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通夜の日



 その日は冷たい雨が降っていた。


 すすり泣く遺族をしり目に、強制的に参列させられた児童たちは悲しそうな顔を取り繕ってはいるが、それでも大人の目にはいやいや参列している様子が隠しきれていない。


 自分たちの面白半分の行為が、同級生を幼くして自死を選ばずにはいられないほど追い詰めたと言う自覚が全くないのだ。



 むしろオモチャの分際で自殺したせいで、自分たちの娯楽が奪われた上に痛くもない腹を探られた。自分たちこそが被害者だ。


 そんな意識が見え隠れしていて、生真面目な者たちの神経を逆撫でする。



「かわいそう……っ!! こんなに悩んでたなんて……っ!!」



「相談してくれたら、あたしたちが助けてあげたのに……っ!!」



 そんな中、こぞって目から液体を流しながら悲嘆にくれたかのように叫んでいる女児たちのグループがいる。


 みんな葬儀の席にふさわしく改まったスーツやワンピース姿ではあるが、爪や唇はツヤツヤと輝き、髪も凝った形にアレンジしている。



「よくやるよ……自分たちが追い詰めて遊んでたくせに……」



「あれ、目薬でしょ。あんな見え見えの演技して恥ずかしくないのかな」



「こんな時にもばっちりメイクしててウケるー」



「まじ女優だねー」


 


 遠巻きにしながら嘲る児童たちのグループ。大人たちには見えていない、聞こえていないとたかをくくっているのだ。


 大人たちがどちらのグループにも冷ややかな視線を送っている事には全く気付いていないようだ。



「怖がらずにもっとちゃんと止めるんだった……」



「違うよ、うちらがちゃんと味方だよって信じてもらえる態度を重ねてこれなかったからだよ」



「そうだよな。学校にいるのはあいつらだけじゃない。あいつらの言いなりになる奴だけでもないって信じてもらえてたら……俺、情けないよ」



「うん、自分で自分が許せない……っ。本当にごめん……」



 式場の隅で目立たないようにしながら自責の念にかられる子供たちもいる。みな一様に赤くむくんだ腫れぼったい顔で、級友の死を知らされてからどれほどの涙を流したのかうかがい知れる。



 様々な反応を見せているのは大人たちも同様だ。


 女優グループといい勝負の、わざとらしい悲嘆顔を貼り付けた中年の男性がしきりに後悔を並べて見せる。



「ああ、かわいそうに。どれだけ苦しかったでしょう。勇気を出して少しでも相談してくれていたら決してこんな結果にはならなかったのに。繊細すぎるお子さんはだから困るんです」



 一見哀れんでいるように見えて、一方的に相手をなじって自己正当化をはかっているだけ。その醜悪な姿に参列している他の保護者達も嫌悪感を隠し切れない。



「もうお引き取り下さい。明日もお越しいただきませんように」



「はぁ?いやせっかく来て……」



「お引き取り下さいっ」



「これで失礼しましょう。大切な通夜の席に大変申し訳ありませんでした」



「……っ。わかりました。今日はこれで失礼します」



 遺族に強く拒絶され、中年男はあからさまに不快そうに何か声を上げかけたが、近くにいた壮年の男性に促されて席を立った。



「何を白々しい。二学期だけで三回も学校に行って直接相談してたそうよ」



「私も見かねて副校長にお話ししたんだけど、なしのつぶてだったの」



「副校長が何度も指導したんだけど『赴任したばかりの人間に何がわかる』って突っぱねたんだって」



 声を潜めて保護者達がささやきあっている。


 誰だって我が子がかわいいのだ。面倒な事には巻き込まれたくない。


 それでも見かねて口を出す者もいたようだが……結果はこの通りだ。



「連絡帳に書いた相談内容は無断で破棄されたんだって。やっぱり相談に行くときはICレコーダー持って行かなきゃ駄目ね」



「過呼吸の発作を起こしてるのに無理やり教室に引きずって行こうとして、副校長に止められたことがあったって、うちの子言ってたよ」



「やだ、そんな先生がずっと主任として威張ってたなんて……卒業まであと一年もあるのに怖いわ……」



「うちの子も怖いからあの先生の担任だけはいやだって」



 常軌を逸した教師の対応は、全て自分のクラスで陰湿なイジメが起きていた事を隠蔽するためのものだったのだろう。その結果、最悪の事態が起きてしまったがために隠蔽どころの騒ぎではなくなってしまったのだが。


 教師の恨みがましい目を見るに、自分の不適切な指導を反省するどころか、自分は根性なしの生徒のせいで不当な扱いを受けた被害者だと思っていそうだ。



「ちょっと教育委員会に言った方がいいかもしれないわね」



「そうよね」



「私もそうしようかしら」



 ひそひそとささやきあう母親たちの声が耳に入ったのだろうか。中年の教師は通夜の席にはふさわしくないずかずかと荒々しい足取りで去って行った。



「副校長先生、色々とお気遣いいただきありがとうございました」



「とんでもない。このような事になってしまい、本当になんとお詫びしたら良いのか……」



 その苛立たし気な後ろ姿を呆然と見送った後、母親とおぼしき遺族が壮年の男性に深々と頭を下げると、彼も慌てたように頭を下げる。口にした謝罪は簡潔だが、その声にはおさえきれない苦渋が滲んでいた。



「……」



「本当に、お詫びのしようもありません。申し訳ありませんでした……」



 こらえきれず嗚咽を漏らす母親に、副校長は再度深々と頭を下げるととぼとぼと式場を後にした。


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