魔法学校で隣の席のデブが、実は大賢者でイケメン王太子だった件
「バロリード大魔法学校への入学おめでとうございます。皆様には今日からここで立派な大人になるための高い教養と知性を身につけていただきます。そしてもちろん各々の魔力に応じた高レベルの魔術の訓練も受けていただきます」
学長の挨拶が終わり、続いて登壇したのは特別顧問だ。なんだか見覚えのある人だった。いつか本で見たかもしれない。
「私が皆さんに提案したいのは、今後の人生を切り開いていく『みらい型魔力』を身につけることです。皆さんの成長が我が国の未来の成長に繋がることを大いに期待しています」
特別顧問の挨拶が終わり、新入生代表の挨拶を私が行うことになった。入学前の面接で担任の先生からお願いされていたのだ。ジュニアスクールでの成績上位者の中から私が選ばれたらしい。
挨拶は緊張していて覚えてないがなんとかやり遂げることができた。
入学式が終わって、私はクラスのみんなといっしょに教室へと向かっていた。緊張感から解放されたからか周りの生徒たちは思い思いのことを喋っている。
「ねえねえ!聞いて聞いて!今年の新入生の中に、この国の王太子様がいるらしいわよ!」
「うそー!同級生に王太子様がいるなんて!是非お近づきになりたいわ!」
「バカねえ、私たちみたいな中流貴族のお相手なんてなさるわけないわ」
「いったいどこのクラスなのかしら?」
「なんでも秘密裏に入学されているそうよ、名前も偽名でわからないようにしてるみたい、学長しか存在を知らないみたいよ?」
何やら周りの子が喋ってる内容から、この国の王太子殿下が同級生にいるらしいことはわかった。まあ私には関係ない、家柄が違いすぎる。というか、ここにいる生徒たちの中にも上流貴族はほとんどいないわけだし関係ないだろう。良家のご子息、お嬢様と言ってもピンからキリだ。この学校の学費はバカ高いので有名なので、庶民が入ってくることはそうそうない。そして教育課程はとても厳しく毎年1割ほどが勉強についていけずに退学したりするらしいのでそんなことがないように私は気を引き締めていた。
「皆さん、よろしくお願いします。私は担任のスザンヌです。あなたたちはこれから魔法、魔術の基礎から学んでいきます。わかっていると思いますが学園内で教師の許可なく魔法を使うことは禁じられています。中には既に魔力を解放している人もいるようですが絶対に決まりは守ってくださいね」
「だってよ」
「俺もう使えるぜ?お前は?」
「勝手に使ったら退学だよ?」
教室中が少しザワついた。
「ではさっそく出席を取りますね。と言っても入学式なので全員いますよね……あら?」
そこで全員の視線が私の隣の空間に注がれる。なんだか私が注目されているみたいで気まずかった。私の席は窓際の後ろから2番目、そして隣の席はなぜか空席だった。スザンヌ先生は右手でメガネをクイッと上げてため息混じりにこう言った。
「あらあら、初日から遅刻とはとんだ問題児がいましたね。彼以外は全員いるようなので順番に自己紹介でもしてもらおうかしら」
クラスメイトは男女15名ずつの計30人、それぞれ男女1人ずつが隣同士で席を並べていた。順番に自己紹介が進んでいくなか、緊張が高まっていく。私の番はもうすぐだ。それにしても隣の男子生徒は何してくれてんだろう。私はなるべく目立ちたくないのに隣が空席なせいで、変に視線を集めてしまってるじゃない。
──とその時、ガラガラと勢いよくドアが開いた。
「すいませぇん、遅れました!」と野太い声が教室中に響いた。
勢いよくドアを開けて入ってきたのは体重100kgをゆうに超える男子生徒だった。よくあそこまで太れるもんだ。
「ちょうどいいわ、そこで自己紹介をしてもらえるかしら、君の番なのよ。終わったら早く席に着きなさい」とスザンヌ先生は呆れた表情を浮かべながら言った。
「は、はぁい!ボクの名前はエリック・ド・ヴァロワです。みなさんよろしくお願いしまぁす」と彼は見た目通りのノンビリした口調で自己紹介した。子息をあんなデブになるまで放っておくというのは、甘やかしている証拠だ。教育的に問題があるんじゃないか、大した家柄じゃないのだろう。
ドスッドスッと足音を立てて彼が小走りに向かう席は、もちろん空いている私の隣だった。彼がすぐそばまで来ると歩く振動で机が揺れているのがわかってビックリした。
「ここだここだ、小さいイスだなぁ」と言って彼は私の隣に座った。誰も突っ込まないわよ。
隣に座った彼の体積によって途端に圧迫感に襲われ、私のパーソナルスペースは彼の出現によってほとんど奪われた。
「ごめんね。ちょっと狭いかもしれないけど、よろしくね」そう言って彼は、苦い顔をしているであろう私の方を見てニッコリ笑ってきたので、とっさに目を逸らした。なんだか苦手なタイプかもしれない。
私は彼の言葉には何も返さずに立ち上がった。ちょうど次は私の自己紹介の番だ。
「皆さん初めまして、ローラ・ド・オルレアンと申します、よろしくお願いしますわ」
「ローラさん、入学式の挨拶お疲れ様。素敵だったわよ」とスザンヌ先生がみんなの前で褒めてくれた。
「あ、ありがとうございます」と私は緊張しながら返した。着席する瞬間横目で隣の彼がこちらを見ているのがわかった。
「オルレアン家のご令嬢かぁ、よろしくねぇ。入学式で挨拶したんだ。すごいね。ボクは遅れちゃって見てないんだけどね、アハハ」
ちょっとこのデブ、頼むから黙ってて欲しい。なんで気安く話しかけてくるんだろう。デリカシーが無さそう。今は自己紹介の時間なんだから私語は慎むべきなのに!私はデブを一瞥し、スザンヌ先生の方に顔を向けた。
午前中はホームルームで、学校の説明や、寮の説明があった。この学校は寄宿制で生徒全員が寮に入る。この国の貴族や良家の子女たちが、12才から18才までの6年間をここで過ごし立派な教養と魔術を身につけた大人になるのだ。
「午前中のホームルームはここまでにします。昼食は食堂でビュッフェスタイルになっています。各自でどうぞ。1時間後にまたホームルームを再開します。その際クラス内の委員長や係を決めたいと思いますので、何かに立候補したい方は考えておいてください」
「うわあ!ビュッフェスタイルの食事だってえ!やったあ!」隣のデブはお昼休みになった瞬間、あっという間に教室の外へ移動して消え去った。あのデブまさか、速度増加の魔法が使えるのだろうか。
全員がガヤガヤとしながら席を立って食堂へ向かうために廊下に出る。私は入学式の時も誰とも話せていなかったので、お昼休みに友達を作るきっかけがあればいいと思っていた。キョロキョロと周りを見渡してみたが、女子生徒たちはそれぞれのペアかグループで固まって教室を出ていってしまった。私は結局誰にも話しかれられずに1人で食堂まで来た。
食堂に来ると数百人の生徒たちでごった返していた。私は何皿か食事を取り分けると席を探すためにウロウロした。すると向こうのテーブルに見覚えのある体型の生徒がいた。さっきの隣のデブだ。2人分の席を占領し5人分の食事をテーブルに広げひたすら口を動かしている。
私はデブが見えない方向に腰を下ろし、食事を進めた。
昼食が終わり教室に戻って席に着いていると、デブが戻ってきた。どれだけ食ってきたんだろう。体の大きさが1.5倍になって圧迫感が増している。巨大化の魔法を使ったんじゃないよね。
デブが満足気な表情を浮かべながら席に近づいてくると、周りの生徒たちはヒソヒソ眉を寄せて道を開けている。1人の男子生徒がデブに向かってこう言った。
「いっぱいエサ食ってきたのか?ブタくん」
クラス中にどっと笑いが起こる。私は周りを見てハッとした。やっぱりみんな彼を嘲笑の目で見てるんだ。私はなんだか居心地が悪くなった。
当のデブは愛想笑いを浮かべながら、頭をボリボリかいている。聞こえてないフリをしているつもりなのかもしれない。
「よお、お前の席はここじゃないぜ?ブタらしく豚小屋に帰れよ」とヤンチャな感じの男子生徒がデブを煽る。
「お前入学式に遅れてくるなんて大したやつだよな、ナメてんのか?」何人かが詰め寄って口々に文句を言っている。
「お前ダイエットの魔法を1番に習ったほうがいいぞ?まあ見るからに魔力なんか無さそうだし使えるか知らないけどなあ?」
私はそれを聞いて無性に腹が立って思わず立ち上がった。
「ちょっと!意地悪はやめなさいよ!ブタは言い過ぎよ!かわいそうでしょ!デブもなんか言い返しなさいよ!」
「な、なんだあ?正義感気取ってんじゃねえよ!俺を誰だと思ってる!」ヤンチャな男子生徒が私の方を向き凄んできた。感情的になった彼の体に若干の魔力が宿るのがわかった。私はまずいと思ってとっさに身を引いた。尚も男子生徒が私に言い返そうと近づいた時、デブがいきなり私の前に割って入った。
「デ、デブって言い方、ひどいなぁ。ボクはぽっちゃり系だよ?」と反論してくる。
「なんで私には言い返すのよ!てかあんた太り過ぎなのよ!」
「ボクそんなに太ってるかなぁ?でもなんにも迷惑かけてないでしょ?」
「迷惑よ!隣の私が狭い思いして迷惑してるのよ!」
「えぇ!そうなの?ごめんねえ!」
なぜかその場は私とデブの言い争いになってしまい、囲んでいた生徒たちもシラケて散っていった。
私は内心ホッとしていた。こんなデブをなぜかとっさに庇ってしまい、いきなりクラスで変に目立ってしまうところだった。大丈夫だったかな。しかしこの時の私の不安は残念ながら的中していた。
午後からのホームルームではクラスの委員長と係決めを行うようだ。私は変に目立つ気は無かったので決まるのを黙って見てやり過ごそうと思っていた。
クラスの係なんかに就いて時間を消費してしまっては肝心な勉学が疎かになってしまう。そうして悪い成績を取っては目も当てられない。ただでさえ教育課程が厳しいと有名な学校だ。放課後の勉強時間はしっかりと確保したかった。
「ではまず、委員長と副委員長を決めようと思います。そして決まり次第その2人に進行を変わっていただき、残りの係を決めていきたいと思います。では委員長に立候補したい方はいますか?」
──シーン。
私は周りを見渡してから、うつむいた。誰も挙手していなかった。当たり前だ。この場合どうなるんだろう。先生の指名かな?
その時、私の目の前の席にいた女子生徒が手を挙げた。おぉ!救世主とはこのことだ。まさか自分から委員長に立候補したい人がいるなんて、彼女の名前はさっきの自己紹介で聞いたけど忘れてしまった。確かどこかの公爵令嬢だったはず。さすが私とは育ちの違うお嬢様。心の底から褒め称えたいと思った。
そしてゆっくりと立ち上がった彼女の口から発した言葉は信じられないものだった。
「先生!私は委員長の候補に、後ろの席のローラさんを推薦致しますわ!」
──え?私?ビックリして思わず彼女の背中を見上げる。
「ローラさんは正義感が強く、思いやりがありますので、責任をもってやってくれると思いますわ」
ウソでしょ!!てかあなたなんなのよ。なんで私の事を知ってる風にしゃべるの!
振り返った彼女は、忌々しげに私を見下ろした。
彼女の表情から私のことが嫌っていることは十分読み取れた。
「私も賛成です!ローラさんを推薦しまーす」
今度は真後ろの席から声がした。振り返ると彼女は嘲笑を浮かべながら私を見ていた。
周りが少しざわめき、安堵の溜息やクスクスとした笑い声が混じって聞こえてきた。教室を見渡そうとするが隣のデブが邪魔で視界が遮られほとんど見えない。
しかし、真ん前と真後ろの女子は、私に意地悪しようとして推薦していることは間違いなかった。
「ローラさん、やってくれるかしら」と言ったスザンヌ先生の表情は、まさにこの国の英雄を見る目だった。先生がこんな表情を浮かべてきて、ここで断れる度胸なんて私は持ち合わせていない。
心の中でふざけんな!と叫びながら私は快く返事をした。
「ええ、恐れ多いですが、是非やらせて頂きます」
私がそう言った瞬間、後ろの席から「ふん、いいこちゃんが」との囁きが聞こえてきた。
──その時、ゴゴゴッという地響きと共に、地面が揺れた気がした。
しかしそれは隣のデブが立ち上がった音だった。
「せんせぇい!ボクは副委員長に立候補しまぁす!」
「はあ?」と私は思わず秒でツッコミを入れた。
私のツッコミが余りにも早すぎて、その後の皆の反応がスローモーションのように感じられた。時空間魔法でも使ったみたいだ。
「あ、えっと、エリック君。副委員長になりたいのね?異論のある人はいますか?」というスザンヌ先生の声もなんだか動揺しているようだ。
──シーン。皆突然のデブの発言に唖然として固まっている。まさか時が止まっているの?
「じゃあ、候補者が誰もいないようなので副委員長はエリック君にやってもらいましょう。では、ローラさんと、エリック君は前に出てきて挨拶と、ここからの進行をお願いします」
スザンヌ先生はそう言うと窓際にある教師用の椅子に腰を下ろした。
私とデブは前に出てそれぞれ挨拶をした。
「えっと、委員長のローラです。一生懸命頑張ります」と挨拶を終えるとパラパラと拍手が鳴った。
「副委員長のエリックです、頑張りまあす!」デブがそう言うと、私の時よりも拍手は少なかった。
どうしてこんなことになってしまったのか。私はその後の進行をするために、緊張しながらも懸命に頑張るしかなかった。。
「えっと、それでは次にクラスの係活動の担当を決めていきたいと思います。まずは環境美化係から……」
その後のホームルームは割とスムーズに進行した。いくつかある係活動の担当は立候補する人が
いてスンナリと決まった。中でも生き物係はクラスで飼育する生き物のお世話ができるので人気だった。教室の後ろのロッカーの上にいくつか水槽が置いてあり水生生物や昆虫が飼育されている。
──ゴーン!──ゴーン!と1日の授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く。
「はい、そこまで!」
私は1日の終わりの合図にホッとひと息ついた。
「それでは今日はここまでにしましょう。今日から皆さんは寮生活が始まりますので、この後は男子と女子で分かれてそれぞれの寮のほうへ行き、生活ルールについての説明を受けてください」
放課後の到来に皆歓喜して口々に話しながら教室を出ていく。
席に戻り荷物をまとめていると、前の席の女子が振り返り口を開いた。
「あら、ローラさん。委員長になれてよかったわね。マジメなあなたにピッタリだと思って推薦してあげたのよ」
「あ、ありがとう」なりたくもない委員長にさせられて気分は最悪だ。
「せいぜい頑張ってね、クラスの皆のためにね、委員長!」
そう言って前の席と後ろの席の女子はつるんで教室を出ていく。そこにはお昼休みにデブに絡んでいたヤンチャな男子生徒もいっしょにいた。あいつらみんなで私を標的にしてハメたってことか。クラス内でいきなり何人かに嫌われてしまったわけだ。
「あ、ローラさぁん、これからよろしくねえ。ボクは副委員長として君をサポートするから」デブはそう言ってふっくらした顔を赤らめていた。
「あのさ、デ、えっとエリック?どうゆうつもり?なんで副委員長に立候補したの?」
「別にぃ、キミがやるんならやってみようかなあと思ったんだよ。じゃあボクは寮に行くからね、今晩のご飯楽しみだなあ」よくわからないことを言いながらデブは満面の笑みを浮かべ、荷物をまとめて出ていった。
そうだ。今日はまだ終わっていない。寮に行って説明を受けて部屋を片付けなくては行けない。とりあえず寮に向かうことにした。
新入生が全員寮に集合して、寮監からの説明を受けてそれぞれの部屋に入った。寮の部屋は2人部屋で私の相方となったのはクラスの違うメアリーだった。
「ええ、あなた委員長になったの?すごいじゃない!」
「何もすごくないわ、なりたくなんてなかったもの」
「そうなの?なりたくないのに委員長になったの?なんだかおもしろい人ね。これからよろしく」
私たちは部屋を片付けながらお互いのことを少し話して仲を深めた。
その夜、シャワーに行く時に私を委員長に推薦しやがったイジワル女子2人組、マーガレットとエリザベスに、廊下ですれ違ったが目も合わせようとしてくれなかった。なんだかめんどくさいなあ。
次の日から、本格的な魔法の授業がスタートした。まずは基礎の基礎である座学から始めるのだが退屈だと思っていた座学が、これがなかなか魅力的だった。
「あなたたちの中には、もう魔法を使える者がいると思います。なぜなら成長期において突発的に魔力が開放されることがあるからです」スザンヌ先生は何人かの生徒を見まわしながら言った。私はもう解放されているが、他にもけっこういるのだろうか。
近代魔術史や、属性の理など魔法に関してのことを初めてちゃんと学んだ。私は知らないことばかりだったのですごく感動していた。
「女子の方が成長期が早いので女子のみんなは大抵解放されているわね。この辺のことはジュニアスクールでも教わったと思うけど。一般的に社会生活をする上では、ちょっとした生活魔法以外の使用は禁じられています。この学校の規則と同じですね。それでは午前の授業はここまで、午後からは実技の授業ですので、1時間後に中庭に集合してください」
いよいよ実技の授業が始まるということで、教室中が歓喜した。授業が終わり皆思い思いにその期待と不安を話している。前の席の女子が振り返って口を開くが視線は私の後ろにある。
「マーガレット、早速あなたの活躍が見られる時が来たわね」
「エリザベスの方こそ!魔術の名門の家系に恥じない活躍期待してるわよ!」
なんで人を挟んで大声で会話してくるんだろう。嫌になって席を立とうとしたが、隣のデブがどかないことには私は席を立てない。
「ねえ、どいて」と小声で言ってデブを見ると、横目でこちらを見ていた。
「あ、ご、ごめぇん」と言ってデブは席を立ち、机の間を掻き分けるようにして歩いていく。私は気になったことがあり追いかけて廊下でデブに声をかけた。
「ねえ、何でこっち見てたの?」
「えっ!見てないよ!」
「ウソだ、見てたでしょ。あの2人がしゃべってたとき」
「あぁ、なんかボクを庇ったせいでローラさんのクラスの立ち位置が悪くなっちゃったんじゃないかなぁと思って、居心地悪そうだったから」
私を心配してくれていたデブの目はとても優しい目をしていた。ビックリして一瞬言葉に詰まった。
「い、居心地が悪いのはあんたがデカくてジャマだからよ!」と心にも無いことを言って走って食堂に向かった。
午後になり中庭に集まる皆のテンションは最高潮だった。実技の授業ではスザンヌ先生の他に2人の先生がいた。3人も先生がいることが私たちのこの実技の授業の期待を更に高まらせた。
「それでは午後からは実技の授業に入ります。彼らは補助教員です」スザンヌ先生が紹介すると20歳くらいに見える補助教員の男女は頭を下げた。
「まず初めに皆さんの体に内包されている魔力の確認を行います。魔力に目覚めている自覚のある人は私のところに、無い人やわからない人は彼らの方に言ってください」
そう言われて私たちはそれぞれの場所に動いた。
クラスの20人くらいはスザンヌ先生の方に残り、男子のうちの10人が不安そうに補助教員の方へ行った。
「おいブタ!お前はあっちじゃねえのか?魔力なんかねーだろ?あ、そうか!そのデカい体は魔法のせいなのか?」
昨日絡んできたヤンチャな男子がまたデブにイジワルを言っていた。デブは聞こていないフリをして空を見上げている。スザンヌ先生が喋り出すと全員真剣に耳を傾けた。
「魔力とは誰もが内に秘めている物であり、動物や物にも魔力は宿ります。今向こうに行った10人には魔力を解放するための儀式を行うので彼らもすぐに魔力に目覚め戻ってくるでしょう。ですので彼らを差別してはいけません。皆さんには今から簡単なテストを行います。それにより皆さんの持つ潜在的な魔力と特性を判断します」
テストと言うのは魔法石に魔力をぶつけて反応を見るというものだった。地面に直径10cmほどの透明な水晶が置かれた。
「これは魔法石を加工して作った水晶です。これに対して魔力をぶつけてみて下さい、様々な反応を見せてくれるでしょう」
生徒たちが順番に水晶目掛けて念を込めるのを皆で見守っていた。赤く光るもの、青く光るもの、それぞれの得意な属性が現れている。
中には水晶を浮かせる者もいた。デブに絡んでいたヤンチャな男子生徒だ。彼は魔法の名門の家の生まれで、水晶を空中で自在に操っていた。
また、水晶自体には変化のない者も何人かいたがその代わりに水晶に召喚獣を映し出したり、水晶の周りの地面から芽が出たり、地面の形状を変化させる者もいた。彼らは珍しい特性である自然系に属するようでスザンヌ先生からは褒められていた。
「次はローラさん、やってみて」
「はい!」私は神経を研ぎ澄ませ、水晶に向かって手を伸ばし念を込めた。すると緑色に薄く光った。
「ローラさんは風属性かしら、はい、どうもありがとう」
もしかしたらすごい才能を秘めているかもしれないと期待していなかったわけではないが、あっさりと評価され終わったことに私は少し肩を落とした。
「次はエリック君」
「はぁい」デブはゆっくりと両手を水晶に伸ばすと両目を閉じて集中した。20秒ほど経っても何も変化はなかった。周りがザワつき始める。
「おーい見栄っ張りのブタくーん、魔力解放してもらわねーといけないんじゃないか?」
「なんだよ魔力ないんじゃん?」
口々にヤジが飛び始めたところでスザンヌさんが声を張った。
「はい!静かに!エリック君もういいわ、ありがとう」
「あ、はい、すみません」
──と次の瞬間、地面が揺れ始め辺りに轟音が響き始めた。ゴゴゴゴゴコ!
「じ、地震だ!うわあああ」
「キャー」
「皆さん、落ち着いて!」
視線が上下に揺れパニックになり、私はその場に倒れ込んだ。周りを見渡すと怯えて座り込んで頭を抱えている者もいた。その時目にしたのは、校舎から飛び出した人影が私たちの方向へ飛んでくる光景だった。
──ドン!と突然飛んできた彼が地面に拳を叩きつけると揺れは収まった。
「皆さん無事ですか?もう大丈夫ですよ。揺れは収まりました」そう言って顔を上げた彼は見覚えがあった。確か入学式で挨拶していた人だ。
呆気に取られ地面に座り込んでいた生徒たちは、その場で歓声をあげた。
「す、すげー!地震を止めた!」
「だ、誰?ですか?」
「くくく、今年の新入生は元気があってよろしい」
彼はそう言いながら生徒たちの顔を順番に見るように顔を動かしていた。
「ピーターさん、一体何が……」いつも冷静なスザンヌ先生も慌てている。
ピーターと呼ばれた男性は切れ長の鋭い目を生徒たちに向けて口を開いた。
「なーに、たまたま地震が起こった時に窓の外にあなたたちが見えたから助けたまでですよ」
「さすがですね、ピーターさん」スザンヌ先生は落ち着きを取り戻し、ズボンの汚れを払いながら立ち上がった。
「皆さん、彼はこの学校の特別顧問のピーターさんです。かの有名な三大英雄の1人ですね」
「ええええええぇ!」スザンヌ先生の言葉を聞いてみんながザワつく。三大英雄と言えばジュニアスクールの時の教科書に載っていた、国民の誰もが知っている人物だ。どこかで見たことある人だと思ったけどそんなすごい人だったのか。
「では、スザンヌ君。授業を続けたまえ」彼はそう言って空中に舞い上がり校舎の一室へ飛んでいった。
「えー、皆さん、取り乱してしまいすみません。まさか授業中に地震が起きるなんて思ってなくてパニックになってしまいました。英雄クラスの魔力は凄まじいですね。自然現象をも止めてしまうとはまさに英雄ですね。皆さんも彼を見習って切磋琢磨していきましょう」
スザンヌ先生はそう言ってその場をしめていたが、みんな呆然として聞いていた。あんな風になれるなんてイメージは全くわかない。
そして、みんなの魔力を見るための実技の授業は終わり、その放課後に更なる事件は起こることになる。
放課後に帰ろうとすると、隣のデブを何人かの生徒が取り囲んだ。また絡むつもりなのか。
「なあ、ブタくん、やっぱりお前には魔力なんてなかったな?食堂でエサを食べるためにこの学校に来たのか?」いつものヤンチャ男子がデブに絡んでいる。デブはまた無反応だ。というかあんたがどかないと私は動けないから、私もいっしょに巻き込まれてるんですが。
「ポールは凄かったよね!水晶浮かせてたもんね!」マーガレットが、ヤンチャ男子に声をかけるとポールと呼ばれる男子は鼻高々になり口を開いた。
「なーに、あれはただのパフォーマンスさ、水晶を爆発させてもよかったんだが、あんまり派手なことやると先生もビックリするだろ?俺は5歳の頃から魔力を操ってるからなあ」
ポールの魔力は聞いての通り優秀のようだが、性格が悪すぎて私は大嫌いだ。取り巻きのこの女たちも大嫌いだ。
「ポールには適わないけど、私だって召喚魔法使えるからねえ、初心者用の水晶のテストなんかじゃ何にも出来ないけどさ、ハーピーでも召喚してやればよかったかしら」マーガレットもすごい才能の持ち主で、スザンヌ先生に褒められていた1人だ。
悔しいが彼らは天才だと思った。私など足元にも及ばない魔力を操る。そしてこの学校ではそれが評価のすべてなのだ。
「おい、ブタくん、俺が人間に戻れる魔法を教えてやる」そう言うと取り巻きの他の生徒たちは笑った。
デブは彼らの軽口を無視して教室を出ていった。
私も帰ろうとしたがイジワル令嬢2人組に捕まってしまった。
「ちょっときなさいよ、委員長」前の席のマーガレットが睨んでくる。逃げられない。後ろにはエリザベスもいる。なんでこうなっちゃったんだろう。
他の生徒たちが見て見ぬふりをする中、私は彼女たちとポールに囲まれ校舎裏の人気のない場所に連れていかれた。
私は怖くて体が震えていた。逃げ出したかったが体が言うことを聞かなかった。
「ふん、委員長のクセに大した魔力も無いんだから。ポール、こいつに本当の魔法ってやつを教えてやってよ」
マーガレットがそう言うとポールは両手を私の立っている地面へと向けた。
「俺は複数の属性魔法を操ることが出来る。例えば土と風の属性を組み合わせると土を舞い上がらせ竜巻を起こすことも可能だ、こんな風にな」
私の周りの土が音を立てて回転しながら舞い上がり始めた。
「いやー!やめてー!」と私は怖くなり目を固く閉じた。その瞬間、体がフワリと宙に浮いた感覚になり横になった。
目を開けるとそこは空中で、私は誰かの両手に抱っこされていた。目の前には超絶イケメンの顔があった。
「え?ええ?」
「おっと、もう少し目を閉じていて欲しかったんだけど」
そう言って私を抱いている彼の声は、少し高くなったあのデブの声だった。え?これがあのデブ?ていうか私たちなんで浮いてるの?
尚も混乱する私が下を見ると地上にはポールとマーガレットとエリザベスの姿があり、私たちがいた場所は砂煙に包まれていた。そして砂煙が晴れるとそこには3メートルくらいの大きな鎧を着た骸骨が現れた。
「うわああああ、なんだこの化け物はああぁ!」突如目の前に現れた怪物に、ポールは大声を上げて叫び、周りも悲鳴を上げている。
「あの2人はどこだあ!」
「ポール!上!上!」
ポールが顔を上げて、頭上にいる私たちの方を見た。
「お前誰だ!」
「ポールくん、君はボクに言ったよね、そのデカい体は魔法のせいなのかって。奇しくもそれは当たってるよ。ボクの体をふくよかにしているのは膨大な量の魔力でね。それを解放した今は最高の気分だよ。さて、ボクを怒らせた罪は重いよ」
「は?お前あのブタなのか?なんで飛んでるんだ!」
デブ、いや、エリックはポールたちを見下ろしてそう言った。やせ細っている彼はダボダボになった制服から伸びた手で私を抱えている。痩せて顔周りの肉が無くなったことで滑舌も良くなりスラスラとしゃべっている。
「その化け物は、スケルトンロード。ボクが召喚した冥界の王だ」
「あわわわ、な、なんだよそれえ!そんでその姿はああ、ほんとにあのブタなのか?」
「君が今度からボクを名前で呼ばないなら、スケルトンロードをけしかける、こいつはボクの言うことを忠実に聞く。コイツ相手に水晶テストの続きをやってみるかい?」
「エ、エリック、悪かった!もう変なことは言わねえ!許して!ごめんなさあああい!」ポールは泣きながら私たちを見上げて叫んでいた。
「マーガレットさん、あなたの召喚獣と戦わせて見てもいいんですが。それが嫌ならローラさんに今すぐ謝るんだ、もうイジワルはしないって」
「ご、ごめんなさああい。エリックさん、ローラさん許してくださあい」マーガレットとエリザベスは地面にひれ伏して、泣きじゃくりながら許しを乞うていた。
デブ、いや、エリックは私を抱えながら満足そうに地上のイジメっ子達を見下ろしている。
「ねえ、エリック、これ、私たち飛んでるの?」
「うん、飛行魔法だよ。特別顧問のピーターさんも使ってたでしょ。怖いかもしれないけど今降りるからしっかり捕まっててね」
ゆっくりと降りていく私の目に、地上にいるスケルトンロードが飛び込んできた。冥界の王と呼ばれた化け物は近くで見ると禍々しいオーラを発しており辺り一体にその死臭を漂わせていた。
「この化け物は一体なんなの?」私は鼻を押さえながらエリックに話しかけた。
「召喚獣だよ、最高ランクのね。もう戻っていいよ、と」
エリックがそう言って目で合図するとスケルトンロードは姿を消した。地上に降り立つと、彼は私を地面に下ろしてくれた。
「ポールくんたち、ボクらは同じクラスの仲間なんだから仲良くしようよ、ね?」エリックがニッコリ笑ってそう言うと、ポールたちはまだ泣きながらこちらを見ていた。
「エリック!お、俺たちに何をした!なあ!俺たちはなんで動けないんだ」
3人が這いつくばっている地面は空間が歪んでいた。腰が抜けて本当に立てないようのか、立とうとしてもがいているのか、何かが邪魔して立てないようだった。
「あぁ、ごめんごめん、君たちの周りの重力はボクが操っていたんだ。立てるわけないよね」
エリックはそう言って指を鳴らすと辺りの空間の歪みが無くなって、ポールたちは立てるようになった。
「ううぅ、エリック、お前何者だよ、すごい魔力もってるじゃねえか」さっきまでいきがっていたポールが弱々しく言葉を吐く。
「ボクの家系には数百年前に大賢者がいたらしいんだけど、その特性を隔世遺伝によって色濃く受け継いでいるみたい」みんな黙ってエリックの言葉だけを聞いていた。
「どうして今はこんなに痩せているの?」私は1番気になっていた体型のことを質問した。
「一度にたくさんの魔力を解放したから、身体がしぼんだみたい、ボクの体に宿る魔力は膨大らしくてそれがいつも体を膨張させてるみたい。明日にはまた元に戻ると思うけどね」そう言ってエリックは笑っていた。
「あなたたち!何やってるの!」スザンヌ先生が何人かの先生といっしょに走ってきた。
スザンヌ先生は、私とエリック、ポールたちを交互に見て何が起こったのか理解したらしく問い詰められた。こうして私たちは、指導室に連れていかれ夜遅くまでこっぴどく叱られた。
「いいですか!あなたたち!魔力の強さで人間の評価が決まるわけではありません!どんな人間にも魔力とは別の魅力があるものです。それを見極めて人を判断しなさい」
私たちは黙ってスザンヌ先生の説教を聞いていた。なぜ私とエリックも聞かなきゃいけないんだろうと思っていた。
ポールくん、マーガレットさん、エリザベスさん、あなたたちは退学も視野に入れて処分を検討しますので覚悟してください。
「そ、そんな~」ポールたちは焦っている。退学など当たり前だ、こいつらは人に向かって魔法を使ったのだ。被害者の私にしてみれば処分が軽いとたまったものではない。
「それにしてもポールくん、あんな強い魔力の暴走を起こすなんてどうゆうつもりなの?」
「え?」一同あっけに取られた。どうやら先生は一連の強い魔力はポールのもので、それにより私たちがイジメられたと勘違いしているらしい。
「せ、先生、あの魔力はこいつの……」とポールがエリックを指さして言いかけた時、エリックが叫んだ。
「先生!どうか彼らに寛大な処分を!ボクたちはまだ未熟者ゆえ、魔力のコントロールが上手くできません。さっきは少し間違ってしまっただけなのです」エリックがなぜかポールたちを庇った。このデブ何考えてるんだ、あ、今はデブじゃないか。
「そうなの?」先生は疑いの視線を皆に向けている。
「ボクたち悪ふざけしてただけなんですよお、なあポール!」エリックがそう問いかけると「お、おう」とポールは震えた声で返事をする。
「そういえばエリックくんはどうして痩せたの?」先生がエリックに問いかける。いやそこ、1番に突っ込むとこ。
「我が家に伝わるダイエット魔法です」エリックはニッコリと言った。
寮の前で私たち5人は話していた。
「エリック、ローラさん、本当にすまなかった。それにしてもエリック、どうして先生に本当のことを言わなかったんだ?」ポールがエリックに問いかける。
「ボクの魔力は国家機密らしいんだ、だから先生たちにも内緒!誰にも言わないでね!」エリックがニコニコしながら言う。さっきよりもまたエリックの体型が膨らんでいる気がする。
「国家機密てどうゆうことよ?」私が尋ねる。
「えっとぉ、父上から内緒にするように言われてるんだよ」
「父親から口止めされてることがどうして国家機密なのよ」
「だって僕の父上はこの国の国王陛下だから」エリックがさらっと言った。
「……ええええええええ」私たちは驚愕した。
次の日には、エリックの体型は膨らんで元のデブに戻っていた。少しガッカリしたが、あの美形で王太子殿下などとあっては心臓に悪い。勉強にも身が入らなさそうなので戻ってくれて良かったと思う。
ポールとマーガレットとエリザベスは、あれから心を入れ替え優等生を演じている。まあ自分たちの才能を遥かに超えた化け物級の魔力を肌で感じては威張れる気にならないだろう。
むしろ私はこれから勉強と魔力の修行にどう向き合っていけばいいのか。私の魔法学校生活はまだ始まったばかりだった。
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