決断
その後、無事に捕縛作業が完了し、オークたちは地下牢へと収容された。
その中でも、アーレンスと戦ったオークは襲撃者たちのボスであることが判明。こいつのことは畏怖の念を込めて、『凶豚たちの王』と命名された。
兵士たちの話によると、『凶豚たちの王』だけが前線で戦っていた兵士たちを蹴散らして、城下町へと侵入していたようだ。兵士たちは重症こそ負ったものの、命に別状はなく、1ヶ月もすれば元通りの生活を送れるとのことだった。
シエラに治療―顔中に消毒液を塗りたくられて凄く痛かった―を施された魔王が、今回の襲撃の経緯を避難していた民たちへと伝え、全員が安堵した様子でそれぞれの家へと帰宅してゆく。
城下町も、一部破壊された場所はあるものの、兵士たちと町民たちの尽力によって数日で完璧に復興した。
アイリスはアズリエルが城下町で経験したことを知り、アーレンスとともに自らが立てた作戦を猛省したようだ。
全員がそれぞれの仕事に追われ、一週間が経った頃。
アイリスとアズリエルがリザードマンの集落へと戻るということで、仕事に追われているアーレンスを除いた全員が相談室へと集まっていた。
「本当に色々あったけど、この一週間お世話になりました」
魔王たちへと頭を下げるアイリスに倣い、アズリエルもペコリとお辞儀する。
「またいつでも遊びに来てくれ」
「今度は、私たちが遊びに行きますね!」
「いつでもお待ちしておりますぞ」
魔王、シエラ、セバスチャンがそれぞれ別れの挨拶を済ましていく。
「ええ、この子がもう少し大きくなったらまた遊びに来るわ。それじゃあアズ、行きましょう」
アイリスはもう一度礼の言葉を述べ、相談室の出口へと歩を進める。
だが、アズリエルはそんな母親の後ろ姿をジッと眺めるだけで、一向について行こうとしない。
娘が付いてくる気配が無いのを感じたのか、アイリスは少しして後ろを振り返った。
「どうしたの?ほら、行きましょう?」
アイリスはアズリエルの側まで行ってしゃがみ込み、手を差し伸べる。
アズリエルはその手をジッと見つめた後、こちらを振り返る。
その顔は、不安と迷いで今にも泣きだしそうだった。
そんなアズリエルの眼を、魔王はしっかりと見つめ返す。
(自分の選択を信じろ)
そして、思いを込めながらゆっくりと頷いた。
そんな魔王の思いを受け取ったのだろう。アズリエルは一度頷き返し、真剣な表情で母親へと向かい合った。
「あのね、ママ。わたし、やっぱりへいたいさんになりたい!」
我が子の告白に、アイリスはこうなることを予見していたかのように眉ひとつ動かすことなく、小刻みに震えている小さな両肩に手を添えた。
「兵隊さんになったら、これからいっぱい大変な思いをしなくちゃならないの。それに、この前みたいな怖い人たちと戦わないといけないかもしれない。それでも、アズは兵隊さんになりたい?」
「うん!だって、パパみたいな世界一かっこいい兵隊さんになりたいもん!」
即答だった。
アイリスは、困ったような、それでいて嬉しいような顔で微笑んだ。
「そこまで言われちゃったら、しょうがないわね」
「やったー!」
「だけど、これだけはママと約束してちょうだい。今はまだ分からないかも知らないけど、何があっても生きて帰ってきて」
「……分かった!約束する!」
二人は、満面の笑みで笑い合った。
するとそこへ。
バン!!!
相談室の扉が乱暴に開かれ、アーレンスが勢いよく転がり込んできた。
「アイリス!良かった、何とか間に合ったか!」
「あら、あなた。ちょうど良かったわ。アズ、ちゃんとパパにも言いなさい」
アズリエルは一度アイリスに頷いて、トッテッテッテーと父親目掛け走っていく。
そして、勢いそのままに抱き着いて、無邪気な笑顔で上を向いた。
「わたし、パパよりもかっこいい兵隊さんになるの!」
娘の唐突すぎる宣言に、固まるアーレンス。だが、しばらくすると、やっぱりこうなるか、と諦めたように苦笑した。
アーレンスは未だに笑顔で抱き着いているアズリエルをそっと引きはがし、目線を合わせるようにしゃがみ込む。
不思議そうな顔をして自分を見つめる娘にニッコリと微笑み、その頭を乱暴に撫でた。
「アズがパパを超える日を、パパはずっと楽しみに待ってるぜ!」
「すぐにパパより強くなるから!」
「そりゃ頼もしいな」
確固たる決意を小さな体に漲らせる我が子を、アーレンスは愛おしそうにもう一度撫でた。
「この子にとっては良いことなんだけど、これからは寂しくなるわね…」
アイリスは心の底から寂しそうに、一人呟いた。
魔王軍に入隊している成人(魔族だと180歳)していない子どもたちは、勉学を疎かにする訳にはいかず、昼間は学校で勉強、勉強が終わったら訓練と大忙しだ。
そのため、毎日故郷から城下町にやって来させる訳にもいかず、城下町に住んでいる子ども以外は、城下町にある魔王軍の寮で暮らすこととなっている。
つまり、アズリエルもその対象なのだ。
もちろん一切帰れない訳ではない。
学校は五日連続であり、その後二日間は休みとなっている。
成人していない魔王軍の兵士は、それに則って、学校が休みの日は訓練も休みだ。
多くの者が二日間の休日を利用して、帰郷している。
それでも、故郷へと帰れるのは二日程度だ。
今まで当たり前のように会えた娘と、少ししか会えなくなる。そんなアイリスの気持ちを思えば、子どもがいなくてもその寂しさを少しは理解できるというものだ。
「そのことなんだが…」
アイリスの呟きを聞いていたアーレンスが、おずおずと切り出す。
「実は、護衛隊にいる爺さんがもう年だってことで引退することになって、家族をつれて集落に戻るそうなんだ。それで、今まで住んでた家を世話になった礼だって言って俺に譲ってくれてな」
アーレンスはそこまで言って、恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
「まあ、なんだ…良い機会だし、これからは一緒に住まないか?」
思いもよらない提案に、アイリスは目をあらん限りに見開いた。
そして、次の瞬間にはアーレンスへと思いっきり抱き着いていた。
「まさかこんな日が来るなんて…!あなた、愛してるわ!」
耳元で囁かれる愛の告白に、流石のアーレンスも赤い肌を益々赤く紅潮させていく。
「ほんと、あいつは言うのが遅いんだよ」
「まったくです!もう少し来るのが遅かったら、私から言っちゃうところでした!」
「ホッホッホ!お二方ともまだまだ青いですな。このようなサプライズが、夫婦円満の秘訣となるのですぞ」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなんですねー」
一緒に暮らすと伝えることを知っていた魔王は苦笑し、シエラは少し苛立ち、セバスチャンは年長者の余裕を見せるといった、三者三葉の反応を示す。
「ママずるい!パパを独り占めしちゃダメーー!!」
アイリスにアーレンスを独り占めされると勘違いしたアズリエルが、アイリスを慌てて引き剝がそうとする。
リザードマンの家族が織りなす幸せな光景。
そんないつまでも続いて欲しい光景に、相談室が温かな空気に包まれた。




