絶望
「ここにもいないか…!」
アズリエルを探すために城下町へと飛び出した三人は、戦闘が繰り広げられている北門に近い北西の地区をアーレンスが、北東の地区を魔王が担当し、比較的安全な南東と南西の地区をアイリスが担当して探し回っていた。
だが、もうすぐ北東の地区も半分は探し終わる頃に差し掛かっているにも関わらず、アズリエルは一向に見つからない。
「くそっ!空を飛べたら早く見つけられるのに!」
無理だ、という言葉を心の中で呟く。
空から俯瞰的に探すことができればかなり早く捜索することができるのだが、そこにはどうしても乗り越えることができない大きな壁がある。
城下町を空から見た時、そこには高低様々な家屋による死角が意外と多い。そして何より、小さな子どもを空から的確に探すのは至難の技だ。その二つをどうにかしない限り、空からアズリエルを探すなんて到底できそうにない。
だから魔王は走り続ける。
走る。いない。走る。いない。走る。いない。走る。いない。走る。いない。
何度これを繰り返しただろうか。どんどん北上しているため、捜索し始めた頃には聞こえなかった武器を遠慮なくぶつけ合う重厚な音がを耳が捉える。
流石にこんな危険な場所までは来ていないだろう。きっとアイリスが見つけてるか、一人で魔王城へたどり着いて保護されているだろう。そう思い、捜索を打ち切ろうとした瞬間。
ドガン!!!
近くで何かが激しく衝突する爆音に続いて、ガラガラという石が崩れたような音が聞こえてきた。
その音に嫌な予感を感じ、音が聞こえた場所へと大急ぎで走りだす。
猛スピードで過ぎていく家々を横目で見ながら、自分が感じた予感がハズレることを、今にも暴れ出しそうな胸中で何度も願う。
だが、その願いは届くことが無かった。
魔王城と北門を繋ぐ大通りへと飛び出した瞬間。右手側に背筋が凍るほど恐ろしい光景が広がっていた。
レンガ造りの床にヘタレこんでガクガクと震えているエルフの少年と、少年を庇うように前に立って腕を精一杯広げて仁王立ちしているアズリエル。そして、銀色の鎧を全身に身につけ、アズリエルの5・6倍はゆうに超えるであろう巨体を持つ1匹のオークが正対していた。
それだけではなく、オークは右手に握られた巨大な斧を振り上げ、今まさに小さな命を刈り取らんと振り下ろされる寸前だった。
魔王は考えるよりも先に体が動き出していた。今までの捜索で既に悲鳴を上げている足と肺を酷使しての全力疾走。
アズリエルまでの距離は、およそ60~70メートルとかなり遠い。魔王の足をもってしても、助けられるかどうかの瀬戸際だ。
間に合わなければアズリエルが死んでしまう。そんなことは全ロベルナの民を守る魔王として、そして一人の親友として絶対に許せない!
その思いが魔王をどんどん加速させていく。先ほどまでは小さく映っていた三人の姿が、ぐんぐんと近づいてきた。
このままいけば何とか間に合うことを確信し、さらに前へと進むために右足を踏み出した瞬間。
グシャリ。
右足が捉えたのは先ほどまでの硬いレンガ造りの地面ではなく、異様なほど柔らかい地面だった。
あまりにも急な変化に足を取られ、限界を超えた全力疾走の最中、バランスを保つことなどできるはずもなく、勢いそのままに体が宙へと放りだされた。
グルグルと視界が回転する最中、粉々に砕かれた地面が一瞬だけ映る。
(まさか……!?)
やけにゆっくりと地面が迫る中、魔王は一つの結論に思い至る。
初めに聞こえてきた爆音の衝突音。オークがアズリエルたち目掛けて振り下ろした斧が空を切り、地面を抉り取った音だとしたら?
全て合点がいく。
アズリエルたちのことを注視するあまり、自身が踏み出す道までは意識を割くができなかった。そのことを後悔する前に、魔王は顔から地面へと激突する。
顔全体に激痛が広がる。特に鼻が燃えるように熱い。
「うぅ……」
あまりの激痛に呻きながらも、腕に力を入れて起き上がる。先ほどまで顔をうずめていた地面には、赤い水溜まりができていた。どうやら先ほどの激突で、鼻血が出たようだ。
だが、今はそんなことどうだっていい。
再び駆け出すために視線を地面から前方へと戻し、絶句する。
オークが斧を振り下ろし、あと数舜もすれば幼い少女の命が刈り取られる寸前まで迫っていた。
もう間に合わない。
「やあめろおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
魔王の叫びが、閑散とした城下町に木霊する。




