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鵺に修羅  作者: szk
3/12

第三話 鵺の鳴く夜

 



 哀虎が祀の従者になって間もない時だった。お互い六つで、妖術も覚えたての正に子供の時である。

 ふたりは大人たちに内緒で屋敷を抜け出したことがあった。

 正確には夜中に屋敷を抜け出した祀と、それを連れ戻そうと後を追った哀虎ふたりで。

 その際大人の護衛に声はかけなかった。言えば祀が怒られると思ったからである。

 友達思いなことだが、従者としては失格だっただろう。



 漆烏家の力は強大であるが、強大故に次の当主を幼いうちに暗殺しようと目論む者はごまんといた。神通力に加え火焔を操る漆烏家の鴉天狗は、大人になってからでは手がつけられないからである。

 屋敷の外は思惑と殺意の巣窟だった。だから祀は一人で外へ出ることを禁止されていたが、禁止されれば破りたくなるのが子供の(さが)というもので、祀は特にソレが強い子供だった。


 哀虎の静止を聞くこともなく、なんとか門番の目を掻い潜り抜けた屋敷の外。

 長く続く塀の終わり、その死角となる場所には男が息を潜めて立っていた。無論、漆烏家長男を暗殺するためである。

 男は暗殺なんて到底無理だと半ば諦めていた。

 漆烏家は警備が厳重で、屋敷全体にも結界が張られている。中に入るのはほぼ不可能な上、次期当主は屋敷の外に出ることを禁じられているという。

 これは無理だろうと。

 どう雇い主に説明しようと。

 そう思っていた矢先のことである。


 まさか護衛の一人もつけずに出てくるとは。

 男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに吐き出すように笑みを浮かべた。

 これは願ってもない事態だ。雇い主へのこれ以上ない手土産がのこのこやってきた。

 男はこの機会を逃す手はないだろうと思い、ゆっくりと機会を窺った。慎重に、慎重に。

 三歩、二歩……と数えたのち、祀が後ろを振り向く。

 今だ。

 子供目掛けて刀を振るう。確かな手応えがあった。しかし。男は片眉を吊り上げた。

 その“手応え”に違和感を覚えたからである。首を切り落としたものとは違う。重さが一切違うのだ。

 見れば、刃は首を斬り落とすことなくピタリと止まっていた。


 これは何事かと目を凝らすと、そこには金の髪の少女がひとり、刃を片手で受け止めこちらをジトリと睨んでいるではないか。

 この餓鬼、いつの間に?ついさっきまでは確かに男の餓鬼が一人だったはずだ。


 瑠璃の瞳が鬼火のようにぼんやりと光る。

 防ぎ切れなかったのか、首は肉が少し見え血がぼたぼたと月白の着物を染めていた。

 月夜に照らされた鮮血と唇の赤がやけに艶めいた少女である。


「何者だ」


 返答はない。

 痛みを感じていないのか、悲鳴をあげることすらせずピクリとも動かない。足の震えもない。

  ただただ、ジ、とこちらを見るばかりである。


 なんだこの子供は。

 男が不気味に思い、咄嗟に刀を戻そうとした時である。


「グルル」


 咆哮が響き渡った。

 天を、地面を揺らすような獣の咆哮である。少女が吼えたのだ。

 虎のような鳥のようなソレは木々や建物を揺らし、男は咄嗟に腕で顔を庇った。足に力を込めねば今にも飛ばされそうだった。


「ゴオオ」


 咆哮が地面を揺らす。それに応えるように雷鳴が轟いた。

 暗雲がたちこめ、ドオンと絶え間なく鳴り響く。男はそこでようやくハッとした。

 鵺である。

 漆烏家には代々鵺の一族が仕えているという。その鵺だろう。

 鵺の鳴く夜は外へ出てはいけない。

 嗚呼、と思う。鵺の怒りに触れてしまった、と。


 雷雨が吹き荒れ行く手を阻む。近付こうにも足が動かない。

 否、本能がそれを拒絶しているのだ。

 鵺に、そして鵺の向こうの幼烏に近付くことを拒絶している。一歩でも動けば四肢がバラバラになる予感があった。

 霹靂と共に黄金の火花が弾け、気味の悪い鳥の鳴き声が辺りを埋め尽くす。

 この烏に近づくな。

 そう言わんばかりに鵺が鳴く。共鳴するように烏が鳴いた。


「ガッ、」


 咆哮をマトモに喰らった男はいよいよ気を失い、白目を剥いて地面に伏してしまった。

 ガシャン。

 刀を投げ捨てる。血は止まらない。全身が心臓になったみたいにドクドクと音を立てていた。

 哀虎はのろのろ後ろを振り向いた。祀の安否を確かめないと、と思ったのだ。

 哀虎にはしっかりと鵺苑の血が流れている。

 たった今それを自覚した。


 主は両手を後ろについて地面に座り、大きな眼をカッと開いて呆然とこちらを見つめていた。

 血は流れていない。怪我もない。

 ザアザア雨が降る。

 まるで哀虎の血を洗い流すために降っているようだった。


 嗚呼。

 ああ、守れた。まもれた。

 よかった。生きてる。


「あるじさま」

「あと、」


 哀虎はホッとして僅かに微笑んだ。

 そうしてフッと上を向き、何かが出ていったかのようにバタリと前に倒れる。

 雷鳴は、騒ぎを聞きつけた漆烏家の者が駆けつけるまで鳴り響いていた。






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