特訓開始
オークたちの襲撃事件から、二週間が経過したある日の昼下がり。
魔王、シエラ、ベルフェルト、アーレンス、アイリス、アズリエルの六名は、兵士たちの休憩時間を狙って広大な訓練場へと赴き、全員で輪になって準備運動を行っていた。
シエラはメイド服から動きやすい半袖半ズボンに着替えており、普段はメイド服によって隠れている透き通るような白い肌を惜しげもなく曝け出している。
いつもは肩ほどまである赤髪も、後ろで一つに束ねられていた。
その姿を初めて見た瞬間。あまりの可愛さに目が奪われてしまった。
同じく目を奪われていたアーレンスが、アイリスとアズリエルに大激怒されたのは言うまでもない。
「今日は俺の特訓だ。何もお前まで参加しなくていいんだぞ?」
魔王は屈伸しながら、左隣で伸脚をしているシエラへと声をかける。
「そういう訳にはいきません!この前の襲撃事件の時、私は何もできませんでした…。魔王様たちが城下町に行ってる間、本当に悔しかったんです…!」
当時の事を思い返しているのか、握られた拳が小刻みに震えている。
「だから、今度こそ私も役に立てるように強くなるって決めました!」
その瞳には、確固たる覚悟が宿っていた。
シエラの心意気に、俄然やる気が湧いてくる。
「そうか…ならお互い頑張ろうな!」
「はい!」
その後、準備運動を済ませた一行は、魔王とアーレンス、それ以外の四人に分かれてそれぞれ特訓を開始した。
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「よし!それじゃあ魔王は基礎ができてるから、俺たちは模擬戦でもするか」
「できてるというか…セバスチャンに叩き込まれただけなんだがな…」
「違いねえ。俺はあんなのもう二度とごめんだ」
幼少期、魔王とアーレンスはセバスチャンに戦いの基礎を叩き込まれた。
地獄のような訓練の日々を思い出し、二人して身震いする。
「武器は……使わないんだったな?」
「ああ。武器なんか使ったら、魔王の名折れだ」
「はは、相変わらずだな」
幼少期から、魔王は頑なに武器を使おうとしなかった。
昔から変わらない頑固さに、アーレンスは懐かしさと共に苦笑する。
「先に言っておくが、俺からは一切攻撃をしないからな」
「へ?」
試合放棄とも受け取れる宣言に、思わず呆けた声が口をついて出る。
「今日は今の魔王がどれだけ戦えるのか知りたいだけだからな。俺は回避だけで十分だ」
それに、とアーレンスは魔王へと挑発的な笑みを向ける。
「俺に攻撃を当てれたやつは、今までで両手の指で数えるほどしかいないぞ?」
「上等だ。絶対に当ててやる!」
その言葉を皮切りに、二人は真剣な表情で向かい合った。
そのまま一ミリたりとも微動だにせず、お互いの視線を激しくぶつけ合う。
二人の中間地点。
上空からハーピーの羽がヒラヒラと舞い落ちてくる。
パサリ、と羽が地面へと付いた瞬間。
戦いの火ぶたが切って落とされた。
(先手必勝!)
魔王は地面をこれでもかと強く蹴り、アーレンスまでの距離を一瞬にして埋める。
その勢いを全身に乗せ、アーレンスの顔目掛けて拳を振るう。
アーレンスは動きだす前と同じく、先ほどまで魔王がいた位置を睨みつけており、まるで拳が迫っているのが見えていないかのように微動だにしていない。
「もらった!!」
その様子に、拳が直撃することを確信する。だが、魔王は大切なことを忘れていた。戦いにおいて、確信ほど危険なものは無いことを。
勢いを乗せて放った拳は、そのまま何も捉えることなく宙を切った。
何が起きたのか分からず、驚いてアーレンスの顔を見る。その顔は、口を三日月型に吊り上げて、得意げに笑っていた。
(嵌められた!!)
アーレンスはこちらの動きに付いていけていない。ように見せかけているだけだった。
実際は魔王の動きを完璧に捕捉して、拳が当たる瞬間に最小限の動きで攻撃を回避していたようだ。
「実践ならこの時点でお前は死んでるが、今日は模擬戦だ。このまま続けるぞ」
「~~っ!!」
アーレンスから、容赦なく付きつけられる現実。
やつの言う通り、大振りの一発を外した時点で自分の命が潰えることは目に見えている。
魔王は攻撃を当てるだけだからといって、気が抜けていたかもしれないと反省して気を引き締め直し、攻撃を再開した。




