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夜の仔  作者: 縦川みさと
6/6

流転

 六、

 

 私は今現在、これを物語の街の宿に借りた一室で書いている。

 夜廻の村で冬至の祭りを見届けた私は、寒さの収まる頃を待って村を立ち、一月ほどをかけて、強い春風の吹きすさぶ灯籠の街へ戻った。けれども故郷の両親は、やはり私を受け入れてはくれなかった。

 それはわかっていたことであるし、今更理解を求めるというのも、私にとっても彼らにとっても、不幸を生むばかりであろう。親不孝と言えばそうかもしれないが、子もまた、親を選ぶことなどできないのだ。

 彼らと私のやり合いは、聞いていても到底愉快とは言えない醜い感情の発露でしかなかったので、ここには書かない。

 誰にでも理解のし得ない、許容のできないものがあり、それが彼らにとっての私であったと、ただそれだけの話であった。

 彼らにもたしかに、優しい父母であった時があったのだ。私はその穏やかな記憶を奥底に、探し出すことが出来る。それでも、それはやはり戻れない過去なのだった。

 できうる限り持ち出した金子を返して、それだけ済ませると私は早々に灯籠の街を出た。

 むしろある程度の金は寄越すので二度と姿を現すな、といった通告を受けかねない、ほとんど放逐と言ってもよい有様ではあったが、元より過去を清算するためだけに立ち寄ったようなものであったので、私は特に深い感慨を抱くこともなかった。

 街を立ち去る直前、私は川辺を歩きながら、センリを偲び歩くようなこともした。

 昼の街には変わらず、火を消され屍のように冷たい灯籠の群れが並びたち、私は変わらずその中に一人であった。

 センリはいない。私は今度こそ、この街を立ち去ろうとしている。おそらく戻ることもあるまい。

 大して未練があるわけでもなかったが、そうして振り返って考えれば、一度くらいはまともに祭りを見ておけばよかったのかもしれないと、そうも思った。


 私は夜廻の村での冬至の祭りの後、ユジの元へ通いつめた。ユジの知る限りの説話をまとめ、書にするためである。

 それと同時に、外の村へも足繁く通い、死者を見たと言う説話からはじめ、夜廻の村に関しての噂を片端から集めて回った。

 していることといえば、夜の仔を探索していた頃と大差はなかったが、決定的な違いは私がそれをどれほど細かく些細なものであろうと、一つも漏らさず書き留め続けたことである。

 ハジには、

「そんなに集めてどうするの、語り部にでもなるの」

 と呆れたように言われた。

「それも悪くないかもしれない」

 と言ってみせると、ハジは驚いたように目を丸くしていた。

 ヒィカには変わらず、度々道案内を頼むようなことをしていたが、彼女は以前よりも周囲に自分の感情をはっきりと示すようになったと思えた。それを彼女に言うと、至極嫌そうな顔をされてしまったが。

 私はあの暗闇の中で、淡く今にも消えてしまいそうな精霊と、約束を交わした。

「私はきっと、忘れない。そうして私がほかの者にも伝えてゆけば、誰も忘れない」

 それは精霊のことだけではない。センリのことも、エシという少年のことも。

 死した人は物を思わない。思うのは生きて残った者ばかりである。

 私たちが忘れさえしなければ、精霊だけではない、なくなってしまったかの人たちも、およそ消え去ってしまうことはない。

 だから私はそのために、物語る。小さなよもやま話から手に汗握る冒険譚も、無様でみっともなく迷子の幼子が道を探るような話も、一つ残らず語り継いでいこうと思う。

 私はそのために、今これを綴っている。


 川の水面が風に揺らぎ、どこからとも無く散って舞い込んだ花弁が浮かんでいた。

 と、ぽつりと水面に一つ、波紋が広がったのが見えた。

 一つ二つ、輪が広がっていき、たちまち水面は泡立つように激しく震え出し、ざあという音の向こう側、遠くの方で低い唸るような雷鳴が聞こえ出したのが分かった。

 灯籠の街の信仰では、雨は人の魂を運ぶものだ。

 死した人の魂は海の向こうで雲になり、雨となって地へ降り注ぎ、やがて人の腹に宿り再びこの世に生を受ける。

 センリは返ってきたのだろうかと、私は空を見上げる。けれどもそこにセンリは居ないことを、私は知っている。

 傷跡は残ったまま、けして消えない。

 けれどそれでも構わないと、そう思う。


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