心臓の鼓動と炭酸の音
ドキドキの授業中、僕は何度も咲希の策略に遭った。何度も話しかけてきたり、教科書を忘れたとかで机を合わせたときには何度も僕の顔を見てきたり、しまいには手が触れあっちゃったりする始末。何度僕の、啓介の心臓を破裂させようとしたか。
けれど咲希の笑顔は可愛かったし、それで許してしまう自分が許せなくもなったし、啓介は毎日逢っていることを考えると、嫉妬と哀しみが喧嘩した。
そして遂に昼休みが訪れた。解放された。嬉しいような寂しいような、そんな気分だ。うん、空気が美味しい。それだけは鮮明に感じた。
「さて、飯食おうぜ、野田」
そんな声が頭上から聞こえる。ん?誰だっけ?聞き覚えがあるような、無いような、そんな声だ。
「えっと、誰だっけ?」
「船橋だよ。俺達友達だよな!?」
「あはは、いい突っ込みありがと、船橋」
船橋はふてくされた顔で購買のパンを握りしめている。購買部は今日も人がパンを求めて賑わっているだろう。
そして、僕の横、つまり咲希の椅子に座った。
僕は持ってきたお弁当を取り出す。いつも母親に作って貰っている(らしい)。実際、僕の母親が作るお弁当と大差なかった。日の丸のご飯に、昨日のおかずが乗っている、そんなお弁当だ。
二人は昼食をとる。その間ゲームの話になったのだが、僕の知らないゲームなのでついていけず、また僕が記憶喪失であることを疑われた。そして、僕はその突っ込みに笑うのだった。なんだ、船橋。面白いやつじゃんか。散々モブとか言ってごめんな。
「野田。中庭の自販機行こうぜ」
二人が食べ終わった時、船橋はそう言って誘った。いいよと即答し、僕は席を立った。財布をポケットに入れて。
中庭。床は綺麗な板が張り巡らされ、テラスがある。購買部で買ってきたパンを食べている生徒、自動販売機でジュースを買う生徒で賑わっている。
僕と船橋はそのまま、自動販売機へと足を運んだ。南から差す日光がとても暖かく、気持ちよかった。
「野田、お前は何を買うんだ?」
「俺?うーん、そうだな。ブドウジュースでいいや」
僕は炭酸のブドウジュースを買った。そして、船橋はスポーツドリンクを買った。
その場で二人は飲み物を飲んだ。プハッーという声が響いた。
「あ、けいちゃんだ!ヤッホー!」
そんな声が中庭中の人が聞こえるくらい大きく聞こえた。こんなに明るく、そして『けいちゃん』と呼ぶのは一人しかいない。
「あきちゃんか、オーイ」
あくまで中庭中の人が全員気づかない声で手を振った。おや、何やら視線を横から感じるが、気のせいだろ。うん気のせいだ。こんなの気にしてちゃ負けだ。
「あ、船橋くんもヤッホー」
「どもー」
少し照れて船橋は言った。何照れてんだよ、そう啓介は思うだろう。だけど僕はわかる。照れない方がおかしい、と。
「あ、それ最近自販で出た新しいやつじゃん。あたしも買おっかなぁ~」
千秋はそう言って、僕と同じブドウジュースを買った。プシュンという音が鳴って、千秋はごくごくと飲んでいく。連れ添いの友達も、そのブドウジュースを買っていく。今日のこのブドウジュースの売り上げは右肩上がりだ。
「なんだよ、俺だけ仲間外れかよ!」
船橋がそう突っ込んで、皆が笑った。
「じゃあ、あたしそろそろいくね。じゃあね~」
手を振って別れようとする。僕と船橋も手を振った。そして去り際、僕の耳元で千秋は僕しか聞き取れない声で言った。
「放課後、部活終わったら屋上に来て。私待ってる」
突っ込むところは去り際の言葉長すぎだろ、ではない。放課後?部活終わったあと?待ってる?
僕の心拍数は急上昇する。船橋はそれが何を意味するか分からなかった。
教室に戻っても、体は冷めず、それどころか熱くなっている。特に顔が。
啓介はこのときどう思うのだろう。まさか鈍感主人公バリの「どういうことなのだろう?俺はそう思った」なのだろうか?それとも今の僕のようになるのだろうか?
「……だ」
これから放課後まで身体は保つのだろうか?心拍数の上昇に身体は耐えられるんだろうか?
「……ってこーい」
それに、啓介ではなく僕で大丈夫なのだろうか?疑問と緊張が僕の中を支配する。
「野田、戻ってこーい!」
「え、あ、ごめん。魂盗られてた」
「誰にだよ」
「木更津咲希」
「なんでだよ。確かに学校一の美女だけど、目を奪われる以外になにもしてこないだろ」
「私が、なんだって?」
横からご本人、木更津咲希がにやにや顔で割り込んできた。船橋はすぐに目を奪われた。
「こいつが、咲希様に魂をとられたとか言っていたんです。最低ですよね」
おい、こいつ裏切る気か?お前こそ最低だな!
「おや、私が啓介君の魂を盗るねぇ~。確かに、魅了してしまうということは魂をも奪う。あながち間違ってはいないんじゃないかな」
「俺は魂盗られてないし、魅了もしてないよ。船橋、木更津さんが席に座りたがってるぞ」
ちぇー、と言って船橋は立ち上がる。同時に予鈴が鳴った。
「んじゃ、俺はトイレ行ってくるわ。咲希様、失礼いたします!」
船橋、お前は咲希の下僕か何かか。そう心の中で突っ込んでおいた。
「さて、啓介君」
「は、はい」
「部活が終わったあとは空いているかな?」
「ん?なんですか?」
僕の心拍数は少しずつ上昇している。何故なら部活後は先約が。
「放課後、部活終わったら、中庭に来てもらいたいんだ」
「ああ、中庭だ」
その時、僕は気付いた。咲希の顔が赤く染まっていることに。珍しい。だから僕は気づいてしまった。これは放課後ちょっと手伝ってか、そういうノリじゃない。これは、
「よろしく、私は待っているよ」
僕の予想はほぼ確定となった。