、女の子を助けないと!って必死だった。そう思ったら、体の内側がどんどん熱くなってきた!でも、そのエネルギーみたいなものが抑えられなくなって、あたしの中で弾けたと思ったら、次の瞬間には魔王城の医務室にいたんだ。たぶん、これがみんなが気絶した理由なんだと思う」
今まで内容を精査するように話を聞いていたセバスチャンが、話に割って入った。
「華美殿、もう少し観光客の方々が気絶したことに関して、詳しく教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「ごめんなさい。あたしも詳しく話したいんだけど、原因があたしにあるってこと以外、よく分かってないんだ」
「なら、ここから先はうちが話すよ」
華美が謝ろうとした瞬間、どこからともなく聞き覚えの無い訛った女性の声が聞こえてきた。
部屋中をキョロキョロと見渡す魔王たち。だが、その姿を見つけることができない。すると、またしてもどこからか声が聞こえてきた。
「ああ、すまんすまん。急いで来たから姿見せんの忘れとったわ!」
言い終わるや否や、至る所から無数の光の粒子が飛んできた。光の粒子は魔王の正面に集まっていき、ヒト族ような姿を形作っていく。だが、その姿はヒト族とは決定的に異なっていた。背中からは大きな羽が生え、頭の上には光の輪が浮いていたのだ。
「ほんまはこんな光ってる姿は嫌やねんけど、ルールやから堪忍してな」
あまりの神々しさに息をするのも忘れて見惚れていた魔王は、ヒト族のような姿をした光に話しかけられて我に返った。魔王は目の前の光をキッと睨みつけると、ドスの効いた声で話しかけた。
「お前は誰だ?」
「そんな警戒せんといてーな!うちはあんたらに危害を加えるつもりは、微塵もあらへん」
光は危害を加えるつもりが無いことを証明するように、両手を上げて見せる。
「なら、何が目的で来た?」
「最初に言うたやろ。うちはあんたらが不思議に思ってることを話しに来たんや」
「仮にそうだとして、なんで華美が分からないことがお前に分かる?」
魔王の質問を受けた光は、なっはっは!と豪快に笑った。
「分かるに決まってるやろ!なんたって、うちはハナちゃんをこの世界に送り込んだ張本人で、この世界を統べてる神様なんやからな!」




