ドラルの悩み
数秒して、相談室の入口からおよそ百歳と思われる少年が、ビクビクと怯えながら現れた。
ドラドーラ伯爵と同じ格好をしているが、肌は色白で痩せ気味だ。
少年はドラドーラ伯爵の隣までやって来ると、緊張しているのか、俯きながら小声で自己紹介をし始めた。
「初めまして、ドラドーラ・ドラルです。今日はよろしくお願いします」
ドラルは自己紹介をし終えると、父親の座っている椅子の後ろへとそっと身を隠した。
いかにも子どもらしい可愛い仕草に、魔王とセバスチャンの頬が自然と緩んでいく。
だが、二人とは対照的に、ドラドーラ伯爵は厳めしい顔を、怒りによって歪めていった。
「何をしているんだ!」
相談室内に、野太い怒声が鳴り響く。
「今日はお前の悩みを解決するために、時間を割いてやってきたんだ!堂々としなさい!そんなことでは、お前はいつまでたっても一人前の貴族になれないぞ!」
父親に怒鳴られたドラルは、その瞳に涙を蓄えながらも椅子の後ろから姿を現して、隣の椅子へと着席した。
それでも怒りが収まらないのか、ドラドーラ伯爵はドラルの事を睨みつけている。
「それで、お前はどんな悩みを抱えてるんだ?」
最悪の空気の中、魔王はドラルへと質問する。
だが、よほど言い辛いことなのか、今まで以上に顔を俯けて一向に答える気配を見せない。
そんなドラルの態度に、ドラドーラ伯爵は大きな溜息を吐いた。
「申し訳ございません魔王様。昔は息子も、私の幼少期を思い出すほどのわんぱく小僧だったのですが、私の地位が下がってからというもの、しおらしくなり、人見知りも激しくなってしまったのです」
ドラドーラ伯爵はもう一度謝罪の言葉を述べ、ドラルに代わって悩みを打ち明けた。
「実は、息子のドラルは吸血鬼だというのに、人族の血を体が受け付けないのです」
「なっ!」
ドラドーラ伯爵からドラルの悩みを聞き、思わず目を見張った。
「お前、吸血鬼なのに血が飲めないのか?」
ドラルは相変わらずうつむいた状態で、微かに首を縦に振った。
「吸血鬼なのに、血が飲めないやつがいるのか!お前面白いな!!」
自身が放った失礼極まりない言葉に、ドラルは一切反応を示さない。
それどころか、まるで他人事のように俯き続けている。
その態度に魔王はどこか違和感を覚えたが、その正体が何なのかまでは分からなかった。
不思議に思いつつもゴホンと咳払いして、会話を強引に元の流れへと戻していく。
「すまない。今のは失礼だったな。しかし、人族の血が飲めなくても、トマトジュースは飲めてるんだろ?」
よりにもよって、ドラドーラ伯爵の前でトマトジュースの話題を持ち出すとは思ってもいなかったセバスチャンは、大慌てでドラドーラ伯爵へと頭を下げようとする。
しかし、予想と違いドラドーラ伯爵は一切気分を害した様子を見せず、セバスチャンを手で制した。
「よい、セバス殿。確かにトマトジュースによって、私の地位は下げられたも同然だ。しかし、私もドラルも主食として飲んでいるのは事実である以上、文句は言えまい」
「じゃあ別に悩むようなことではないんじゃないか?トマトジュースが開発されたことで、吸血鬼にとって人族の血は嗜好品になったと聞く。今では少し飲むだけでも、数百万コインもするのだろう?」
それに、と魔王は一番の疑問をドラドーラ伯爵へとぶつける。
「人族の血が飲めなくても、トマトジュースが飲めるのであれば生きていけるし、出費も少なくなるから、むしろメリットしかないんじゃないか?」
痛い所を突かれたのか、ドラドーラ伯爵は少し顔を歪ませた。
「一般の吸血鬼であればそれでも問題はないでしょう。しかし、私たちは貴族です。吸血鬼の貴族として、人族の血を飲むことができなければ、他の吸血鬼に示しがつかないのです!!」
ドラドーラ伯爵の反論を聞き、ようやく違和感の正体に気づくことができた。
魔王が感じた違和感の正体。
それは、ドラドーラ伯爵がドラルの悩みについて、心配している様子が微塵も感じられないことにあった。
思い返してみれば、ドラルから血が飲みたいという一言を一度も聞いていない。
違和感の正体に気づいた時、魔王は思わず鼻で笑ってしまった。
「はっ!くだらんな。血が飲めなくても立派な貴族になれる。お前は、地位を下げられたことを逆恨みして、その鬱憤を人族の血が飲めないだけのドラルで晴らしているに過ぎん」
「そんな訳があるか!!!」
魔王の言葉を聞いた瞬間、ドラドーラ伯爵は激昂して目の前の机を叩き割った。
それだけでは飽き足らず、自らが割った机の残骸を乱暴に蹴飛ばして、魔王へと近づいていき、胸倉を掴んだ。
そのまま凄まじい力で、魔王は無理やり立たされる。
「初めから魔王として生まれた貴様に、貴族の何が分かる!?今すぐ、さっきの言葉を取り消せ!!」
血走った眼でこちらを睨み付け、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。
その姿に怒りを覚えることは無く、むしろ冷静になっていく。
魔王は胸倉を掴まれている手を振りほどき、怒りの感情を剝き出しにしている眼を睨み返した。
「訂正などしない。血を飲めなくても、ドラルは立派な吸血鬼の貴族になれる!むしろ、息子で鬱憤を晴らしているお前の方が貴族失格なんじゃないか?」
「ふざけるな!!!」
ドラドーラ伯爵は相談室が震えるほどの大声で怒鳴ると、拳を振り上げ、魔王目掛けて打ち出した。