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鵺に修羅  作者: szk
8/12

第八話 鷺を烏

 


 哀虎は巳國葵に夢中だった。

 彼は既に挨拶を終えて一階の用意された席に座っている。

 新入生代表、即ち新入生の中で最も入試の成績が良かった者が入学式で挨拶をするわけだが、内部進学の生徒が代表を務めるのは珍しい。

 内部進学組も一応テストは受けるが、なんてったって内部進学だ。外部受験組とは心持ちがそもそも違うし、それ故かここ数年はずっと外部受験者が代表を務めていると聞いていたのに。

 真面目な人なのだろうか。きっとそうなのだろう。

 巳國(みくに) (あおい)、名前は聞いたことがあるが。

 どこで聞いたことがあったのだっけ。なにせ人が多い分、入ってくる噂も多いものだから忘れてしまった。

 リストだって、外部受験者の分しか貰っていないし。


「祀、いい加減起きないと」


 哀虎は顔をステージに向けたまま、横の席で眠っている祀の肩を揺すった。

 式が始まるや否や「寝るわ」と堂々と宣言をして、その宣言通りに眠ってしまった不良を起こすためである。というのは建前で、巳國葵のことを聞きたいという気持ちがあった。

 祀なら巳國葵のことを知っているかもしれないし、起こすついでに聞けばよい。彼がまともに返事をしてくれるかはわからないけれど。というか絶対起きないけど。


「祀」


 前へ向けたままの体を寄せ、耳元で小さく、けれど強めに名前を呼び肩を揺する。それでも彼は起きない。哀虎はそこでようやく彼の方を見た。

 祀はやはり起きる気配がなく、白い蝋が如く綺麗な肌に長い睫毛で影を作り、規則正しく胸を上下させていた。腕を胸の前で組み、赤子のような純な顔で眠っている。哀虎はゲンナリした顔で溜息をついた。

 一度寝れば明かりをつけても物音がしても、赤子が隣で夜泣きをしたって意地でも起きない男である。


 これはもう諦めるしかないなと思って、仕方なしに体をソッと離した。

 まぁ、巳國葵のことはいつでも聞けるのだし。そう思ってゆっくりと瞬きをする。

 ステージでは、丁度祝辞を終えた生徒会長が席へ戻るところだった。





「ア?知らね」


 祀は振り返らずに言った。

 式が終わり、教室へ戻る途中の廊下である。

 彼は巳國の名前を聞くや否や投げ捨てるようにそう言って欠伸をした。講堂を出てから実に三回目の欠伸だった。あれだけ寝てもまだ眠いらしい。

 灰色の学ランを見つめながら歩く。


「そっか」


 まあ予想通りといえば予想通りだったので、哀虎は頷いて黙った。

 じゃあ自分で調べるしかない。いっそのこと本人に話しかけてみようかと思う。

 そしてあわよくばお友達になりたかった。恐らく勉強熱心な彼と一緒にいれば教わることも多いだろうから。


 いつ話しかけようか。考えながら廊下を歩く。ふと視線を感じて顔を上げると、前を歩く祀が立ち止まってこちらを見ていた。

 ビックリして哀虎もまた立ち止まる。後ろを歩いていた生徒にぶつかりそうになり、ごめんねと謝ってまた祀を見た。


「行かないの?」

「ミクニとかいうやつが気になんのか」

「へ?」


 祀はまっすぐ哀虎を見た。この世の全てを理解しているような、やけに大人っぽい表情だった。哀虎の心臓はソレにドキリと音を立てて、なんとなしに口を噤む。

 学ランの下の黒いタンクトップが風に揺れた。ネックレスがチカリと光る。それを見るともなく見る。彼は不良なので、一年生という分際でもう制服を着崩していた。

 気になる……。

 哀虎は言われたことを心の中で反芻(はんすう)した。

 巳國くんのことは確かに気になってる。でもどうしてそんなことを聞くんだろう。

 その疑問が先に来て黙っていると、祀は痺れを切らしたように首を掻いた。


「新入生代表やってたヤツだろ。気になんのかって聞いてんだよ。ずっとソワソワしやがって」

「あ。うん……友達になれたら学ぶことも多いかなと思って」

「は。お前が考えそうなこった」


 祀は喉を上下させて笑った。右目の下にクッと皺を作り、パンツのポケットに右手を突っ込みながらダルそうに首をさすって俯いた。

 友達ね。マァいーんじゃねぇの。横の繋がりは大事だ。コイツにしては珍しく誰かに興味を持ってる。

 これは損得勘定とかそういうのではないような気がした。いや多少は入ってるのかもしれないが、私情の方が割合を多く占めている。

 あの哀虎が……。

 祀は暫く考え込むように床を見つめて、パッと顔を上げる。感情の読めない表情だった。


「俺も行くわ」

「え?」

「どうせミクニんとこ行くんだろ」

「そうだけど……なんで?」

「ア?」


 祀は目を丸くした。

 そんなこと聞かれるとは思っていなかったのである。

 だって今までは一緒にいることが普通だったから。祀のいるところには彼女がいて、哀虎がいるところには祀がいる。何故なら二人は主従関係を結んでいて、彼女は祀の護衛だから。

 でもそこでふと気付く。彼女は“従者”としてではなく、“鵺苑 哀虎”という一個人として巳國と仲良くなりたいと思っている。

 それに対して自分が介入するのは明らかに“主人”としての領分を超えているのでは、と。


「……暇だから」


 苦し紛れの回答だった。なんだか居心地が悪くて首に手を添える。ゴキリと鳴らす。

 悪いことをしている気分だった。別に悪いことなんかしていないのに。尋問を受けてる時ってこんな気分なのかなと思う。よく知らんけど。

 自分でもなんでこんなことを言っているのかわからないから居心地が悪かった。

 やっぱやめるって言や済む話なのに。なにムキになってんだ俺は。

 そう思ったけど、やはり撤回する気にはならなかった。


「その時暇かどうかなんてわからないでしょ」

「ア?わかるわ」

「え?いやでも、」

「丁度暇になんだよ」

「まつ」

「いいから行くときゃ言えよ。行くから」

「?……わかった」


 哀虎は理解はできていないが無理やり納得したように頷いた。口を少しだけ開けて二回頷く。祀はこれを見てフイと視線を外し、そのまま哀虎を置いて歩いて行ってしまった。

 哀虎はそれを見て片眉を上げる。さも不思議という顔で首を傾げた。

 なんだったんだろう。急に彼の中で何かが決まって何かが終わったようだった。哀虎は一切ついていけていない。

 とりあえず巳國葵に会いに行く時は彼に声を掛ければいいらしい。まぁそれだけわかってればいいか、と思う。それしかわからないし。


「待ってよ」


 気がつけば大分置いていかれてしまっていた。少し小走りになって慌てて皆の後を追う。

 髪を耳にかけながら、そういえば祀から何かを誘ってくれたのは久々だな、と思った。




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