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魔王のお悩み相談室  作者: 黒猫 くろと
5章 ヒト族 その1
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花火(下)

 魔王、シエラ、アノの3人は、同じく花火を楽しみに城下町を北門から出てすぐの平原に集まった、多数の人々に混ざっていた。普段は風の音と松明(たいまつ)が爆ぜる音しか聞こえない夜の『外』に、ガヤガヤとした人々の喧騒(けんそう)が響き渡っている。


「何とか間に合ったな」


「そ…そうです…ね」


 3人は花火の開始時刻まであと少しだったこともあり、中央広場から北門まで、人の波をかいくぐりながら全力で大通りを駆け抜けた。そのせいで、普段から体を動かしている魔王は何ともないが、シエラは軽く息切れを起こしてしまっている。アノに至っては、失った酸素を必死に取り戻そうと、両手を膝に置き、肩を激しく上下に動かしながら荒い呼吸を繰り返している。


 しかし、来るのが遅かったためか、魔王たち三人は、ゆうに五千人は超えるであろう集まりのほぼ最後尾に位置付いていた。


(せっかくなら最前列で見たかった……。くそ!なんであんなくだらないことを俺はしたんだ!!)

 空腹を満たすためにくだらないことをした自分を、心の中で罵倒(ばとう)していると、ぐっぐっとシエラが袖を引っ張ってきた。


「それにしても、なんでセバス様はわざわざ『外』を花火の会場にしたのでしょうか?」


「さあな。花火の事をセバスに聞いても、見てからのお楽しみでございます、の一点張りで、何も教えてくれないんだ」


「え、魔王様でもですか!?」


 心底驚いたといった風に、シエラの眼が大きく見開かれる。


「ああ。まあ、セバスの事だ。警備に関しては抜かりないと思うぞ」


 魔王はそう言って、群衆を囲うように立っている魔王軍の兵士たちを横目で見た。


 兵士たちは全身鉄の鎧を着こみ、その手には剣や槍など各々の得物を持ち、群衆に背を向けるようにして警備にあたっている。その体からは、鎧を着こんでいてもわかるほど緊張感が漂っている。おそらく、『外』に慣れていない新人たちなのだろう。


(ということは…)


 兵士たちよりもさらに外側へと目を凝らすと、魔王の予想通り、ゴマよりも小さな無数の点が、北門を中心に大きな半円となって囲んでいた。その無数の点たちが魔王軍の歴戦の兵士たちで、魔物から人々を守る強固な壁となっている。


 このことをシエラへと伝えると、シエラはホッと胸を撫で下ろし、顔から緊張の色が薄くなっていく。


『外』は、魔物や野党の住処(すみか)となっており、常に危険と隣り合わせだ。


 だからこそ魔王は、とにかく安全を最優先するセバスチャンがそこまでの危険を冒してまで、見せたい花火とはいったい何なのか、とてもわくわくしていた。ここに集まっている民たちも同じで、今か今かと花火が始まるのを待ち望んでいる。


 そして、その気持ちを汲み取ったのか、突如として夜空を淡く染める閃光が(またた)いた。

 今までの喧騒が幻聴だったかのように、人々から音が消え去る。人生で初めて見る花火に、誰もが期待を寄せ、一瞬たりとも見逃すまいとしているのだ。


 閃光が瞬いた中心地から、ヒュ~という甲高い笛に似た音を発しながら、数本の光輝く線が波打つように空高く昇っていく。光り輝く線は緩やかに輝きを失わせていき、やがて夜空に吸い込まれるように輝きを完全に失った。


(これが花火なのか?)


 そう思った瞬間。


 夜空をキャンバスにして、赤、黄、青、緑、ピンクと様々な光の花を盛大に開花させた。そして、ほんの一瞬遅れるようにして、ドン!という体の内側をも揺らすほどの破裂音が(とどろ)いた。生まれたことが嬉しくて仕方がないように煌々(こうこう)と輝く光の花は、しかし、開花した次の瞬間には、命が燃え尽きたかのようにゆっくりと散っていった。


 ハッと息を呑むように美しい満開の花は、魂を鼓舞(こぶ)するように轟く音は、キュウッと胸が痛むほど儚い散りざまは、人々に様々な感情を芽生えさせた。10秒にも満たない一瞬の出来事に、その場にいた全員が魅了(みりょう)されたのだ。


「きれい…」


「ああ…セバスが見せたかったのも納得だ」


 隣から聞こえてきたシエラの声に返事はしつつも、魔王は今も絶え間なく打ち上げられ、夜空を(いろど)る花火から視線を外すことができなかった。


 魔王は今までに、パトロールと称して幾度(いくど)となく行った散歩を通して、思わず見とれてしまうような景色、心躍るような大道芸人たちによるパフォーマンスや歌人たちが語る詩など、心を動かされるものに数多く出会ってきた。そんな魔王が、今後これを超えるものに出会えないかもしれないと思うほど、花火には美しいだけではない不思議な魅力が備わっていた。


「たあ~まやあ~!!」


 周りの景色や時間さえも忘れて花火に見惚れていると、不意にすぐ後ろから聞き慣れない言葉が聞こえてきた。


 驚いて後ろを振り返ると、驚いたように目を見開き、何か見えないものが見えているかのように夜空の一点を見つめているアノの姿があった。


 このまま放っておくと、アノの魂が夜空に吸い込まれてしまいそうな気がして、意識を現実に引き戻そうとアノの肩に触れた瞬間。


「ッ!!!」


 突如としてアノは苦痛で顔を歪め、頭を押さえて(うめ)き始めてしまった。かなりの激痛なのか、意識が朦朧(もうろう)としており、体が前後左右にユラユラと揺れている。


「お、おい!!」


「アノ!!!」


 アノが地面に倒れ込んでしまう前に、魔王は何とか体を抱きかかえることに成功する。シエラが大声で何度も名前を叫ぶが、アノは聞こえていないかのように呻き続けている。


 そんな時だった。今も変わらず花火の破裂音が聞こえる中、城下町から悲鳴交じりの喧騒が魔王の耳を(かす)め取った。

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