記念すべき一人目
「そういえば、まだ伝えておりませんでしたな。一人目の相談者は、吸血鬼の中でも大貴族である、ドラドーラ伯爵様と、そのご子息のドラル様でございます」
セバスチャンから聞かされた相談者の名に、どこか聞き覚えがあった。
「ドラドーラ伯爵ってどこかで聞いた名前なんだが…ダメだ!思い出せん!」
「ドラドーラ伯爵様は、何度かこの魔王城に来られており、魔王様も百年前に一度お会いしております」
セバスチャンに助け舟を出されて、なんとなくその姿を頭の中で作り出すことに成功した。
だが、それでもドラドーラ伯爵のことを完璧には思い出すことができない。
「もう少しで思い出せそうなんだが…やっぱり思い出せん!セバスチャン!もう少しヒントはないのか!?」
さらなるヒントを求められたセバスチャンは、これから話す内容を普通の声量で話すのはまずいと判断する。
部屋の外に人の気配が無いことを確認し、魔王の耳へと口をゆっくりと寄せていく。
「ドラドーラ伯爵様は、元々吸血鬼の中で一番地位のあった方でございます。しかし、百二十年前に他の吸血鬼の方がトマトジュースを開発したことで、その地位は二番目へと下がりました」
トマトジュースという単語を聞き、ようやくドラドーラ伯爵のことを完全に思い出すことができた。
トマトジュース。
本来吸血鬼の食糧である、人族の血に代わって食されている飲み物だ。
吸血鬼たちが言うには、人族の血と変わらない栄養を摂取可能なだけでなく、その味は当たりはずれの激しい人族の血と違い、常に安定した美味しさを誇るらしい。
幼かった頃、トマトジュースの発売には強く衝撃を受けた。
同時に、その影響で地位を落としたドラドーラ伯爵のことが、記憶に強く印象付いていたようだ。
「思い出したぞ!吸血鬼の中で二番目に偉い…むぐ!」
ドラドーラ伯爵のことを思い出せたことに満足した魔王は、セバスチャンがわざわざ耳打ちしてきた意味を深く考えることなく、大声を発してしまった。
最後まで言い切る前に、大慌てでセバスチャンの手によって口が塞がれる。
直後。
バン!!!
相談室の扉が、烈火の如き勢いで開け放たれた。
衝撃に耐えられなかった扉は、粉々に砕け散ってしまっていた。
唐突に鳴り響いた轟音に、二人はビクリと肩を震わせて、視線を相談室の入口へと向けていく。
入口に立っている人物を見て、魔王はようやくセバスチャンが耳打ちしてきた理由を悟り、セバスチャンは思わず眉間を押さえ、天を仰いだ。
そこには、黒を基調にしたタキシードを見事に着こなし、内側は赤、外側は黒のマントを纏った筋肉質な男性が、鬼のような形相こちらを睨みつけていた。
右手の中指には指輪もはめられており、あしらわれた色とりどりの宝石たちが、松明の光を煌々と反射させている。
男性は、ズンズンと怒りを滲ませながら向かってくると、丸テーブルを勢いよく叩き、室内が震えるほどの大声で怒鳴り散らした。
「いくら魔王様でも聞き捨てなりませんな!私は二番目に偉いのではなく、元一番偉い吸血鬼です!!」
「どっちも同じだろ!」
「同じではありません!」
男性と机を挟んで睨みあう。
「ドラドーラ伯爵様、相談に来られたのですから、とりあえず落ち着いて、席に座られたらどうですかな?」
セバスチャンは、火花を散らす二人を落ち着かせるため、魔王の向かいの席を引く。
セバスチャンの冷静な対応に毒気を抜かれたドラドーラ伯爵は、先ほどとは打って変わって申し訳なさそうに謝罪した。
「そ、そうですな。魔王様、先ほどは失礼な発言をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、気にするな。元はと言えば俺に非がある。すまなかった」
自分にも非があることを認め、ドラドーラ伯爵に頭を上げるように促す。
ドラドーラ伯爵はもう一度謝罪の言葉を述べると、セバスチャンが引いた席へと着席した。
魔王は一度深呼吸をすることで落ち着きを取り戻す。
そこでふと、いるべきはずのもう一人がいないことに気が付いた。
「そういえば、今日はお前の息子も来ているのだろう?確かドラルと言ったか。先ほどから姿が見えないが、もしかして魔王城で迷子にでもなっているのか?」
「ご心配していただきありがとうございます。しかし、迷子にはなっておりませんので、ご安心を」
ドラドーラ伯爵は、入り口へと体ごと向け、優しい声音と共に手招きした。
「いつまでも隠れていないで、魔王様にご挨拶しなさい」