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鵺に修羅  作者: szk
9/12

第九話 鬼の霍乱

 


「同席してもいいですか?」

「え?あ、鬼丸(おにまる)先輩。どうぞ……図書館で会うのは珍しいですね」

「えぇ、まあ。少し用がありまして」

「用?」

「あなたに会いに」



 入学して一週間が経った日の放課後。

 哀虎は本を横に置いて鬼丸(えにし)を見上げた。

 鬼丸はこの学園の生徒会長である。学年は三年。

 鬼のように怖いと有名だが、妖だろうが人間だろうが分け隔てなく、平等に、無情に怖いので、ある意味評判は高かった。生徒会総選挙だって群を抜いて人気だったと聞く。きっと媚びない態度が好感を呼ぶのだろう。


 物音一つたてずに前に座った鬼丸は、眼鏡を服の袖で拭きながら微笑んだ。哀虎は少しばかり沈黙してから「はあ」と口を開けて頷く。

 彼は人よりも本を読む方だろうが、なにせ多忙を極めているため生徒会室以外で見かけるのは珍しい。なので意外だなぁと思ったが、目的があって訪れているらしかった。そしてその目的は自分だと。


 哀虎は一つ心当たりがあった。なにせ彼女、生徒会役員なのである。

 入学して早々祀と哀虎ふたりとも鬼丸から勧誘を受け、それを承諾したという次第だ。

 祀が首を縦に振ったのは意外であったが、祀が入るというのであれば哀虎に残された選択肢はひとつである。


「祀さんは一緒じゃないんですね」

「はい。多分自室にいると思います」

「意外です。いつも一緒に行動してるイメージだったので」

「大体そんな感じですよ。ただ昔ほどは一緒にはいないですね。……先輩こそ丹悟(たんご)先輩と一緒じゃないんですね」


 丹悟とは鬼丸の従者の名である。鬼丸と同じ三年。彼もまた生徒会に属していて、副会長を務めていた。

 生徒会長は役員を選べる権限を持っているので、それで丹悟を指名したのだろう。普段の働きを見ても副会長として申し分のない男である。やはり彼も生徒からの人望は厚い。


 鬼丸は銀縁フレームの眼鏡を照明に翳し、汚れがないのを確認してかけ直した。黒紅梅の髪が揺れる。

 彼ですか、と。チラ、と上目遣いで哀虎を見た。


「今日は用事があるとかで。まあ、男二人が毎日べったりしていても仕方ないですしね。あの男、一日中俺の顔を見ていたら気が狂うって言うんですよ」

「ふ、あはは。酷いなぁ」

「いやまあ、それは僕も同じですけどね。そういう意味では気が合うんです」

「仲良しですもんね」

「えぇ、見ての通り……しかし読みが外れました。あなたが図書館にいたと聞いたので、てっきり祀さんも一緒だと思ったのですが」

「呼んできましょうか?」

「あぁ、いえ……彼には哀虎さんから伝えて頂けますか?」

「?わかりました」


 哀虎はひとつ頷いて椅子に座り直した。すぐに祀を呼びに行こうとしたのだ。けれど彼が首を振ったので、大人しく元の位置に戻る。

 用事とは何だろう。彼が来るくらいだからよっぽどのことなのだろうな、と思いつつ鬼丸の顔をジ、と見つめた。

 鬼丸は小さな紙袋を机の上に乗せ、箱を取り出した。哀虎の手のひらより少し大きい桐箱である。それが二つ、手前に並べられる。


「これは?」

「開けたらわかりますよ」

「えぇ、なんだろう……あ。手袋?」

「はい、手袋です」


 哀虎は蓋をそっと横に置いて箱を覗き込んだ。大きな目をパチパチと瞬かせて首を傾げる。水たまりを覗く子供のような仕草だった。

 鬼丸は無防備なソレを可愛く思い、ひとつ咳払いをして表情を切り替える。無表情を取り繕うのは彼の十八番だった。


「生徒会役員の証のようなものです。つけておくと色々と便利ですよ」

「色々って?」

「色々です」


 鬼丸は人殺しが浮べる人のいい笑みを浮かべた。

 色々。色々かぁ。

 哀虎はこれ以上追求することはせず、試しに手袋を嵌めてみる。

 光沢のある黒の革手袋は思いの外手にフィットした。哀虎は「おお」と感心して、特に意味もなくぐーぱーしたり光に翳したりする。ボタンは菊紋。暁学園の校章である。

 思えば鬼丸も手袋をつけていた。灰色の学ランによく似合っている。彼だから余計にそう見えるのかもしれないなぁとひとつ思う。

 実際にお嬢様方はそんな彼を見て、将校様みたい、と頬を赤くするのだ。


「もうひとつは祀さんにお渡し下さい」

「わかりました。……あの、用ってこれだけじゃないですよね?」

「あぁ、バレましたか」

「さすがに」


 哀虎は箱を紙袋にしまいつつ、鬼丸の顔を窺った。彼は顎に手を添えて、人差し指でコメカミをトン、トンと叩く。どうしようかな、という顔で。形のいい横顔がやけに艶やかだった。

 暫しの沈黙の後、彼は指をピタリと止めた。姿勢を正していつもの表情、ポーカーフェイスに戻る。

 そして何を言うのかと思えば。


「実は、三回ほど振られてまして」

「……はい?」


 そう至極真面目な顔で言った。後ろから他の人間が喋ってるんじゃないかというくらいの無表情だった。

 哀虎は呆気にとられて、口を開けたまま固まる。脳味噌がキャパオーバーを起こしているらしかった。

 これはもしや、恋愛相談である。

 ……え、恋愛!?()()先輩が!?

 鬼丸といえば、告白してきた生徒を「やかましい」のワンパターンで一蹴し続けてきた伝説を持つ男である。

 その血も涙もない鬼丸先輩が。

 恋愛。


「生徒会役員の勧誘です。もう一人お誘いしているのですが、どうも身持ちが固くて……どう口説き落とそうかと考えているのですが。……聞いてますか?」

「え?あ、……ん?勧誘?」


 色々考えた結果何も考えられなくなってしまった哀虎は、鬼丸の声で強制的に意識を戻された。

 そうしてバッと彼を見る。

 何人かの生徒も振り向いた。皆聞き耳を立てていたのである。

 だって学園の有名人がふたり揃っている。正直気になって読書どころではない。周囲に配慮してか小声で喋っているから、余計にその内容が気になって仕方がない。

 なので。ひとりは意味もなく本を開いたり閉じたりして、ひとりはさりげなく近くの席へ移動して。この場にいるほとんどが二人の会話に注目していた。


 しかし鬼丸。彼が気づかないわけがなかった。わざと興味を惹く話題を出し、不届き者たちを炙り出す作戦に出たというわけである。

 だって気分が悪い。人のプライベートな部分に土足で踏み入る行為だ。右折する直前になって急にウインカーを出す車の次くらいに嫌い。

 そういう道路交通法もへったくれも無いやつは死ねばいいと思うのだ。



 まんまと色恋沙汰とは無縁の彼から出たそういう話に釣られた生徒たちは、それが罠だと気づくや否や「ヤベ」という顔をした。聞き耳という行為も、それをしている相手も何もかもが悪い。

 そもそも鬼丸の話に聞き耳を立てること自体自殺行為だと冷静な頭で考えればわかることだが、生憎箱詰めの男女たちの前にスキャンダルという餌が落とされればそういう冷静さは瓦石と化すのである。好奇心は猫をも殺すとはよく言ったものだ。



 さて。鬼丸は手の甲で顔を支え、「なにか?」という顔をした。聞き耳を立てていた全員に向けてである。

 生徒たちはソッと視線を戻した。出来るだけ彼の視線から外れるように努める。

 鬼丸の笑顔は包丁を目の前に突き出されるよりも恐怖心を煽った。当然である。得体の知れている怖いものと得体の知れない怖いものは、後者の方が圧倒的に怖い。

 ────目で殺されるかと思った。おっかねぇ。

 野次馬のひとりの男子生徒は、顔を青くして身震いをした。



 一方、哀虎は。ようやく頭の整理が終わって、なるほど、と頷いた。恋愛相談ではなかったが、どうやら彼は真面目に困っているらしい。

 なので少し親身になって、体を前のめりにしながら「振られた?先輩が?」と眉を寄せた。


 鬼丸は人望もあるし話術だって巧みだ。家柄だって申し分ないし、彼に恩を売っておけばそれだけで将来は安泰というものである。事実はどうあれ、そう考えている生徒はごまんといる。

 だから哀虎は、そんな彼の誘いを三回も断った生徒がいるということがまず信じられなかった。

 同格の家柄の祀ならわかる。彼は鬼丸に媚びる必要はないし、なにせ気乗りしないことにはとことん興味を示さない男なので。


「ここまで断られると、さすがに自信がなくなりますね」

「……」


 相手はかなり強敵である。だってあの鬼丸が自分に相談に来るほどだ。

 彼は基本的になんでも出来てしまうので、誰かに相談するということは滅多にない。それに他人に求めるように、自分に対しても100%を求める男だ。つまり出来ることは全てやったということだろう。

 哀虎が真面目に話を聞く体勢に入ったのを察して、これは良しと鬼丸は席を立った。


「場所を変えましょうか。皆さんのご迷惑になりますし」

「あ、確かに。そうですね」


 鬼丸がどうにかすると思って放っておいたが、本題を話すには観客の多いここは場所が悪い。

 鬼丸は考えるような顔をして顎に手を当てた。どこにするかは彼が選んでくれるらしい。なので哀虎は横に移動してそれを待った。


 そうして暫くの間の後。

 彼はフッと顎を上げて哀虎を見た。



「俺に任せて下さい。いい場所があります」




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