不釣り合いな戦力
魔王の間、沈黙に包まれた空間に、妙に弛緩した、その部屋に異様なほど不釣り合いな空気が流れていた。
その中心、数え切れないほどの宝石で装飾された玉座の前、ひどく冷たい床の上に血溜まりとともに4人の人間が無残に横たわっている。
「なぜだ、なぜお前らはここにいる」
玉座の上で、自らの王たる覇気をこれでもかと放ち、この城、この魔界の主である俺は自分の中にある疑問を4人の死体に囲まれ立っている唯一の生存者にぶつける。
「恐怖で口が効けないのはわかるが、死ぬ前に答えろ、お前らレベルの冒険者がどうして、魔界の最深部であるこの城のさらに最上階のこの魔王の間にいるのだ?」
目の前の、おそらくクラスは剣士である人間は身体を震わせ、恐怖で顔を真っ青に染め上げている。
ここにたどり着くにはあまりにもお粗末なボロボロの鎧を身につけ、両手に握られている剣には何の加護も施されていない。
最初は俺のことを軽んじているのだと激怒したが、彼らの表情にはそんな感情が微塵も感じられなかった。
しかも、そのパーティの中で剣士の顔には自信さえ覗かせていたのだ。
しかし、蓋を開けてみると、俺が挨拶ついでに放った魔法で、ギリギリ攻撃をかわした剣士以外はあっさりと絶命してしまったのである。
攻撃をかわした剣士も俺が2発目に放った火炎魔法で瀕死状態になり、今も立っているのがやっとという様子でまるで戦いにならない。
俺の魔王人生の中でこんなことは一度もなかった、ここに来る冒険者どもは敵ながら相当手強かったし、俺を倒すためにいくつものポーションやエリクサーを準備し、つけている装備も伝説級の剣や鎧、中には魔界の最上位武器さえ手にした者もいた。
当然のごとくパーティの連携もかなり洗練されており、並大抵の信頼関係では築けないものばかりであった。
その中で俺が無傷で終わった戦いなど一度も無かった、それもそのはず、まずここにたどり着く時点でかなりの実力を保有しており、必ず英雄レベルの実力を誇る猛者たちだ。
まず、初撃は防げて当たり前、俺にとっても、冒険者にとっても本当に挨拶レベルなのだ。
ここまで拍子抜けだと逆になにかあるのではないかと勘ぐってしまう自分がいる。
なによりの疑問は、この連中がどうしてここまでたどり着けたのかである。
俺はその答えを目の前にいる人間から聞き出せないとおそらく今夜は眠れない。
「王よ、これ以上は時間の無駄です。殺しましょう」
そろそろ我慢の限界なのか、俺の横に控えていた側近、ベトライヤスが痺れを切らし俺に提言する。
それが聞こえたのか、さっきまで震えていた剣士がベトライヤスに視線を移し、待ってくれと言わんばかりの意図を含んだ眼差しを送る。
「まぁ、もう少し待とうじゃないか、俺はこいつらがどうしてここに来られたのか知りたい、この様子だと俺に一矢報いるほどの実力はこの剣士には無い」
ベトライヤスは心底うんざりした目で剣士を睨みつけ、俺の提案に仕方なく同意する。
「えぇ、わかりました、しかしまぁ本当に期待はずれですよ、この坊やには...」
いつも冒険者の襲撃を億劫そうに対応するベトライヤスにしては珍しいセリフだ、こんな下級のドラゴンも倒せそうにない冒険者どもになにかしら面白い展開を期待してたとでもいうのか。
「そんな顔をするなベトライヤス、そんなに時間はとらせん、最後に一度だけこの剣士に答える権利を与えるだけだ、それでも納得のいく解答が出て来ないようなら、すぐに殺す」
正直、これ以上無為に時間を費やすのも俺はゴメンだ、いくら知りたいとはいえ、この剣士から答えが返って来ないなら生かす必要はない、時間はかかるが部下にこの冒険者どもの侵入ルートを調べさせればいい。
「おい、名も知らぬ剣士よ最期の機会だ、俺の質問に答えろ、沈黙で返せばその時点でお前を業火で骨も残さず燃やし尽くす。」
本当にこれが最後だ、口を噤めば焼かれながらこいつは死ぬ、しかし、もし、少しでも俺を楽しませる解答が返ってきたなら痛みもなく殺してやろう。
「....ちょっと、ちょっとだけ待ってくれませんか?」
体の震えを必死に抑え剣士はやっとの思いで言を発した。
「...いいだろう、慎重に言葉を選べ」
剣士は彼の周りで倒れている仲間に視線を落とし、その中の1人の前にしゃがみこんだ。
「おい、別れの言葉を許した覚えはないぞ」
俺がそういった刹那だった、剣士は掴んでいた剣の切っ先を目の前に倒れている仲間の胸に目掛け勢いよく突き刺したのだ。
「ごめん、みんな、ごめん、ごめん、ごめん」
俺はあっけにとられ、言葉が出なかった。
剣士は目を後悔と絶望に染め上げながら、剣を死体の胸にえぐりこみ、仲間の死体から心臓を取り出した。
剣士は心臓を取り出すと、残りの死体を見つめ、次から次へと同じように心臓を取り出していく、最初こそ剣士に抵抗があったが、剣士は次第に慣れた手つきで作業を進めていく。
「いい加減にしろよ、何の真似だ、いくら敵とはいえ目の前で味方の死体を弄ぶのは気分がいいものではないぞ」
俺は腹の底から湧き上がる胸糞の悪さを感じていた。
「ほほう」
この剣士の異常な行動を満足げに眺めなている者がいた、ベトライヤスである。
どうしてコイツはこの光景をそんな表情で見ていられる、前から気味が悪いやつではあったが、こんな趣向があったのか。
やはり、俺はコイツが嫌いだ。
「よ、よし」
剣士は全員の死体から心臓を取り出し、地を滴らせながら両手いっぱいに4つの肉塊を持ち、意を決したように俺へと視線を飛ばす。
「本当にわからん、恐怖で気でも狂ったのか?」
状況に思考が追いつかないでいる俺を無視するように剣士はブツブツと何かを呟き始めた。
よく聞き取れない、しかし、1つのありえない考えが脳裏をよぎる。
「バカな、コイツは剣士だぞ、まさか、魔術詠唱か....」
たしかに剣士でも軽い魔術は使える、しかし、戦いで、しかも対強敵戦において有効に使える魔術はウィーザードもしくはパラディンでもない限り使えない。
「いえいえ、王よ、1つだけあるじゃないですか、魔族の力を借りて命を代償に剣士でも使える魔術が....」
ベトライヤスは不敵な笑みをこぼす。
数十年前、俺が今まで最も追い詰められた冒険者の襲撃の時と同等かそれ以上の危機感が走った。
「焼き払え! 火炎龍の息吹」
奇妙な光景であった、自分より天と地ほどの差がある剣士を前に、焦りを漏らしながら上位魔法を放つ魔王の姿がそこにあった。
先ほどまで禍々しいほどの重圧感を放っていた魔王の間はもう微塵も残っていない、辺りは炎で焼かれ、その城の主人を讃える装飾は全て灰燼と化していた。
そこにはただただ静寂だけが残るのみであった。
「下等種族風情が、時間をかけすぎなんですよ、しかしまぁ、よくやりました。」
不敵な笑みを浮かべ、この戦いにおける唯一の勝者は目の前で倒れ伏す自らの主である王を見下ろし、この上ない愉悦に浸る。