地獄の始まり
『調子乗りすぎ』
『よくやるよ』
最初はただのよくあるアンチコメだと思った。
先生にバレずに可愛く見せるためのメイクテクとか大人の男受けするファッションとか、歌って踊った動画とか。ライブもたまにやる。
手軽に写真や動画を投稿して楽しめるエンスタは須藤空星にとってとても大切な居場所の一つだ。
匿名だから、遠慮なく好きな事が書ける。
学校の馬鹿で空気読めないガキどもや、うわべだけ取り繕ってて自分のことしか考えてない先生たちの顔色をうかがう必要もない。
そして何か投稿するたびにたくさんの「いいね」が集まって、たくさんたくさんほめてくれる人もいて、自分がいかにかわいくてイケてる特別な存在か実感させてくれるのだ。
他にも気が向いた時に好きな事を囁くウィスパーやリアルの知人とつながるFacenote、短い動画を手軽に投稿するTickTackなど、色々なSNSを使いこなしているが、やはりエンスタが一番自分には合っていると思う。
その日もいつものように週末に原宿で買って来たばかりのコーディネートを自撮り投稿すると、すぐにコメントがついた。
さっそくフォロワーがいいねとほめコメをつけたのかと思ってわくわくしながら見てみると、ただの気の抜けた悪口だ。
「だっせえブスが、キモいんだよ」
即刻削除するが、なんともむしゃくしゃする。
腹いせに裏アカに切り替えて、目立つアカウントに片端からアンチコメを書き込んで回った。
「ふん、ゴミクズのくせにイキってんじゃねーよ。たいしてカワイくも面白くもねーくせに」
ひとしきり罵詈雑言を書き込んでスッキリした空星は唖然とした。
「なにこれ……ひどすぎる……」
さっきとは比較にならないほどの数のアンチコメの数々がずらっと並んでいる。
それも最新記事だけではなく、今までの投稿にもすさまじい数が。
『処刑はよ』
『ビッチJSキモイ』
『ブスがサカっててウケる』
見るに堪えない悪口雑言がずらっと並ぶ。
それだけではない。
『××県〇〇市立△△小学校 五年三組 須藤空星』
「キモっ……どうしてあたしの名前がさらされてるの……??」
通っている小学校のクラスと自分のフルネームが晒されている。
『DQNネーム読めねー』
『すどうすてら』
『名前がイタタ』
『親の顔が見たい』
『親の会社これ(http://www.〇〇〇.×××.■□■)』
コメント欄に貼られたURLをクリックすると、確かに父親が勤務する会社のホームページが表示された。
『こいつ彼氏https://www.facenote.co.jp/profile.php?id=×××」
『トシ違いすぎだろwwパパ活じゃね?』
『まとめあるよwww』
『キモっ。キス画像みちゃったwww』
コメント欄には今まで関係を持った男性のFacenoteのURLも貼られている。それどころかデートの様子などの写真が多数集められた「まとめサイト」のURLまで。
「うそ……なんでこんな……」
あまりのことに頭の中が真っ白になった。
彼氏のことは仲の良い友達にしか話していない。グループLIMEにしか投稿したことのない写真の数々に、「友達」の誰かが裏切ったことを悟って絶望する。
「あたしなんにも悪いことしてないのに……誰がこんなこと……」
スマホ画面を見つめながら、ただただ震えるしかなかった。親には間違っても相談できない。
ただでさえSNS利用どころかスマホを持つことにすら猛反対されたのだ。こんなトラブルに巻き込まれたというだけでも、親に知られたら怒られるだけでは済まないだろう。
まして彼氏のことがある。
両親は、まさか娘が年齢の離れた男と付き合っているなんて夢にも思ってもいないはず。ましてキスやそれ以上のことをしている写真など、見られてしまったら烈火のごとく怒るのは目に見えている。
「どうしよう……あたし一人でなんとかしなくっちゃ……」
彼女は怯えながらも、これから自分の取るべき行動について一人で思いをめぐらしていた。
まずエンスタのコメント欄を閉じ、念のため他のSNSを確認してみる。
案の定、そちらも悪意あるコメントで溢れてかえっている。
仕方がないのでよく使うアカウントは非公開にしたうえで全てコメント欄を閉じた。簡単に事情を説明する投稿をして、しばらくは低浮上となるとアカウント名に注釈をつける。
利用頻度の低いSNSは面倒なので退会した。
「……こんなゴミクズどもに負けてたまるか……」
こんな嫌がらせに負ける訳にはいかない。
流出した写真にせよ個人情報にせよ、グループの誰かが裏切ったことは間違いない。犯人を突き止めて、しっかりと落とし前をつけさせなければ。
この自分に逆らったことを後悔させるだけでは気が済まない。徹底的に追い詰めて、一生そのツケを払いながら怯えて暮らすようにさせなければ。
彼女はとことん戦う決意を固めると、翌日の学校での対決に備えて早々にベッドに入ったのであった。