脱出劇
魔王の叫びも虚しく、斧の動きは衰えることなくアズリエルへと迫っていく。
あと数舜もすれば斧が直撃し、幼い命が刈り取られてしまう。
きっと想像できないほど怖いだろう。恐ろしいだろう。すぐにでも逃げだしたいだろう。だが、そんな状況であっても、後ろで震えているエルフの少年を守ろうと震える両腕を精一杯広げ、涙をこぼしながらもオークを睨みつけるアズリエルの勇敢な姿がそこにはあった。
その姿に、魔物から民たちを守る、美しい顔立ちと目を奪われるような桜色の、リザードマンの兵士の姿が重なるようにして映る。
だが、それも束の間。
ブンッ、と遅れて響く斧を振る音が幻影をかき消していく。残された現実を直視すると、斧がアズリエルの顔の前まで迫っていた。
もう何をやっても間に合わない。どうしようもない事実を頭が理解し、身体から力が抜けていく。
魔王は最後の悪あがきのように、決して届くことは無い右手をアズリエルへと伸ばす。だがそこで、魔王の眼はアズリエルと斧の僅かな隙間に、滑り込むように何かが降ってきたのを捉えた。
そして、次の瞬間には、
グゥァギィィィン!!!!!
アズリエルの悲鳴ではなく、遠くで鳴り響いているものと同じ、武器と武器が激しくぶつかり合った音が眼前から轟いた。続いて突風が襲い、たまらず腕で目を守るように覆い隠す。
「娘一人危険に晒して、何が兵士だ…!情けねえ!」
やがて突風が止み、セバスチャンの次に聴き慣れた声に急いで正面を向くと、漆黒の鎧を身に纏った兵士がアズリエルの寸前まで迫った斧を、鎧と同じ漆黒に輝く大剣で受け止めていた。
「アーレンス!!!」
ギリギリだった。本当にギリギリだった。あと一瞬でも遅ければ、アズリエルは今頃物言わぬ屍へと変貌していたことだろう。
だが、まだ気は抜けない。早急に二人の子どもたちを、最低でもオークの攻撃が届かない場所まで避難させなければならない。
それに、二人を助け出さない限り、アーレンスが防戦一方を強いられることになってしまう。魔王はアズリエルとエルフの少年の元へと駆け出しながら、アーレンスへと叫ぶ。
「アーレンス!もう少し耐えろ!」
「ああ!」
だが、魔王の行動の意図に気付いたのは、アーレンスだけではなかった。アーレンスと鍔迫り合いをしていたオークが、自ら後ろへと飛び退いた。そして、魔王をしっかりと見据えて斧を振り上げる。
斧の投擲による進路妨害。オークの狙いを察知した魔王は、急ブレーキをかける。のではなく、スピードを落とすことなく直進し続ける。
愚行としか思えないこの行動は、親友を信頼しての行動だった。
「てめぇの相手は俺だ!よそ見してんじゃねぇ!」
案の定、歴戦の兵士がそんなことを許すわけもなく、鎧に守られたオークの胴体へと渾身の蹴りをかます。
蹴りをくらったオークは大きくバランスを崩し、魔王めがけて飛んでいくはずだった斧は、魔王のはるか頭上を越して民家の外壁へと突き刺さる。
アーレンスの支援もあり、なんとかアズリエルとエルフの少年の元へと辿り着く。
「もう大丈夫だからな。よく頑張った!」
魔王は二人にそう言い、既に自力では動くことができなくなった2人を小脇に抱える。
そして、子どもたちの体に負担がかからないよう、ゆっくりと上空へと浮遊し、安全圏へと脱出した。




