変化
「覚えていただけていたみたいで光栄です。魔王様もお元気そうでなによりです」
久しぶりに見たアイリスは、良い意味でも悪い意味でも、この魔王城を去ってから一切変わっていなかった。
少し懐かしさに浸っていた魔王だったが、いつまでも客人となったアイリスを跪かせておく訳にはいかず、立つように促す。
「ですが…」
だが、アイリスはなかなか動こうとしない。
生真面目すぎる性格。
恭しい態度をとられることがあまり好きでない魔王が、アイリスのことを苦手としている主な要因がこれだ。
(まさかもう一度この性格に悩まされる日が訪れるとはな…)
過去の様々な思い出が蘇り、無意識の内に溜息がこぼれ出た。
「昔から何回も言ったことだが、俺はあんまり畏まった態度をとられるのが苦手なんだよ。それに、今のお前は客人だ。だからもっと気楽に接してくれ」
少しの間悩んだアイリスだったが、納得いったらしく立ち上がると、今までの毅然とした態度から一転。柔らかな雰囲気を身に纏い、柔和に微笑んだ。
「それもそうねー。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
前言撤回。
魔王城を去ってから変わっていなかったと思っていたが、まるで別人のように変わっていた。
「あ、あの!ちょっといいですか?」
感慨深くなっていると、興味津々そうに眼を輝かせているシエラが会話に参加した。
「お二人はお知り合いみたいですけど、どういった関係なんですか?」
「セバスチャンから何も聞いていないのか?」
セバスチャンを見ると、ただニコニコと微笑んでいるだけだった。
その態度を見て、本当に何も聞かされていないことを確信する。
アイリスとの関係性を説明しようと口を開きかけたところで、当の本人に手で制されてしまった。
自分でする、ということだろう。
「初めましてシエラさん。アーレンスの妻で、以前魔王様のメイドをしていたアイリスです。よろしくね」
「え?え!?」
自己紹介を終えたアイリスは魔王に向き直ると、ニコッと微笑んだ。その顔からは、いたずらな雰囲気が漂っている。
「お城に入った時、メイド服を着た子がいたから驚いたわ。魔王様がこんなにも早く違う女の子に手を出しているなんて思わなかったわよ」
「誤解を生むような言い方はやめろ」
(やっぱりこいつ、母親になって変わったな)
魔王はそんな変化に嬉しくもあり、少し寂しくあった。
当の本人はというと、いつの間にかシエラの手を握って何やら耳打ちをしている。
ここからだと何を言っているのか聞こえなかったが、シエラが笑顔になっているのを見る限り、悪いことを言われていないのは確かだ。
一通りシエラと話し終わったのだろう。
アイリスは少し真面目な表情になって、魔王と向かい合った。
「今更だけど、私の事なんてどうでもいいの。今日はこの子を紹介しに来たのよ」
アイリスはそう言うと、今まで母親の後ろにベッタリとくっついていた娘を前に立たせる。
そして、娘へと一際優しく微笑みかけた。
「ほら、ご挨拶」
「こんにちは…。アズリエルです…」
その自己紹介は、声も小さくモジモジとしていて恥ずかしさを微塵も隠しきれていない。
だが、終始しっかりと魔王の目を見ていた。
そこはしっかり者の母親譲りなのだな、と魔王は素直に感心する。
「こんにちは。君のことはいつもアーレンス……君のお父さんからいっぱい聞かされてるよ」
「そうなんだ」
アズリエルの表情が少しだけ和らいだ。
きっと、父親から自分のことを話されているのが嬉しいのだろう。
無事全員の自己紹介が終わったところで、魔王は覚悟を決めて玉座から立ち上がる。
「今日のことはアーレンスから聞いている。早速だが、訓練場へ向かおうか」




