思い出の残滓
シエラさんと隣り合わせで噴水の縁に座ったわたしは、体育座りをしていた経緯を隠すことなく話した。
「そっか…そんな思いをさせてたんだ…。気付けなくてごめんね」
悪いのはわたしだ。それなのに優しいシエラさんに、自分が悪かったと謝罪をさせてしまった。その優しさが、わたしの心を抉る。
「ううん……。わたしが勝手に内気になってただけ…なので、謝らないで…ください」
「でも…」
なおもシエラさんは謝ろうとしているので、無理やり話題を切り替える。
「シエラさんが持ってきてくれた、これって何なん…ですか?」
わたしとシエラさんで、1本ずつ持っている赤い何かを指差す。
何故だか分からないが、これを見ていると涎が溢れ出してくる。
「これはリンゴ飴って言って、最近ヒト族で流行してるんだって!」
『リンゴ飴』という単語に、一瞬頭に鋭い痛みが走る。
(今…一瞬だけ何か思い出せたような…?)
痛みと共に、一瞬だけ見覚えのある風景が脳裏に浮かんだ。
しかし、その景色を必死に思い出そうとするが、全く思い出せない。
「これ美味し〜い!ほら、アノも食べてみて!」
いつの間にかリンゴ飴を一口食べていたシエラさんに、わたしも食べるように促される。
(これを食べたら、また何か思い出すかも)
そんな期待を抱きながら、リンゴ飴を一口齧る。
まず口に広がるのは、リンゴの甘酸っぱい果汁。次の瞬間には、その果汁が口の熱で溶けた飴と混ざり合い、絶妙な甘さとなって口腔内を支配する。
あまりの美味しさに、自然と頬が緩んでしまう。
「このリンゴ飴、すっごい美味しい!………っ!!」
もう一口食べようとした瞬間。頭をトンカチで叩かれているかのような、激しい頭痛がアノを襲う。
視界がグニャリと歪み、恐ろしいまでの脱力感が身体を侵す。座っていることさへままならず、シエラに向かってアノは倒れ込む。
「ア………だ……うぶ……」
突然倒れ込んだわたしになにか叫んでいるが、耳鳴りでほとんど聞き取れない。
握りしめていたリンゴ飴が地面へ落下し、飴が粉々に散ったのを視界の端で捉えたのを最後に、意識がブラックアウトした。
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神社の狭い境内を、無数の露店が明るく照らしている。
ラジカセから安っぽい祭囃子が、永遠に流れ続けている。
気を抜けば、すぐに埋もれてしまうほどの人混みの中。あたしは逸れないように、前を歩く母の着物を必死に掴みながら歩いていく。
そのまま母に付いていくと、少し苔の生えた石造りの鳥居を抜けた。気がつくと、先ほどまでの人混みが嘘のように、まばらになっていた。
「ここならゆっくり食べれそう。どっちがいい?」
そう言いながら、母は両手に持ったリンゴ飴をあたしに見せる。
「こっち!」
ほんのちょっとだけ大きな方を、母からパシッと奪い取る。それから勢いそのままに一口齧り付いた。
「あっ!もう……ゆっくり食べるのよ」
口では不服そうに言いながらも、母は愛しそうに微笑んでいた。
「これだけしか買ってあげられなくて、ごめんね」
夢中でリンゴ飴に齧り付いているあたしの頭を、優しく撫でる感触が伝わってくる。ひと撫でされるたびに、心がポカポカと温かくなっていく。
全身を満たす幸福感に包まれるように、ゆっくりと視界が白く染まっていく。
「はなび、たのしかったね」
母の慈愛に満ちた言葉を最後に、視界が純白に染まりきった。
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「おかあ…さん…」
目を覚ますと、今朝見たものと全く同じ天井がぼやけて映る。
「よう、目が覚めたみたいだな」
なんでベッドにいるのか寝ぼけた頭で考えていると、すぐ左から声が聞こえてきた。
寝たまま顔だけ左に向けると、椅子の背を前にして座っている、魔王の姿があった。その顔は、安堵したように微笑んでいる。
「まったく…心配かけやがって。シエラがお前を担いで戻ってきた時は、心臓が止まるかと思ったぞ」
「シエラ…さんが?」
「ああ。なんでも、リンゴ飴を食べたらぶっ倒れたらしい」
言われて初めて、自分が倒れた時の状況を思い出す。
「それで、なにか思い出したり、分かったりしたか?」
「ううん…。なにも分かり…ませんでした」
なにかとても大切なことを思い出した記憶は、うっすらとある。だけど、それがなんだったのか、靄がかかったように思い出せない。
「そうか…まあ気にするな。そもそも、一日でなにか分かる方が、ラッキーなんだ」
「はい…」
「今日は夜も更けてきてる。とにかくしっかり休んで、また明日頑張ろうぜ」
そう言って立ち上がった魔王はロウソクを吹き消して、出口のドアノブへと手をかけた。
そして、一度振り向いて「明日、シエラにお礼言っとけよ」、と言って部屋を出ていった。
部屋に一人残されたアノは、そのままゆっくりと瞼を閉じ、今日の事を振り返る。
思い出すのは、自分とほぼ同じ年齢のオオカミ耳の少女。
「シエラさんには、明日ちゃんとお礼言わないとな」
それからしばらくしてやってきた、心地よい眠気の波に意識を放り投げた。
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自室にアノを残してきた魔王は、廊下の窓から城下町を見下ろしていた。
夜遅くにも関わらず、商人たちは未だに明日の準備に奔走し、パフォーマーたちは芸の練習をしている。その誰もが、種族も違えば、出身地もバラバラだ。
(まさか、本当に誰もアノの事を知らないなんてな…)
シエラと意識を失ったアノが戻ってきてから、アノの看病はシエラに任せ、魔王は城下町に聞き込みに行っていた。しかし、結果はヒドイものだった。出会った人に片っ端から聞いて回ったが、誰一人としてアノの事を知っている人はいなかった。
「アノ、お前はいったい何者なんだ?」
魔王の呟きは、誰にも聞かれることなく夜風に溶けていった。
おはようございます!
黒猫くろとです!
「魔王のお悩み相談室」を読んで下さり、ありがとうございます!
本日は、更新について変更がありますので、後書きを書いております。
3月となり、就活がいよいよ本番を迎えたこと。それから、アニメイト様とのコラボのコンクールへと出す物語があまり書き進められていないことから、当分の間2週間に1回を目安にした不定期更新とさせていただきます。
内定をいただけるか、コンクール用の作品を書き上げるかすれば、また週1回更新に戻します!
いつも更新を楽しみにしてくださっている方々、本当に申し訳ございません!
なるべく早く戻れるように尽力いたしますので、しばらくの間お待ちください!




