0話「目覚めた青年」
くつくつと、鍋が煮立つ音がする。
中身をくるくると混ぜてみると、程よくどろっとしている。小皿にちょいと掬い 味見してみると、かぼちゃの優しい甘みが口に広がった。
ふむ---悪くないな。
私は満足気に頷くと、魔道コンロを消して蓋を閉じた。エプロンを脱ぎ、髪を解きながら厨房を出ると使用人と出会した。
「おはようございます。リオーネお嬢様。」
「あ、あぁ……おはよう。」
……何かに気付いた使用人が 鼻をすんすんと鳴らすので、私は思わず顔を引き攣らせてしまう。
「……失礼ですが、お嬢様。まさか お料理をなさっていたのですか?」
「ななななんの事か分からんな!」
「……ふむ、そうですか。」
何やら使用人は私の手元に視線を向けると、1つ頷き---
「申し訳ありません、私の勘違いだったようです。それでは、失礼します。」
使用人は正しいお辞儀をし、歩みを再開した。
……危なかった。
ほっと息をつく私。
上品に歩く使用人は、通り過ぎる際---「今度、正しい包丁の使い方をお教えして差し上げますね。」
と囁き、颯爽と歩き去ってしまった。
私は、生傷だらけの指を見下ろし、深い溜息を漏らした---
ーーーーー
「……よし。」
桶に溜めたお湯とタオルを確認したリオーネは頷くと、慎重に扉を開けた。
室内は暖かく、暖炉の火がぱちぱちと音を立てて室内を照らしている。オルゴールから延々と流れる子守唄を聞きながら、私は奥のベットに歩み寄る。
私は そっとベットに腰掛け、愛おしいその顔を撫でた。
そのベットには、1人の青年が横たわっていた。自分より年下の男の子。綺麗な顔立ちをしていて、まだ幼い雰囲気を纏っている。
だが、それに反して体は男らしく、逞しい。
今まで自分を、世界を幾度となく救ってきた腕を、リオーネは大切に。大切に握った。
……胸が、きゅっと締め付けられた、気がした。
「……ジーク。」
そっと、彼の名を呼ぶが。彼から返事は無い。
彼は目覚める事は無いのだ。
そう、聞いた。
「…………」
しばらく、彼を見つめていると 危うく泣きそうになってしまった。
私は気を取り直し、体を拭くタオルを絞ろうと---
「………ぅ、…………ぁあ………………」
「…ジー、ク……?」
うっすらと、青年が瞼を持上げる。
目を見開くリオーネの瞳と、ぼんやりとした「彼」の瞳が、交わった。
「---ジークっ!」
私は反射的に彼の手を握り締め、呼び掛けた。
「やっと、やっと目を覚ましたんだなジークっ!!!ああ、神様。本当に、本当にありがとう……っ!!!」
私がここまで神に感謝した事は、初めての事だった。
彼の瞳に私が映っている。
こうして、抱き締める事が出来る。
それが、こんなに嬉しい事だったのだと、全身で感じていた。
ああ、こんなに幸せな事があって良いのだろうか!いや、彼は英雄だからな!これぐらいの奇跡 あっても良いだろう!!!
すっかり舞い上がっていたリオーネは、やがて抱いている「彼」の体が震えていることに気付く。
「ジーク……もう、大丈夫だ。」
リオーネは勢いよく立ち上がり---「医者を呼んで来る。少し待っててくれ!」
と口早に言い、駆け足で部屋を出ていった。
……リオーネが出ていった、開きっぱなしのドアを見つめた青年は---
怯えた表情を、していた。
ーーーーー
リオーネはノックも無しに使用人の部屋を開け放つ。
「お嬢様?!どうなさったのですか?」
休憩をしていた使用人は達は、ぎょっとした顔をリオーネにむける。
「ジークが……居ない。」
「……な、なんですって?!」
使用人達は「こうしちゃ居られない」とティーカップを置き、捜索の手配をし始めた。
「……誰にも気付かれずジークバルト様を連れ去るとは……何者の仕業でしょうか。」
外出の準備を進める使用人は呟いた。
「……ジークは、」
「…………?」
「ジークは、自分の意思で逃げ出したのかもしれない……彼が目覚めた時、様子がおかしかった。」
彼が目覚めたと聞き使用人は目を見開いたが、ハッとすると深刻そうな顔をした。
「……分かりました。どちらにせよ、捜索は早急に行わなければならないですね……」
「ああ。」
捜索のため、人が殆ど出払い、静かになった屋敷内に----振動が走った。
「……ジークッ、何故だ。何故、私の前から居なくなる。」
リオーネは叩きつけた拳を強く握りしめ---呟く。
「探し出して……保護しなければ。」
彼を狙う者は多い。
折角意識を取り戻したのに……また失うなんて、嫌だ。
「……頼む、無事で居てくれ ジーク………」
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