4. 【SS】湯けむりのふたり イラストとSS
イラスト交換企画で頂いたイラストと、そこから発生したSSの回です。
イラスト交換企画で長岡更紗様から頂いたイラストはもう1枚。
とっても魅力的な1枚で、それ程「筋肉LOVE」な加純ではありませんが、目を奪われてしまいました。
前出のイラストと同じ構図ですが、服装や背景の他、表情なども微妙に違います。
ふたりとも、くつろいで楽しそうです。
ふたりが楽しそうだったので加純も楽しくなって、勢いでSS書いてしまいました。
それでは、『ショートストーリー 仲良し温泉ver.』をどうぞ。
* * * *
『湯けむりのふたり』
湯気が立ち込める温泉で、リューゼ・リ・アビナは大きく息を吐いた。
こんなにくつろいだのは何年振りだろう。
旅の間に溜まった汗や汚れを落とせば、若い男の肌はたちまち磨かれたように輝きだした。長く伸びた黒髪も艶を取り戻す。
石造りの湯船に身を浸足し、足を延ばせば、身体から緊張が解けていく。
湯の流れる音が、こんなに心地良いとは知らなかった。
「公子。気持ち良いですね」
隣で湯船に身を浸すセオリエが、目を細めた。
涼やかな秋風が木々を鳴らし、頬をなでていく。鳥の声も聞こえる。なにより、闇に属する輩の追っ手の気配が感じられない。
静かだ。
「通りすがりのご婦人の勧めでしたが、こちらの温泉に足を延ばして正解でした。ご婦人がおっしゃるには、疲労回復に効能があるそうですよ」
「そうか」
ルフォーニュ地方へ向かう途中の街道で、難儀していた婦人に遭遇した。
雨後の悪路、馬車の車輪が轍にはまり立ち往生していたところを、ふたりは馬車を押し、泥濘から抜け出す手助けをしたのだった。
その礼にと、婦人はこの温泉の場所を教えてくれたのだ。
「ご婦人の親切に感謝いたしましょう。この温泉は、不眠症やうつ病にも効能があるというお話でしたよ」
「ふん」
多少の引っ掛かりを感じたリューゼは、鼻で返事をする。が、慣れたこと、とセオリエは平然と受け流してしまう。
温泉のすぐ近くに源泉があるとかで、そこから引かれた豊富で新鮮な湯は常に湯船を満たし、溢れている。湯ざわりは、柔らかくまろやかで刺激も少ない。
「源泉かけ流し……とか云うそうですが、贅沢ですねぇ」
やはり気持ちがいいのだろう。いつになく乳兄弟の声も楽しげで、饒舌になっている。
「公子。気持ちがいいからと云って、湯船につかったまま寝てはダメですよ」
「寝るか!」
「昔、入浴中に寝てしまって、湯船で溺れかけた事があるではありませんか。見つけた女官たちが大騒ぎをして、聴きつけたあなたの乳母……私の母ですが、あなたを湯船から引き摺り出したのでした」
しみじみとセオリエが語る。
「何時の話をしている!」
彼は思わず声を荒げてしまった。
それはまだ主従がロサの都アスコーの王城にいた頃であるから、リューゼが5歳にもならなかった時の事件だ。
この騒ぎの後、セオリエは母親から「近侍失格」と大目玉を食らったらしい。以来この乳兄弟は、主人の一挙一動に注意を払う。
「子供ではあるまいし、そんな粗相をするか!」
「そうですよね」
セオリエは詫びるのだが、眼は笑ったままだ。そんな子供時代のやんちゃな思い出を分かち合えるのは、もはやふたりだけなのだから。
しかし悪夢に苛まれ、眠れぬ日々が続くリューゼである。のどかな時間がもたらす緊張感の緩和と血行の促進に、睡眠不足が頭を掲げ猛烈に襲いかかろうとしていた。ゆっくりと彼の瞼は重くなってきた。
「本当に寝ないでくださいね。あなたを運ぶのは大変なんですから」
万が一そんな事態となった場合、当然それは臣下であるセオリエの仕事となってしまう。5歳の子供ならともかく、立派な体躯の男を運ぶとなれば重労働だ。
「だから、寝ない」
「いえ、睡眠は取ってください」
「寝るな、と言っただろう」
「ですから、ここで寝ないでくださいと言っているんです」
真顔で反論する乳兄弟に、リューゼはムッとする。半信半疑でいるのは間違いない。
「くどい! 寝るか……」
言い終わらないうちに、彼の口から大きな欠伸が漏れた。横でセオリエがにっこりと笑う。
「今夜はよく眠れそうですね」
「その前に、まず一杯だ。セオも付き合え」
眉間にしわを寄せたリューゼが肯いた。
* * * *
その晩はよく眠れたのでしょうか?
(続く)
長岡更紗様、イラストありがとうございました。




