間章 妖怪大全集現代考察編――狐憑き――
狐憑きは心が憔悴した人間に甘言を囁いて取り憑くとされている。取り憑かれると支離滅裂な言動を取るようになるため、かつては『人が変わったように奇妙な行動を取ったら狐憑きの仕業だ』と言われていた。
だが、狐憑きの本質は人間に責め苦を与えようとする極めて悪趣味かつ危険な執着心にある。そして、その異常なまでの執着心は狐憑きを文字通りの怪物へと変貌させた。
取り憑かれたら奇妙な行動をする?
現代においては、その程度では済まない。以下に、現代の狐憑きが人間に苦痛を与える過程を記述する。
狐憑きは宿主に取り憑くと手始めに頭の中で四六時中『お前は屑だ。死ね』と囁くことから開始する。そして、宿主に近しい人間を見つけると『あいつはお前を騙している。殺せ』などと妄言を吐くのだ。その声は起床してから就寝するまで断続的に続く。当然ながら精神が疲弊するわけだが、そうして精神が弱ったところで肉体を乗っ取って悪事を働くとされている。
最近の事例では、とある高校生が友人の机に本人とクラスメイトの目の前で『死ね』という文字をマジックで書きなぐったとある。当事者はのちに和解したらしいが、そうした言動が宿主の人間関係を崩壊させて社会的にも追い詰めていくことは想像に難くない。事実、狐憑きのせいで職場や友人を失ったと語る人は数多い。加えて厄介極まりないことに、肉体を乗っ取られている間の記憶は宿主に残らない。
意識が眠っているためだ。つまり身に覚えはないといういことだ。それゆえに乗っ取られた状態で悪行を働いたとしても、本人は顧みることもできず反省しようもない。一度であればまだしも、そういった言動が何度も繰り返されれば周囲も許容できまい。憑りつかれてるという事情も霊能力者でなければ理解できず、
『あれだけのことをやっておいて覚えてないで済ませる気か⁉』
『どれだけ迷惑だったかわかってるのか⁉』
などと周囲から非難される。しかし、宿主には実感がなく当事者意識を持てない。前述したように、そのような言動は周囲の反感を生むわけだが宿主も身に覚えがないことを追及されて納得がいかない。
そんな構図はいとも容易く摩擦を肥やして結果的に宿主を追い詰める。それにより宿主の精神はますます衰弱し、狐憑きへの抵抗力が失われる。
結果的に肉体を乗っ取られる回数が増え、時間が伸び、狐憑きの悪行は大胆さを増していく。それは凶悪な悪循環だ。残念ながら、精神に異常をきたす場合も少なくない。
狐憑きの危険性は既述したが、加えて恐ろしいのはその状況適応能力だ。狐憑きが人を苦しめる手口は現代社会に呼応するかのごとく醜悪なものへと進化しつつあるのだ。
いつくか例を挙げよう。
ペットを絞殺してぐちゃぐちゃに解剖する。虫を握り潰して掻き混ぜて自らの口に運ぶ。そんな様子をスマートフォンで撮影するという手口が昨今のお気に入りのようだ。ふとした拍子に宿主がギャラリーを確認するとどうなるか。映像を目の当たりにしただけでも極上の責め苦たりえるだろう。
また、筆者が想像する最悪の想定を記しておく。狐憑きが宿主の肉体を乗っ取りその裸体を撮影してSNSにアップロードしたらどうなるだろう。記憶がない間に売春を行っていたら? 想像しただけでも恐ろしい。
そして、宿主の恐怖はそこで終わらない。
果たして、自分はこれからなにをしでかすのだろう?
ペットや虫を殺したように家族や友人に手を掛けてしまうのではないだろうか?
そのような不安に蝕まれることになる。
想像してほしい。
そんな不安がいつまでも続くとしたら?
終わりが見えないとしたら?
少なくとも筆者には耐えられない。ところで、なぜ狐憑きはそんなにも人間を苦しめたがるのだろうか?
実に恐ろしいことなのだが、狐憑きという存在そのものが人間を苦しめることを渇望しており、恨みも具体的な動機さえもないという説が有力視されている。
妖怪大全集現代考察編52頁『狐憑き』より一部抜粋
次話は明日の正午に更新予定です。