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 戦端が開かれたのは、夕暮れ時だった。

 翌日の突撃を予定していたセンティルース軍だったが、突然、静かに進行を開始した敵軍にすぐに対応した。


「散らばるな、固まれ!」


 足の速い騎馬が、歩兵の動きを整える時間をつくるため突撃していく。

 クロード様も先陣を切って駆けだした。


(うぅっ! 恐いっ!)


 マントの状態で風になびきながら付き従う私は、次々に迫る敵騎馬兵や剣に息を飲む。

 でもクロード様は槍を振り回して敵を近寄らせない。

 通り過ぎた後からは、クロード様を目指して敵の騎兵が追いかけてくる。


「英雄だ!」

「討ち取れば士気が下がるぞ!」


 エッセ特有の、角付きの盾を持った騎馬兵がそう叫んでは集合してくる。


(ああ、やっぱり的になっている……)


 それでもクロード様は表情一つ変えず、部下を従えて敵軍を横断し、前進し続ける。

 クロード様を追いかけて来た者達は、準備を整えた歩兵の放つ矢と突き上げる槍の餌食になり、あわてて逃げて行った。


 誰かの剣や槍がつきささらないよう、密かにクロード様に張り付くようにしていたマントな私は、クロード様の雄姿に目を見張った。

 英雄と呼ばれるのだから強いのだろう、とは思っていた。が、自軍が有利になるように機動性を生かして立ち回り続ける彼の技量は、想像以上にすごかった。

 さすが、少数で国境を守り通した人だ。


 しかし乱戦がさらに広がっていくと、クロード様も攪乱をやめる。自軍の兵まで巻き込んでしまうからだ。

 走り回ったクロード様達は、一度休憩のために歩兵の後ろに回ろうとした。

 普通の騎士隊ならばそれでも良かったのだろう。

 が、敵はクロード様を標的の一つにしていたのだ。


「隊長!」


 突撃してきた敵の姿に、クロード様の部下達が集まり、彼を庇おうとする。

 その間を縫って突き出された槍を紙一重で避け、槍を掴んで敵の動きを奪い、クロード様は相手を突き刺した。


 そんなクロード様を別な敵が背後から襲う。

 部下達がそれを退けたが、そうしているうちに何人かが負傷してしまう。


「隊長、一度引きましょう! 敵の本陣を叩く隊は通過しました!」


 部下に促されて、クロード様はめずらしく舌打ちする。

 そして何かを命じようとした時だ。


 至近で何かが爆発した。

 敵味方双方の馬が暴れ、何人かが投げ出される。

 踏みとどまったクロード様にほっとしたのもつかの間、私は近づいてくる青い衣の一隊に気付いて息を飲んだ。


(ツヴァイエの魔法隊!)


 大陸最強の魔法隊だ。彼らは手のひらの上に炎を生み出し、そこから胞子のように小さな炎を飛び散らせる。

 爆発がさらに続いた。


「引くぞ! 俺が最後尾につく、先に行け!」


 クロード様の号令に騎士隊が動き出す。同時に、我に返った周辺の歩兵達も敵味方なく逃げ惑いはじめた。

 が、中には背後を見せたクロード様に斬りかかっていく者もいた。しかし今度は、味方が背後を守ってくれてはいない。


(……えい!)


 エゼリンが念じるとともに、剣の切っ先が横にずれる。

 次に襲いかかった槍は、地面に突き立った。


「なんだ?」


 攻撃の気配を感じて振り返ったクロード様が、首をかしげていた。

 このままでは私の存在に気付かれてしまいそうだが、でもクロード様の無事の方が優先だ。


(そのために、一日猶予をもらったんだから!)


 次々と私は、念動の魔法で敵の攻撃をそらし続ける。

 馬の足並みを崩させ、敵騎士の姿勢をくずさせて一瞬の隙をつくりと、細かな作業のおかげでクロード様の危機を取り除いていく。


 その度にクロード様が不思議そうにしていたけれど……。

 けれど、ツヴァイエの魔法隊が火の蛇を操りはじめた。魔法に対しては私の念動術など全く効かない。


(は、早く逃げてクロード様!)


 もはや念じるしかない私だったけど、その時、目の前で落馬した者がいた。


「レイリー!」


 クロード様はレイリーを助け上げるため、馬の足を止めてしまう。

 止まっていては的になる。

 どうしようと思ったのは一瞬のことだった。


 ぶわっと強い風が吹いた瞬間、私は、素早く決意した。

 クロードの肩から、念動の魔法でマントの姿のまま外れる。風に乗って舞い上がった私は、もちろんそのまま飛んだ。


「なっ!?」


 突然、飛んで行ったマントに驚くクロード様。


「マントが!?」


 クロード様の手を掴もうと上を見上げていたレイリーが目を見開く。

 二人に視線で追われながらマントな私が向かったのは、ツヴァイエの魔法使い達の元だ。ちょうどこちらが風下だったのは幸いだ。


 最初は私のことなど気にしていないツヴァイエの魔法使いたちだったが、近くを通りがかった時に、念動魔法で自分を操って敵の頭に張り付き、視界を奪う。


(クロード様、逃げて!)


 もがく魔法使いにはぎとられまいと、必死に張り付きながら私は願った。

 が、


「くそっ、念動術か!」


 バチンとエゼリンの頭に火花が散るような衝撃が走った。

 そのとたん、私の貧弱な念動の魔法が途切れてマントが振り払われる。でも負けない。

 地面に落下する前に、とっさに触れた馬に張り付き、同化魔法で乗り移った。


「え!? はぁぁぁっ!?」


 やみくもに走り回って、その場を混乱させる。

 ツヴァイエの魔法使いたちも、混乱して魔法を使うどころではない。


「魔法だ! 魔法使いがいる!」


 さすがに、馬が勝手に暴れ出すなどおかしいと思ったのだろう。

 全員が一斉に私を追いかけてくる。まずい。馬もこのままでは殺されてしまう!


(できるかどうかわからないけど……っ)


 馬になった私は立ち止まった。そうして蹄の先にある石に同化する。

 とたん、自由になった馬は逃げ去り、大半がその馬を追いかけて行ってくれたのだけど……。

 数人、なんだか熟練の魔法使いといった風情の年長の男性達が、私の方をじっと見ている気がする。

 彼らは立ち止まり、何かをささやきかわす。


(もしかして、バレてしまったの……?)


 やがて彼らツヴァイエの魔法使いが、炎の蛇を出現させた。

 その目は真っ直ぐに私に向けられている。


(この石……もつかしら……)


 炎にあぶられるぐらいなら平気だと思う。そもそも私をブローシアが自由にさせてくれるのは、同化したものが壊れない限り、私は無事だからだ。


 身を守るという意味で言えば、かなり無敵だ。

 有事の際には、私一人だけは必ず逃げおおせられるだろうと、父にも言われたほど。

 けれど魔法で集中的に攻撃された場合は……。


(木やマントに同化するよりはマシでしょうけれど)


 衝撃で石が砕け散ったら、どうなるか予想がつかない。

 そうはいっても、この状態で念動術を使って逃げようにも、注目されているのだから、ちょっと動く的になるだけだ。

 接している地面には同化できない。たぶん広範囲のものには無理なんだろう。となればもう、諦めるしかない。


(クロード様、どうかご無事で……)


 諦めて目を閉じたまま『その時』を待ったが――


 聞こえてきたのは、自分のものではない悲鳴だった。

 目を開けば、誰かの手に握られているのか、視界が急上昇していた。


「……え?」


 驚いていたものの、誰かの手に握られているようだ。隙間から外の様子がうかがえる。そこから見上げれば……ポケットの持ち主は、クロード様だった。


(え、どうして……)


 頭が混乱するけれど、クロード様はすぐに前へ向き直っていた。

 つられるように同じ方向を見た私の喉から、ひっと悲鳴に鳴らない声が漏れた。

 ツヴァイエの魔法使いが操る炎の蛇が、視界の端に見えたのだ。


(避けられない!)


 身動きできないから、クロード様を庇うこともできない。

 もうおしまいだ、と思った瞬間だった。

 クロード様に触れる前に、炎の蛇は壁に弾かれるようにして霧散した。

 見間違いや偶然ではない。

 二匹目も、三匹目も、その後ずっと同じように、クロード様に迫った炎は霧散したのだ。


「安心しろ。魔法障壁の術しか使えない代わりに、俺はほとんどの魔術を弾くことができる」


 私はぼんやりと彼の説明を聞いていた。

 でも石に同化している私は、声が出せない。石に口なんてないのだから。なのになぜ、クロード様は自分と会話しているのだろう。

 クロード様をもう一度見上げれば、彼は厳しい表情をこちらに向けていた。


「理由は後で聞く」


 そう言ってクロード様は立ち上がり、ツヴァイエの魔法使い達の中に走って行く。

 あらゆる魔法をはじきながら戦う彼の姿は、火の粉に彩られて、まるで舞い踊るように優雅だった。

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