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鵺に修羅  作者: szk
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第二話 鴉迦座

 


「哀虎様、当主様がお呼びです。座敷まで来るようにと」

鴉迦座(あかざ)様が?……わかりました。すぐに参ります」



 宴命を見送って、祀の部屋に向かおうとしていたところを使用人に呼び止められた。

 長年漆烏家で働いている、髪全体が白に染まった女使用人である。名を妙子(たえこ)という。骨張った皺の目立つ手よりも、スラリと伸びた背筋の方が目立つ女性だった。


 妖は寿命というものがなく不老である。

 若い容貌の割に千年以上生きていたりする妖も多く、しかし中には老いた姿で過ごすのを好む者もいた。妙子もその中の一人であった。

 ────外よりも内を綺麗にしておけば、必然とそのような者が寄ってくるものです。

 哀虎は幼い頃に聞いた彼女の言葉を思い出していた。

 祀は「あのババア、マジの妖だぜ。百度心の臓を刺しても死ぬまいよ」と言って恐れているが、哀虎は彼女を好ましく思っている。芯のある性格はもとより、やんちゃ盛りの祀の尻を叩けるのはこの屋敷において彼女くらいだろう。


 哀虎が微笑んで頷くと、妙子は一礼して去っていった。使用人を取り纏める立場でもあるので、忙しいのである。

 哀虎はそれを見送ってから、すぐに座敷へと向かった。

 当主様と会うのは久しぶりだ。

 漆烏家は妖の中でも御三家と呼ばれる位の高い家であるから、そこの当主ともなれば多忙を極める。

 家でゆっくりと羽を休められるのも数ヶ月に片手で数えられる程度。

 お元気だろうか。お変わりないだろうか。

 足が速る。気が早る。

 だって前回はあんまり話せなかった。



 漆烏邸は敷地が広い。途中、使用人たちに挨拶をしながら足を進める。五分ほど歩いて、ようやく座敷に辿り着いた。

 衿元を正し、襖の向こう側へ声をかける。

 数秒の間の後、「入れ」と低く威厳のある声が返ってきた。当主、鴉迦蓙の声である。


「失礼致します」


 中に入ると、床の間を背に鴉迦蓙が座していた。脇息に肘を掛け、鋭い視線を哀虎へ向けている。

 焔を彷彿とさせる鮮やかな赤髪が風に揺れた。着物の合間から見える体は逞しく、見せつけるようにはだけていても嫌味にならない。

 所帯持ちとなり暫く経った今でも騒がれるのが納得出来る、文句の付け所のない男前だ。


 哀虎は少しばかり緊張しながら一礼した。そうして予め敷かれていた座布団に座る。

 大広間は何度見ても圧巻だった。

 二百畳以上はあろうかという広さに、様々な花の絵が描かれた格天井。部屋の両側には硝子障子があって、その向こう側から見える花紅柳緑の景色はこの部屋の雰囲気をより引き立たせている。

 相変わらず豪華絢爛な部屋だが、それに見劣りしない漆烏 鴉迦蓙という男の方が凄いと哀虎は思うのだった。


「久しいな、哀虎」

「はい……三ヶ月ぶりでしょうか。お元気そうで何よりでございます」


 哀虎は指をついて汚れひとつない畳をジ、と見つめた。大広間には鴉迦蓙と哀虎以外には誰もいないようである。

 部屋の外には二人ほど護衛の者がいたが、哀虎に対する態度はどちらも非常に友好的だ。漆烏家には幼少の頃から通い詰めているし、家族同然の扱いを受けているので今更警戒されたりはしない。

 信用されていて嬉しいと思う。それがむず痒いとも。


 面を上げよ。

 その声が聞こえてようやく哀虎は顔をあげ、居住まいを正した。


「今日は宴命が来ていたらしい」


 首を傾げながら鴉迦蓙が言った。長方形の、水が入ったピアスが音を立てて揺れる。

 哀虎は伸びきっていた背筋を更に伸ばして、鴉迦蓙の目を見た。彼が予言を聞いたのだと理解したからである。

 しまったと思った。

 先に祀の様子を見てからと思ったが、まずは鴉迦蓙様に報告に来るべきだった。順序が逆だった。

 哀虎は少し後悔しながら口を開いた。


「はい。桃色の髪の少女に気をつけよと……生死の境に立っていると」

「そうらしいな。まったく、愉快な話だ。アレが死火に燃ゆるとは」


 鴉迦蓙は言葉通り、心底愉快だという顔をして笑った。意地の悪い顔だが、そこには祀への信頼がある。そしてこちらを安心させる何かがあった。

 哀虎は何だか呆気に取られ、ぼんやりと瞬きをした。

 笑った顔は祀にそっくりだ。当然、祀の方は鴉迦蓙と比べて幼さがあるが。


「……そうならぬように、私が全身全霊で祀様をお守り致します」

「あぁ。あの馬鹿息子も一度は痛い目を見るべきだと思うがな」

「それは」

「マァ、あまり気を詰めすぎるな。昔なら兎角、今は戦もない。アレが丈夫なのはお前も知っていることだろうが……お前に関することには馬鹿みたいに脆いからな」

「……そうですね」


 哀虎は何かを思い出すようにフッと視線を逸らし、首元を指でなぞった。よく見なければ気づかない程度の、人差し指ほどの長さの白い縫い痕がある。

 この傷は自身の未熟さの証だ。

 十年前、初めて祀を守った時の。






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