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 そのまま私は三日ほど、クロード様のマント生活を続けることになった。


 なにせ一人で脱出して、皇宮に戻れるわけがない。

 わずかな魔法しか使えないせいで、姉や兄から落ちこぼれ扱いをされている私だ。うっかり人を売り飛ばすような人間に会ってしまったら、正直お手上げだ。


 運良く動物に同化できても、狩りの矢で射抜かれてしまったら、さすがに人生が終わる……それはちょっと遠慮したい。

 どこかで適当に木に同化して待ったとしても、ブローシアが大人しく軍の後を追ってくれていればいいけれど、そうではなかった場合に行き違いになってしまうし。


 ……ただこういった理由も、自分に言い訳をしようとして考えている気がする。


 そして三日目。

 行軍は終わりを告げた。

 国境から少し離れた丘を望む平原、戦地と定めた場所に到着したからだ。


「敵軍も丘の向こうに集結しつつある」

「数はおよそ同数か……」


「斥候の報告によるとそのようですが、ツヴァイエの兵がまだどこかに潜んでいるやも」

「あちらの魔法部隊はどうなのだ?」


 本陣と定められたテントの中で、クロード様を含む騎士隊長達や将軍格の人々が会議を行った。

 マントになったままの私は、それをただ聞くしかない。

 でもテーブルの上に広げられている地図を指さし説明されるのを見て、おおよその状況を把握することができた。


 地図によると、現在いる場所は国境から少し離れている。こちらが行軍している間に、敵もさらに攻め込んできていたようだ。

 両軍の数は同数。

 だけど将軍達の心配は尽きないらしい。


 近隣国で随一の魔法攻撃部隊を擁するツヴァイエが、兵を出しているのだ。

 センティルース皇国にも魔法部隊はあるのだけど、強さについてはやや心もとない。軍についての講義は、皇女の私はあまり受けることはないのだけど、聞きかじった噂話だけでも十分に、ツヴァイエ王国の魔法部隊に勝つのは難しいと知っていたから。


 ただ唯一希望があるとすれば、虎の子の魔法部隊をツヴァイエは少数だけしか貸していないらしいこと。


「国境戦では塀を破壊するために使われる以外、魔法による攻撃はなかったと報告がきています。もしそれが本当なら、こちらの部隊に防御を強化させれば……」

「それが相手の思うつぼであったら?」


 私の国の側は、先のツヴァイエ王国との戦いでかなりの被害を出している。クロード様のおかげで押し返すことができたけれど……。

 そのせいなのか、軍に余裕が少ないため、議論は慎重論に傾いていく。

 クロード様は、慎重論に自分の意見をぶつけていた。


「いえ、おそらくツヴァイエの目的は、消耗戦をさせることです」


 真剣な表情で父親ほど年の離れた将軍に、クロード様が進言する。


「半年前の戦で、ツヴァイエはこちらを切り崩す事が難しいと悟ったはずです。だからこそ、本来ならセンティルース皇国に勝てるわけがないエッセを煽って、消耗させようとしているのだと思うのです」


「土地の一部をかすめ取るだけなら、エッセ側も一気に攻め込んで後は外交で決着をつければいいからな……。ツヴァイエはそれに便乗して、我がセンティルースの軍を削るとして……。この勢いに乗じて攻めないのはなぜだ?」


 将軍の問いに、クロード様は淡々と答える。


「戦いで疲弊させておけば、来年以降にツヴァイエが攻めて来た時有利になるはずです。その時にはエッセを絡ませず、むしろエッセが獲得した土地も奪ってしまうつもりなのではないでしょうか?」


「独占するためか……。今回の襲撃で、国境軍の数がやや減らされた。この戦いが無事に終わったとしても、ツヴァイエ側だけではなく、エッセ側への国防に備えをしなくてはならない。そうなればツヴァイエに面した西の守りもそう厚くはできないか……」


 なるほど、と私はクロード様の見解に内心でうなずく。

 ツヴァイエは半年前の戦で、クロード様の活躍によって目的が達成できなかった。

 だから今度はエッセを使ってセンティルース軍の力を減らしておこうというのだ。で、弱ったところをもう一度襲撃して、勝利を収めようというのだろう。

 そこまで話を飲み込んだものの、ふと思う。


(でもそれって……)


 ツヴァイエは前回邪魔をしたクロード様も、できれば倒しておきたいのではないだろうか。

 私と同じ事を考えた将軍がいたようだ。


「ならば、英雄殿は的になりかねないな。ツヴァイエが一番排除したいのは貴殿だろう」


 それに対して、クロード様は驚くことすらしない。


「英雄だからこその苦労というものですよ。人気者はいつでも注目を浴びる」


 彼の返事を聞いた将軍や隊長職の者達が、どっと笑う。

 そんな中、クロード様の近くに控えていたレイリーが、蝋燭の橙の明かりの中でさえ真っ青な顔をしていた。


「た、隊長、大丈夫なんですか!?」


 不安にかられてだろう、会議が終わって本陣のテントから出たとたん、レイリーはクロード様に詰め寄った。


「何が?」

「英雄だから、狙われるって。戦場ではどこから攻撃されるか……」


 まだ明るい中、自分の寝場所であるテントへ向かっていたクロード様は、肩をすくめてみせる。


「たとえ英雄じゃなくても、戦場ではいつ命を落とすかわからない。いちいち気にしていられないよ」

「そんな。隊長は……恐くないんですか?」


 レイリーに尋ねられたクロードは苦く笑う。


「恐くないとは言えないな。だけど怯えて隠れる気はないし、隊長が他の者にお姫様のように守られてどうする?」

「でも英雄が負傷したとなれば、そう、士気が落ちます!」


 だから何か対抗策を講じたほうがいいのではないか。やきもきするレイリーに、クロード様が淡々と返した。


「俺は死ぬ気はない」


 なぁレイリー、と足を止め、クロード様は少年騎士と向き合う。


「むしろお前の方こそ、必ず生きて帰るつもりで戦え。待っている人がいるだろう?」

「はい。……母が」


「しかもお前は初陣だ。なにかと不安だろうが、俺にかまっている暇はないはずだ」

「でも……」


 だんだんとうつむいていきつつも、レイリーはなおも反論しようとした。


「生き延びたいなら、決して俺を救おうと思うな。自分のことだけ考えていろ」

「でもそれじゃ隊長が」

「俺を誰だと思っている?」


 その言葉に、弾かれたようにレイリーが顔を上げた。


「英雄の称号は飾りじゃないんだよ」


 そう言って笑うクロード様の表情はどこか陰りがあって――私を不安にさせたのだった。



 その後、クロード様はマントを置いて天幕を出た。

 入れ替わるように、天幕の背後から忍び込んだ人物がいた。ブローシアだ。

 商人の妻のような衣服を着たブローシアは、こそこそと尋ねる。


「……エゼリン様? いらっしゃいますか?」


 私は同化の魔法を解いた。

 マントからふわっと浮くように現れた私を見て、ブローシアが安堵の息をつく。


「ご無事でしたか。まさかマントに同化しているなんて……」

「ちょっとした手違いと言うか、慌てていたせいで、家具ではなくて、マントに同化してしまったみたいなの。手間取らせてごめんなさいね、ブローシア」


「こちらこそ、お迎えが遅れて申し訳ありませんでした。部屋を探しても全く反応がなかったので、きっとクロード様の持ち物に同化されたのだろうと追いかけてきたのですが、行軍中ではなかなか姫様に接触できず……さ、早くここから出ましょう」


 ブローシアは、自分が出入りした場所に身を寄せて私を手招きする。

 本当はそれに従うべきなんだろう。でも、足が動かない。


「エゼリン様?」

「ブローシア。あの……あと一日、待てるかしら?」

「え? 何を……」


「一日だけでいいの。もうちょっとの間だけ……。マントでいる限りは、私は傷つかないから」

「何をおっしゃっているんですエゼリン様。一日も待てば、クロード様と一緒に戦場に……」


 と、そこまで言ってブローシアは気づいたようだ。


「まさか、お守りしたいと?」

「私自身はほとんど役に立てないわ。だけど少しはお手伝いができると思うの。でも明日一日何もなければ、諦めるわ」

「…………」


 ブローシアは考え込むようにしばらく黙った。

 それからおもむろに口を開く。


「今、わたしは軍の諜報部と行動を共にしております。姫様が安全に皇宮へ戻れるように手配するためにも、そちらに応援を頼みました。だから……」


 小さくため息をついて、続けた。


「ほんとうに一日だけですよ? 今日はすぐクロード様が戻って来たので、上手く姫様が見つけられなかったと誤魔化しておきます」

「ありがとうブローシア!」


 私はブローシアに抱き着いて感謝する。

 そんな私の背中を軽く叩き、ブローシアが困ったようにつぶやいた。


「まぁ、めずらしくも姫様がわがままをおっしゃったのですから、一度だけは見逃してさしあげますね」

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