ハーレム主人公も楽じゃない
昼休みが終わり、再び授業が始まるわけだが、僕はそれどころではなかった。
僕の頭は二人の言葉で埋め尽くされている。
《放課後、部活終わったら屋上に来て。私待ってる》
《放課後、部活終わったら、中庭に来てもらいたいんだ》
赤く染まった二人の顔。それが脳裏から離れない。
そして、僕は部活の後、どちらの方に行けばよいのか?つまり、自分が好きな方を選ばなければならない。
幼馴染みの千秋。ツインテールが揺れて、笑顔満点で。そして、愛くるしい。とにかく優しい。
隣の席に座る咲希。学校一の美少女。黒髪の長い髪が、そして、かわいく僕を見とれさせようとする姿、とにかくかわいい姿。
僕はどちらを選べばよいのだろうか?
ゲームをプレイしていて、おそらく選ばなければならないことは薄々感じていたが、実際に啓介を体験して、そして、告白前の空気を触れることによる臨場感によって、僕の頭はいっぱいいっぱいだ。
「では、ここを、そうだな。野田。読んでみなさい」
「……………」
「野田!聞こえてるのか!」
「ぬぅわい!!!はい!聞こえました!!」
「じゃあ、早く読みなさい!」
怖い先生だ。にしても僕は最悪な事態に陥ってしまった。僕はどこを読めばよいのか分からなかった。口ごもる僕。苛立つ先生。その時、
「130ページの5行目」
小さい声が僕に聞こえた。声の方を見る。そこには微笑む咲希がいた。僕はすぐに教科書を開いた。そして、読んだ。
僕は咲希のお陰で窮地を脱した。
「ありがとな、咲希。助かったぜ」
僕は座った後、感謝の言葉を述べた。咲希は顔を赤くして、小声で言った。
「と、当然のことをしたまでだよ。まあでも、どういたしまして」
二人の心臓の鼓動は皆が聞こえるくらい大きく響いた。
しかし、もうひとつの窮地は終わったわけではない。僕は、千秋と咲希。どちらかを選ばなければならない。どちらも選ばないという選択しもあるかもしれない。ただし、それはこのゲームをやった者のポリシーに反する。そう思った。
今までのエピソードが僕の脳内に流れる。けれど、入れば入るほど、別の危機が訪れるかもしれないため、慎重になりながらも、やはり考え込んでしまう。
そんなハラハラする授業が終わってほしいような、ほしくないような、そんな思いが駆け巡った。
そして遂に、授業が終わり、続いてホームルームがあり、そして、
「部活、か」
終わってしまった。授業が。
「やっと授業終わったぜ~。それに今日は俺は部活がない!帰れる!」
「お前KYだな」
「辛辣だな!」
船橋は部活はお休みらしい。まったく~、僕の気持ちも知らないくせに~。
ていうか、ハーレム主人公って、実はああ見えてこんな気持ちなのだろうか?そんな疑問が頭の中をよぎる。しかし、
「鈍感主人公は例外だな」
「なんの話だよ」
この高校は校舎が二つある。教室や中庭があるのは教室棟と呼ばれるところである。ではもうひとつはどこにあるかというと、少し離れたところにある、少し古びた校舎。そう、学園モノあるある、旧校舎である。
旧校舎は、基本的には文化部の部室棟と使用されている。歴史を感じさせる、ザ・旧校舎である。しかし、教室は意外と綺麗である。
啓介の所属している部活は、ここの教室である。隣の教室はオカルト部と書かれているが、黒のカーテンが掛かっており、旧校舎とあるだけで雰囲気は完璧である。
僕は、ドアを横にスライドして、開けた。
『文芸部』と書かれた部室へと。
「こんちわーッス」
「おう、おつかれ、啓介殿」
紺色のショートヘアー、眼鏡という目立たない格好。この文芸部の部長であり、先輩、市川文子である。そして、何故か僕の事を啓介殿と言う。
今、野田啓介殿、参られたり~、じゃねえよ。というツッコミは初めて殿と呼ばれたときに声を出していったので、もう慣れてしまった。
そして、
「って、来るのが遅いわよ!いったいどこに行ってたのよ!」
ポニーテールを揺らしながらプリプリ怒るのは、同じ学年の文子先輩の妹である市川読子である。
「ごめん、ごめん。掃除があって遅くなってしまってな」
ウソである。僕は部室が、旧校舎がどこにあるか、そしてどこの教室か迷い続けること暫しの時間を費やしたのだ。決して千秋と咲希の事を考えすぎて、忘れていたわけではない。
「まったく~、最近たるんでるんじゃないの?」
「すみませんでした!」
「ド直球に謝るのは珍しいわね。まあ、たまには悪くないわね」
そろそろ、僕がイライラしていることを察せよ。ていうか、啓介ともいつもこんな感じだったよな。単に相性が良いだけなのかと思ったがそういうことか。妙な納得がいった。
「やっと、部活が始まるわね。て、姉ちゃん、今日はなにするの?」
前から思っていたのだが、読子はいつも文子と一緒にいる気がする。お姉ちゃん子なんだ。
「ふむ。今日はだな、今度K大賞に応募する作品の校閲する。お互い原稿は書いてきただろう。それを見せて欲しい」
K大賞。確か高校生、文芸部向けの賞だったはずだ。それのネタをどうするかでイベントがあったというのは覚えているが、その原稿を校閲し合う?原稿なんてあっただろうか?
僕は鞄の中を探す。すると、封筒が一つあった。僕は封筒を取りだし、中を見る。そこにはパソコンで打たれたであろう原稿用紙とおぼしき物があった。それに安堵し大きく息を吐いた。
「皆も分かっているだろうが、内容は何でもよい。しかし、刺激が強いのはダメだ。高校生向けであるからな」
「啓介はそこら辺わきまえてるよな?」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「どうせ、××××シーンみたいなドスケベなシーン書いてるんでしょ」
「書いてねーよ!そこまで常識外れじゃねーわ!」
書いてないよね!?
「じゃあ、×××シーン?」
「お前が変態じゃないか!!」
「誰が変態よ!ふざけんなよ。この清楚な私のどこが変態だっちーゅの」
「××××とか×××とか言ってるところだよ!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなされ。今からお互いの小説を読むのだから、そこで確認すればよいではないか。だよな、啓介殿?」
それ、僕に振る?
「ていうか、あたしが書いてきたやつ、こいつに見せるの?それ普通にはずいんだけど」
「それはこっちの台詞だよ!」
まあ、僕が書いたわけではないけれど。だから、啓介がどんな小説を書いたのかを僕は知らなかった。
しかし、僕はその小説の中身を見ないまま封筒ごと読子の手に渡ってしまった。
その代わり文子の小説が僕のところに回ってきた。
僕は、文子の小説を読んだ。内容は歴史モノ。まあ、予想していたが。
庶民である主人公北太郎が武将にまで成り上がっていく下剋上物語である。
そして、その庶民らしさ、そして階級制度故のストーリーに心を揺さぶられるものがある。
歴史モノにしては上手く出来上がっていた。
だから僕は漢字の間違いくらいしか指摘しなかった。
「まあ、悪くないんじゃないの。啓介にしては、や…じ………」
や、じ?
「なんだって?最後がすごく聞き取れなかったんだけど」
「だから、って、悪くない!はい、おしまい!なにか文句ある?」
「なんで逆ギレなんだよ!」
ツンデレにも程があるだろう。
「まあまあ、二人とも落ち着きなされ」
「まったく、私は喉が乾いたわ!ちょっと啓介ジュース買ってきてよ」
「なんでだよ。読子が買ってくればいいだろ!」
「少しくらいいいじゃない。ね、姉ちゃん」
お、お前、姉様味方につけんじゃねぇ!
文子先輩、僕信じてますよ!
「啓介殿」
「はい」
「私は緑茶がいいな」
「はい……」
先輩、信じてたのに!
僕は急いでジュースを買いに行った。旧校舎には自動販売機はない。つまり、自動販売機のある、教室棟の中庭まで行かなければならない。ったく、おつかいさせやがって。僕は二人から貰ったお金を持ちながら全力疾走していた。
左側にはグラウンドが広がっている。そこには、運動部が活動している。
陸上部が見えた。短距離走や長距離走、ハードル走や立ち幅跳びなど様々な種目の道具が置かれており、陸上部の走っている姿が見える。そして、長距離走をしているグループのなかに知っている女子が一人。
千葉千秋がリズムよく走っている。遠くながら見えた。
再び心臓の鼓動が響く。だから、紛らわすため、僕は急いで中庭に向かった。
中庭には某カフェチェーンのコーヒーを飲みながら駄弁っている女子高校生やギターを引いている男子高校生達がいる。その中に木更津咲希の姿はない。
まだ来ていないのだろう。しかし、咲希の顔を思い出して、再び心臓の鼓動が響く。
すぐにジュースを俺と読子の分を買い、文子の分の緑茶も購入した。
そして、また駆け出す。
旧校舎に向かう途中、また陸上部の練習風景が目に移った。はあはあ息を切らしながら走る千秋をまた見てしまい、急いで旧校舎に向かった。
「お、啓介早かったじゃん。てか、顔赤いよ、どうしたのよ」
「急いで行ったからだよ」
僕は椅子に座り、読子の小説を読始めた。
「ちょっ、あんたは読まない約束だろ!約束しただろ!」
僕は無視する。それに僕はそんな約束なんてした覚えはない。
内容は異世界転生モノ。よくな○うとかで見かけそうな内容である。
現実世界で失敗した主人公野田啓介は、いきなり事故に遭ってしまい命を落としてしまう。
「何故俺と同姓同名のキャラが現実世界で失敗して、そんで事故に遭うんだよ。俺に対して酷すぎんじゃないか?縁起でもないものを書くのはまずくないか?」
「あんたじゃないわよ。まあ、確かにまずいかもね」
「だろ?」
「じゃあ、突っ込んできたダンプカーに」
「なにも変わらねぇよ!」
なんとか、少し名前を変えてもらうことで妥協してもらった。
そして、主人公は転生し、ステータスチート級であるスキルを会得してしまう。
そして、現実世界での失敗から異世界生活で成功するために、人生の冒険が再び始まる、そのような内容だった。
「うん、なかなか内容は面白いんじゃないかな?」
「え、そう!まあ、あたしは天才だから当たり前だけどね!」
「えらい素直だな。なんかムカつく」
ていうか、読子って、そういう系が好きだったよなぁ。
アニメ、漫画、そしてライトノベルをこよなく愛している。特にライトノベル愛は凄い。確かに、僕もライトノベルは好きだが、好きだ好きだという小説が残念ながら僕の知らない、ゲーム内だけにある小説だから知らないのだ。
啓介を動かしていたのは僕だ。啓介もそうだが、僕とも相性は合うかもしれない。そう思った。
その時、読子は席から立ち上がった。
「じゃあ、私トイレ行ってくるね」
読子はそう言って部室から出ていった。行動力が早いのね。そりゃ僕を長く待っててイライラするわけだ。
「啓介殿の小説も読ませてもらった。とても良い恋愛小説だった」
ふーん。啓介が書いた小説は恋愛モノらしい。そういえば僕は啓介の小説を読んでいない。読もうかな。
「ありがとうございます。そう言われて光栄です」
「特に私は主人公の思いを伝えるところに心底心が響いたよ。自分の思いは伝えるときに伝えるもの。素晴らしいじゃないか」
自分の思いを伝えるときに伝える。それは、僕の心にずっしりと響いた。その大切さは、僕はとても分かっていた。
「だから、勇気を出す力を少し貰ったんだ」
「そうですか。それならよかったです」
「啓介殿!」
「はい!」
急に大声を出す。しかし、いつも少し小さな声なので、そこまで声が響かなかった。むしろ、僕の声が大きい。
「部活が終わったら、一人で体育館裏に来てくれないか?」
「はい?」
声は響かない。しかし、眼鏡がまるで赤くなるほど、文子の顔は赤い。
「私は、待っているぞ!」
「は、はい~」
僕の声は既に力を失っていた。
それからしばらくして、読子が部室に帰ってきた。読子は帰ってくるとすぐに僕の買ってきたジュースを一気飲みした。
「ふん。良いの買ってきたわね。誉めてつかわすぞ」
「お前はどこかの国の王女様かっちゅーの」
「君の先輩の妹であるぞ」
「そういうの、いいから」
だけど、話してて面白い。大抵僕がツッコミしてるだけだが。
「さて、今日は校閲したが、課題も出てきたはずだ。それを次回の部活までに直しておくように。では、今日の部活は解散にしよう」
その時、部活終了を促す鐘が遠くでなった。部活は大抵規定時間内に終了し下校しなくてはならない(らしい)。
遂に、この時間が来てしまった。心臓がバクバクする。それは僕だけではない。少なくとも三人は同じなはずだ。
「では、私は先に失礼する。よみ、鍵は頼むぞ!」
はーい、と読子は言ったが、ドアを閉めて遮った。
「姉ちゃん、今日予定あるんだって。さあ、あんたも早く出る準備しなさい!」
「はーい」
僕は荷物をまとめた。そして、部室から出た。古びた校舎を思わせる、この建物。そして空気が心を落ち着かせようとする。
「じゃあ、あたし職員室に鍵返してくるからよ」
「おう、じゃあ、またあs」
「校門で待ってる。伝えたいことある。めっちゃ大切なこと」
少し顔を赤くしている。それを隠そうとしている読子が可愛いと思った。そして、読子もかよと、そう思った。
行動力の早い読子はもう行ってしまった。廊下にいるのは僕一人だ。
「ハーレム主人公のクライマックスだから、そうなるよな…」
僕は全ての、四人のストーリーを思い出して、そして、思い出した。
確かに、今日事態は大きく、それもクライマックスの方へと動くということに。