だからもう少しだけ立ち直れそうだ。
毎日のように通勤する仕事場。仕事して帰り寝るだけの毎日。楽しみさえも失った人生……つまらない人生でどうしようもない人生。二日前の晩飯はなんだっけ? もう覚えてない。それほどまでに退屈で苦境な人生。
彼女、恋人、愛人……そんな類の関係の女性もおらず、友達という概念すら存在しない俺は孤独。そう生きる意味が見当たらない人生。それがこの人生で得た結論。
他人に相談するような内容でも無く、相談する相手もいないわけで――。
相談相手の大抵はどうせ「何か楽しい事が待ってるだろ」というに違いない。期待を持たせ、自己責任にする憎悪の塊のような他人達。偏見であるとは承知しているが、所詮はそんなものではないだろうか。他人が他人の人生の為に尽くすだろうか……否であると思う。
俺の廃れたような顔は元通りになることなど無いのかもしれない――。他人に縋ればどれほど楽なのだろうか……まず相手にしてくれるだろうか。
自問自答の繰り返し……本当に無意味で無価値だと感じているが仕方ないではないか。このまま死ねたら……なんてな。
「あ、あのぉ……すみません、立花さん」
「どした?」
俺の部下の一人だ。
この人の目はまだ死んでいない……か。
「ここのチェックお願いしたいんですけど」
「見せてみて」
部下から書類を貰い目を通す。この部下は良くできる、出来てしまう部下のようで、実際チェックなどしなくてもいいくらいだ。
「まぁこんなもんだろ」
「ありがとうございます。それとこれどうぞ」
渡されたのは栄養ドリンクだった。気が利くというか、優しい……職場では「癒し女神」なんて呼ばれたりしているようだ。
「おぉサンキューな」
「そ、それとなんですが」
「ん?」
「もしよかったらでいいのですが、今日終わったあとお食事でもどうですか?」
こういう誘いは何回かしてくる。きっと上司と上手くやっていくための会みたいな。俺はそんな誘いを毎回断っている。だから今回も断る。
「今日も詰まってて難しそうなんだ。すまんな」
今度にしようだなんて言わない。
「そうですか、では今度でいいので行きましょう。時間が空いてる日あったら教えてくださいね。では失礼します」
上司と上手くやっていく部下はやはりあんな感じなのだろうか。上司に好かれればひいきしてもらえるだとか馬鹿馬鹿しいことを思考しているのだろうか。
後日も、その後日も彼女は尋ねるのであった。
「今日この後どうですか?」
と――。
決まって俺はこういうのだが。
「今日も難しい」
と――。
普通に考えれば失礼ではないかと、誘うのを止めると思うのだが……。彼女の行動理念が謎で不思議でたまらない。
「今日はどうです?」
「はずき君は毎日暇なようだね」
「どうですかね、立花さんと食事をご一緒したいがために仕事を早めに終わらしてますから」
「何故そこまでして行きたいんだ?」
「立花さんって何考えてるかよくわからないので。知りたいんですよね」
「何も考えてないよ」
「え?」
「何も考えてないんだ。だから毎日退屈だと感じる……あ、すまんな。こんなネガティブ的発言。忘れてくれ」
「立花さんも人間やってますね」
「感情を失いかけてる人間だけどな」
「では失礼します」
一礼し去っていく。
その日は珍しく早めに仕事が終わる。帰って風呂にでも浸かってゆったりするか……。
会社を出ると、はずき君が立っていた。
「お疲れさん」
「あ、立花さん。今日は早いんですね」
「たまたまな。じゃ俺は帰るよ」
「待ってください。これからどうですか?」
「どんだけ行きたいんだよ」
「一回だけでいいですから」
その「一回だけ」という言葉に心揺らいだのか。まぁ一回くらいならという気持ちになり足を向けてしまった。
「今日は早上がりだったしな。いいぞ、どこいくよ」
「近くにある居酒屋でいいですか?」
「お任せするよ」
行った先で俺は女性が寄ってしまった末路を見ることに。
「立花さぁーん……飲まねいんでちゅか? 私あちゅくなってきちゃいましゅた」
「酔い過ぎってか……酒弱すぎだろ」
「立花さんがずっと断るので嫌われちぇいるのかと思ってましたよ」
「まぁ俺は基本誘いを断ってるしな。人付き合いが苦手でな。何話せばいいとかわからないし」
酔った勢いだろう部下は俺の背中を叩いた。
「イタッ! 一応、上司なんですが!?」
「立花さん! それじゃダメじゃないですかぁ……はぁ……私結構好きですけどね」
「何言ってんだよ。もう帰るぞ」
「嫌ですよぉー……もっとお喋りしたいです」
「立てるか?」
返事が無いようで仕方なく負ぶって帰ることに。
今日は車でよかったと胸を撫でおろす。
「家どこだ?」
完全にいっている……スース―聞こえてくる。明日、仕事休みでよかったぁと思った。家に帰せない為仕方なく俺の家に泊まらせることに。
「このベッド使っていいから」
「立花さんも……ここで」
寝言か小声で何か言っている。俺はそれを無視しソファーで寝ることに。
部下と一緒に寝るとか……これからの会社人生マジで終わるだろ。
朝を迎え、部下は飛び起きるようにベッドから立ち上がり一言。
「ここどこですか!?」
「おぉ、起きたか。おはよう」
「お、おはようございます……それより私……昨日失礼なことしませんでした!?」
「ま、まぁ気にしてないさ。よくあるような事だろうし。それより、どうする? シャワー浴びるか?」
「いいですか!? いや……流石にそれは失礼ですよね」
上司に負ぶられる時点でそのプライドは無くなっていいはずであるがな。
「そのスーツじゃ帰れないだろ? 酒臭いし」
「そ、そうなんですよね」
「その前に朝食にしよう。準備出来るからそこ座っとけ」
「は、はい」
その後は今後について話し合った。
結果から言わせてもらえば、俺が車で送迎……それが一番妥当だと思えたからである。
シャワーを浴びた部下にパーカー、紐で絞ることのできるハーフパンツを与える。首を振っていたが、流石に清めた体に酒臭いスーツを着るのは嫌だろとのこと。
それを終え送迎。
「えぇーっと、ここ?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「いいえ、じゃぁ会社でな」
「また、飲み行きましょうね」
「気が向いたらな」
「では失礼します」
俺の部屋は少しだけ女性の香りが残っている。はぁー大変な部下だったなぁと思えるが、別に嫌いでなかった。「また飲み行きましょうね」か……今度はそこまで飲ませないようにしねぇとな。
週明け、いつものように通勤しいつものように仕事をこなし帰る。そんな日々が続きあっという間の週末。明日から休み。
その日は珍しく遅上がりだ。会社から出ると、はずき君の姿があった。
「お疲れさん」
「あ、立花さん今日は遅いんですね」
「何してんだ?」
「今日飲みに行きませんか? 丁度、洗濯が済みましたし」
その笑みにはやはり勝てる気がしなかった。
「そんな飲むなよな」
これが毎週の週末の恒例行事みたくなり、それが少しだけ楽しみになってきた。その分、まだ仕事に精が出る。
だからもう少しだけ立ち直れそうだ――。
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