隣の彼女とバトることになったのはさすがに僕も想定外だよ
「じゃあね~、また会えるときにね~!」
そう千秋は言って昇降口で別れた。生徒入り口であるそこは、登校してくる人々で賑わっていた。
別々の下駄箱置き場だから別れるのは丁度良いのかもしれない。千秋はクラスメイトを見つけては話しかけていた。
ようやく一人になれた。そう思い下駄箱のドアを開けた。
「おはようさん、野田。今日もリア充してんなぁ」
声をかけられた。大丈夫。オーイと手を振って言われて手を振り返したら別の人に声かけてましたという恥ずかしいやつではない。ちゃんと名前を呼ばれた。勿論この声の主を僕は聞いたことはあるんだろうが、誰かまでは覚えていない。さて、誰だろうか?とりあえず、
「おはよう、お前は誰だ」
「ひでぇよ、だよ。ったく、俺を影薄いやつ認定すんなよ。モブ扱いで後々になって、誰だっけ?みたいなシーンにするんじゃない」
そうそう、船橋だ。確かフルネームは船橋良太だったはずだ。忘れていた。
にしても突っ込みが長すぎではないだろうか?
ちなみに、君このゲームのモブキャラだったはずだ。悲しいことに。たぶんこのゲームが終わってしばらくしたら忘れてしまうだろう。今みたいに。
「ああ、すまんすまん。今頭バグってたわww」
「おい、笑いながら言うんじゃねー」
「あと俺は朝からお前の思っているようなラブラブなリア充ライフを送ってる訳じゃないぞ」
「俺そこまで思ってなかったぞ!」
いちいち突っ込みがよろしいようで。これはボケやすいな。またボケたいな。じゃあ、
「んで、船橋。教室どこだっけ?」
「お前記憶喪失にでもなったか?」
お決まりの言葉ありがとうございまーす!!!
教室に着いた。ちなみにだけど、クラスがどこかくらいはわかるさ。場所がわからないだけ。までも船橋に会えたことは幸運だったな。
教室に入ると、やはり高校の雰囲気である。それは、僕が学校の教室に入るのと何一つ変わらない空気だった。
僕の机、僕の机。確かここかな?ここだろう。
「なあ、何で俺の席に座ろうとしてるんだよ」
間違っていたらしい。ん?この声、まさか、
「お前の席かよ!船橋!」
てめぇの席かよ!なんとまあ偶然がすぎるよのう。
「本当にお前、記憶喪失にでもなったか?」
「大丈夫だ、俺の席は二つ後ろだろ?」
そこは窓側の一番後ろの席。学園モノだから、お決まりのこの席だろ?まあ、適当に言ったのだが。
「わかってるんならどけよ。俺は今疲れて座りたい」
当たってるんかい!どこまでもお約束を守るなあ!
「ああ、わりぃ、わりぃ」
僕は席を立ち、お決まりの窓側後ろ席に座る。窓の外は道路と、海が見えた。ここは海沿いの学校なのか。鉄とか錆びそうだな。別の入り口から入ったから気づかなかった。確かに風は強かった。
隣の席を見る。しかし誰も来ていない。周りには誰もいない。クラスは他の人の喋り声でいっぱいいっぱいだった。
しばらくは本当に一人の時間だ。
いつもの僕のように。
始業の鐘が鳴った。先生は既に教卓の前に立っている。そして、出席確認をしている。隣の席は、まだ空いていた。
その時、教室のドアが勢いよく開かれた。
「はぁ、はぁ、はぁ、セーーフ!」
女子の声。ピンクの髪止めピンが日光に反射して光り、黒髪の長い髪が少しなびいた。
「何がセーフだ、アウトだぞ。早く席につけ、木更津咲希」
はーい、と声を出し机に向かう。そして、隣の席に座った。
心臓が強く打つ。緊張している。そう、横にいるのは、
「ヤッホー、おはよ!啓介君」
学校一の美少女、木更津咲希だった。
木更津咲希。啓介の横の席に座り、学校一の美女。どれくらいの美女かと言えば、一週間に一度告白されているという噂があげられるくらいに美人である。
性格もよく、休み時間には他の女子と話している。そして、彼女が笑うとクラスの男どもはみんな揃って鼻の下を伸ばした。
そして、僕の前では、
「えへへ、今日も遅刻しちゃったよ。けど、こんな朝に登校させるなんてひどいなぁ。啓介君もそう思うだろう?」
と、やはり可愛いところを見せてしまうのである。僕はそっけなく、
「まあ、そうだね」
と返したが、心臓バクバクである。何故啓介はこんな美人を目の前にして冷静になれるのだろう?
僕は初めてすべてのハーレム主人公にこの質問をしたくなった。
「おや、私の顔をまじまじと見て、ようやく私の魅力に気付いたのかい?わたしはうっれしいなぁ~(^^)」
「視線を感じたからそっちの方を見ただけ、だよ」
「ほーら、隠さなくてもいいんだよ。私が美人過ぎて緊張してるんでしょ。そろそろ認めたら~♪」
「おーい、そこ静かにしろ~」
先生がそう注意した。はーいと言う声がして、ようやく先生だけの声になった。
「おや、啓介君の顔が赤いよ。まさか本当に私にみとれている?珍しい。けど私は嬉しいよ。だって、攻略難易度の君を魅了することが出来たんだからね」
小声。澄んだ声。咲希の声だ。
「顔が暑いのは、体を動かしたからだよ」
僕は顔がニヤニヤしないよう努力しているが、そろそろ限界だ。啓介はこれを毎日やってるんだろ。本当にハーレム野郎だな!
このときの僕を誰か誉めてほしい。そして、啓介許すまじ。僕はそう思った。
* * *
咲希との出会いは、それこそ一年生の初めての席替えのときだった。
啓介自体咲希のことは知っていた。男子と話せばイヤでもその話題になるのだ。そして、咲希と啓介は同じクラスだった。
最初こそは千秋が隣の席だったのだが、しばらくたったある日、席替えというものが訪れた。
最初の席替えはくじ引きで行われた。そして、啓介は今の席と同じ場所を当てることが出来た。主人公席でお馴染みのところに座り、千秋とは席が離れてしまった。そして横には学校一の美少女、咲希が座ったのである。
咲希とは、それこそあまり話さなかったが、それが彼女を奮起させた。学校一の美少女にあまり興味がないとなれば、興味を持たせたい、そう咲希は思ったらしい。
咲希は様々な手に出た。さっきみたいな遅刻で、さりげなく話したり(わざと遅刻しているわけではなく、本当に毎朝寝坊しているだけなのだが)、啓介が所属している部活に部員でないが乱入したり(ちなみに千秋も乱入することがある。そして、咲希は陸上部である)、遊びにも誘ったりしていた。映画館に行き、アニメ映画を見た。残念ながら僕はその内容を知らないが。
しかし、それでもやはり啓介はただのクラスメイトだと思っているらしい。それは、咲希をもっと駆り出した。そんな咲希に少し悲しい感情を持ったのは僕だけだろうか?
しかし、次の席替えで離ればなれになってしまった。だけど咲希は啓介に絡み続けた。その努力を僕は知っている。
二年生になったとき、また同じクラスになったとき、そして最初の席替えになったとき、またあのときのように、同じ席で、隣の席になった。
彼女はもう既に感じていた。咲希の心に啓介への恋心が存在していることに。
* * *
「絶対に、惚れさせてみせるよ、啓介君」
誰も聞き取れないくらいの小声でそう言った。勿論僕も聞き取れなかった。