3.初めての…
個人的な意見だが金曜日の夜は学生のテンションが最も高まる瞬間であると思う。
明日から休日という事実が1週間の学校で疲れきった体を癒すオアシスとなる。
まぁ、部活をしている奴らからすれば休日も精を出しているのだろうが。
脳裏に俊彦が恨みがましそうな目で俺を睨んでいる姿が過ぎる。南無三。
俺は歯磨きを終えるとスマホを弄りながらリビングに向かった。
仕事から帰ってきた両親は疲れ果てて既に寝室で眠っているし、妹は自分の部屋で友達と楽しげに通話している。
よって居間には俺と弟しかいない。
弟───秋斗はソファーに座って、ゲームのコントローラーを握りしめていた。
「だぁあぁ!!死んだぁっ!はい、クソゲー」
テレビの大画面には、今大人気のバトルロワイヤルゲームが写っている。
秋斗はそう大声を上げるとコントローラーを柔らかいクッションに投げつけた。
まぁ、床に投げたら壊れるからな。
俺が冷めた目で秋斗を見ていると後ろからの視線に気付いたのか、秋斗が振り返った。
「ん?なんだよ居たのか兄ちゃん」
「居ちゃ悪いか」
俺は苦笑しながら秋斗の隣に座った。
今年で中学二年生になる秋斗は既に当時の俺よりも背が高く、このままでは抜かされてしまうのも時間の問題だろう。
喧嘩したら負けてしまうかもしれない。
まぁ、喧嘩するほど仲が悪いわけではないので大丈夫だろうが。
「別にそういうわけじゃないけどよー」
秋斗は立ち上がるとクッションに投げたコントローラーを拾い、俺の方へ放り投げた。
「っと、やるのか?」
「あたぼうよ」
俺と秋斗は顔を見合わせてニヤリと笑うと、有名な対戦型格闘ゲームを立ち上げた。
このゲームの戦績はぶっちぎりで妹の琴子が1位、次点を俺と秋斗で争っている。
「琴子は?」
「部屋で友達と通話してる」
「かぁっーいいなぁ!俺も女の子と通話してぇー」
「琴子は小学生だぞ?」
「いや、小学生の女の子と通話してぇとは言ってねぇよ?」
「秋斗も早く彼女つくれよなー」
「兄ちゃんだって居ねぇじゃん」
「お、お、俺はつ、つくろうと思えば?つくれるし?」
「できないやつは皆そういうんだぜ?」
「ぐっ…」
「へっへっへっ、俺と兄ちゃんは一生彼女いない同盟な」
「【悲報】橋上家の血筋絶える」
「琴子がいるじゃん」
「確かに」
琴子は家族の贔屓目抜きに見てもかなり美少女の部類に入ると思う。成長すれば魔性の女になるかもしれない。
あいつはゲームでも人生でも勝ち組なのだ。
負け組の俺たちが密かに交わしていたどちらが先に彼女ができるかという不毛な争いは長らく停戦状態の様相を呈していた。
「……」
「……」
お互いに無言でコントローラーをカチャカチャ動かす音だけがリビングに響く。
その静寂を破ったのは、俺のスマホに送られたトークアプリの通知だった。
テーブルに置かれたスマホがピコンという音と共に振動する。
なんてことはない。それだけなら俺もさほど気を取られなかっただろう。
しかし、送り主と内容を見てコントローラーを持つ手がピタリと止まった。
「隙あり!」
秋斗はそう言うと苛烈にコントローラーを動かす。
画面の向こう側で俺のキャラクターが無抵抗でボコられるが俺はそれどころでは無かった。
(ふ、藤森さん!?いや、それよりも……)
俺はコントローラーをテーブルに置き、代わりにスマホを手に取るとその画面を凝視した。
秋斗は俺のただならぬ様子を見て、怪訝な表情を浮かべるとスマホを持つ手を覗き込んできた。
「どうしたんだ、兄ちゃん?」
「ちょっ!」
咄嗟にスマホを隠したが、ばっちり見られたようだ。
秋斗の表情がなんとも言えないものになる。
「なぁ、兄ちゃん今のって……」
「いや、違うだ!」
「名前もアイコンもさ、完全に女の子だったよな…?」
「ふ、藤森さんとは今日交換したばっかでな?」
「彼女……居ねぇんじゃねぇのかよ…?」
「いやいやいやいや!ただのクラスメイトだって!!」
弟はまるで裏切り者を粛清するかのように無表情でにじり寄ってくる。まるで浮気現場を見られたかのようだ。
「ほんとに?」
「ほんと、ほんと、大マジで」
「へぇー?彼女でもなんでもないただのクラスメイトの女子が『もし良かったら今から通話できるかな?』って送ってくるんだ」
「……」
そう。そうなのだ。藤森さんはあろうことか俺に通話できるかと持ちかけてきたのだ。
本当に藤森さんとはなんでもないのだが傍から見れば、それなりに親しい女子であるように見えてしまう内容だろう。
つい、俺は黙りこんでしまった。
「ギルティだ!この裏切り者がぁ!」
弟はそう叫ぶと怒り狂ったフリをして俺をリビングから追い出した。
藤森さんの登場で功を焦った弟に彼女ができたら俺と弟の争いは簡単に終止符を打つだろうな。
アイツ、見てくれはいいし。ゲーマーでオタクな所がマイナスにならなければすぐにでも彼女ができるだろう。
なんてバカなことを考えながら重い足取りで階段を上がった。
女子と通話なんて生まれてこのかたした事ねぇぞ!
断るのは悪いし、受けようとは思っているが緊張ですぐに返信できなかった。
自分の部屋に入ると、ちょうど藤森さんからメッセージが飛んできた。
『もしかして、寝てる?』
俺は慌ててトークアプリを開くと返信を打ち込んでいく。
『いや、起きてるよ。今なら通話は大丈夫だけど』
『分かった』
俺がメッセージを送ると数秒も経たずに既読がつき、すぐに返信が来た。
ごくりと唾を飲み込む。
これは俺から通話するべきなのだろうか。
いや誘ってきたのは向こうだしな…。
でも普通は男側からかけるべきなのか?
そんな事を考えているとスマホが振動して通話がかかってきた。
ビクリと肩が震える。
緊張でスマホを持つ手に力がはいる。
いや、緊張しすぎだろ俺……。
1度深呼吸すると俺は着信ボタンを押した。
『出るのが遅い』
「す、すまん」
電話口から藤森さんの不満そうな声が聞こえてきた。正直そんな声でも耳が幸せになるが。
『……』
「急に電話してくるなんてどうしたんだ?」
『…別に』
「特に用はないのか?」
『用がないとかけちゃ駄目なの?』
「そういう訳じゃないけど……」
『べ、別にアンタの声が急に聞きたくなったとかじゃないんだからね!』
「いや、それは勿論分かっておりますけど…」
『か、勘違いしないでよねっ!』
「しませんとも。まったく。これぽっちも。」
『…それはそれでムカつくわね』
「え?」
『なんでもないわよ!』
「えぇー」
それから藤森さんとはくだらない四方山話を繰り広げた。女子との初めての通話で、しかも相手はあの藤森さんなのに、不思議と緊張は解けていき最後らへんでは普段の調子で話すことができていた。
いや、コミュ力おばけの藤森さんだからこそかもしれないけど。
『あのさ、明日って休みじゃない?』
すると藤森さんが唐突にそう切り出した。
「うん?そうだな」
『あ、あのさ……その……』
「……?」
藤森さんの声が尻すぼみに小さくなっていく。
「大丈夫か?」
『う、うん。あの……』
藤森さんは1泊置くと覚悟を決めたかのようにすぅっと息を吸った。
『明日、私と一緒にお出かけしない?』
「……え」
『む、無理だったら別にいいけど!』
「いや、大丈夫だけど…」
『じゃ、じゃあ、明日の10時に駅前集合ね!あ、べ、別にデートとかじゃないんだからっ!』
「うおっ!?」
藤森さんは大声でそう捲し立てると、ぶちっと電話を切ってしまった。
俺は放心したようにスマホを見つめる、すぐに我に返った。
いや、藤森さんとお出かけだとっ!?
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