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森の王の婚礼


※人喰いの、人間でいう怪物のお話です。

※直接的な描写はありませんが、それを示す言葉が出てきます。

※血が出るシーンなどは特にありません。

以上のことに注意して、楽しんでいただけると幸いです。

 人の国には人の王がいることでしょう。

 同じように、森には森の王がいました。


 尾を持ち、尖った耳を持ち、ツンとした鼻先に、強靭な足と鋭い鉤爪の巨躯を持つ、強く偉大な王でした。


 王さまは森に住み、森を治め、毎日のんびりと暮らしていました。王さまはとても偉大で強い王さまなので、王さまの安全を脅かしたり、怖がらせたりするような存在もいません。

 王さまは毎日、何に煩わされることもなく、穏やかに生きていました。


 王さまは雑食で、人間をよく食べます。

 けれど、別に王さまは特段人間を美味しいと思っている訳ではありません。どちらかというと、雑多な味がしてあまり好みとは言えませんでした。


 それでも王さまがよく人間を食べていたのは、森には守らなければならない掟があるからです。


 森では、殺したものは必ず食べなければなりません。それを人間たちは供養だと言ったり、儀式だと言ったりしているようですが、森の獣たちは、そんなこと知ったことではありませんでした。

 掟は掟。理屈など大した問題ではなく、ただ、守らなければならないもの。

 それは、当然王さまも例外ではありませんでした。


 王さまが森でのんびりしていると、人間に見つかることがありました。びっくりした人間が手にした弓や剣を王さまに向けると、王さまはまた人間が来たなあ、と飛んでくる刃物を前足で叩き落します。その際正面にいた人間は、吹き飛んで身体をしたたかに打ち付け、絶命してしまうのです。


 王さまはまた、しょんぼりします。刃物を払おうとしただけとはいえ、殺したのは王さまです。あまり好きではない味でも、掟は守らなければならなりません。

 森に棲む他の獣たちは、王さまに敬意を払い、安易に近づいてくることはありません。そうなれば、王さまが他の獣を殺めることもないのです。人間一人で数年は食事を摂らなくても平気なことも相まって、王さまはもうずっと人間ばかりを食べていました。


 毎日のんびり過ごす王さまのもとに、あるとき人間の娘がやってきました。何故それが『娘』と分かったのでしょう。えっへん、長く生きている王さまには、そんなことお見通しでした。


 白っぽい服を着た娘は、まるで凍えているようにぶるぶる震えながら、王さまのことを見上げています。一体何をしにきたのでしょう。また食べる羽目になると嫌だなあ、と王さまは思いました。こう見えて、王さまは案外美食家グルメなのです。


「お、王さま、王さま。こ、この度私は、あ、あなたの……花嫁としてきました。だ、だからどうか、わ……わた、しを……」


 ぶるぶる。娘はやっぱり妙に震えています。

 けれど王さまは、娘のその言葉を最後まで聞いてあげることはできませんでした。


『――――――――ッ!』


 上げたのは咆哮。咄嗟に娘ではなく、天に向かって声を上げた自身を、王さまは後々褒めてあげたいと思ったものです。


『歓迎しよう、我が妻よ』


 どこか高いところから響くような声。それが王さまの声でした。

 王さまはご機嫌でした。これまで長い、長い年月を生きてきましたが、妻を得たのは初めてです。物珍しい出来事に、王さまの心は期待に弾んだのでした。



 ***



 王さまの妻は、王さまの足先程しかない小さな生き物でした。小さな妻は、ただでさえ小さな身体を丸めて、更に小さく見えました。


 王さまはこれまで、長い年月を生きてきました。短命な人間からすれば、想像も付かない長い時間でしょう。起こりうる大抵の出来事は経験済みで、真新しいことなど滅多にありません。だからこそ『妻』という初めての存在に、いたく舞い上がったのでした。

 王さまは珍しいことが、大好きなのです。


 妻はいつもぶるぶると震えていました。


『寒いのか、我が妻よ』

「いいえ、いいえ。王さま。寒くなどありません」

『けれどおまえ、震えているではないか』

「これは……本当に大丈夫なのです」


 膝を抱えて震える妻は、やっぱり震えた声でそう主張します。けれど、王さまは偉い王さまなので、人間がそういつもいつも震えるものではない、と知っていました。そして偉い王さまは、人間がどういうときに震えるかも知っていたのです。


「ひ、ぃあああああっ」


 王さまは震える妻を憐み、首根っこ部分の服に牙を引っかけ、妻を持ち上げました。妻はまるで絹を引き裂くような悲鳴を上げましたが、王さまはそんなことを気にしません。そのまま、自分のふかふかの胸元におろします。たっぷりとした毛並みは、王さまの自慢でした。


『どうだ、温かろう。我が妻よ』


 えっへん、王さまは得意げに言いました。悲鳴を上げた妻は、今度はすっかり言葉をなくし、目を白黒とさせています。


『人の身は脆弱と言う。本来、気安く触れさせはしないが、しかし。しかし。おまえは我が妻ゆえ。特別に許そうではないか』


 王さまは上機嫌に言います。目を白黒させていた妻は、また震えながらゆっくりと王さまを見上げます。王さまの毛並みに手を突こうとして、ふんわりと沈んでいきました。そのまま妻は身動きを止め、王さまの毛並みに埋もれました。しばらくして震えが治まったので、やはり寒かったのだなあ、と王さまは納得したのでした。



 ***



 妻は小さな身体に相応しく、実に少食で、王さまが食べるような獣の肉を、けして口に入れようとはしませんでした。それどころか、王さまが殺した肉を裂いていると、また寒そうにぶるぶると震えるのです。


 しかし、どうして王さまの食事風景を見て寒くなるのでしょう。王さまには、さっぱり分かりませんでした。


 妻には、王さまが惜しみなく木の実を与えました。森では、自分の食料は自分で調達するものです。けれど妻は、王さまの妻であるからして。特別に王さまが木の実を探しては木を揺らし、強靭な四肢も爪も持たない妻が拾えるようにしてあげました。


『妻よ、誰もが我が懐に入れると思ってはならんぞ』


 王さまは妻が震えないよう、いつも懐に抱えました。王さまのふかふかで美しい毛並みは、どんな豪華な毛布よりも妻を温めてくれることでしょう。雨風など、王さまの毛並みの前では恐れるに足りません。


「はい、はい。分かっております」

『うむ、うむ。妻ゆえ、特別な計らいと心せよ』


 王さまは揚々と笑います。おろおろと視線を彷徨わせた妻は、そっと王さまを見上げ、それから初めて、ほんのちょっぴりだけ微笑んだのでした。



 ***



 妻を得て、王さまの生活は変わりました。

 ただあくびをしてのんびり過ごすだけだった日々が、途端に色づいたのです。やはり、変化は大切だなあ、と王さまは思います。変化がなければ、毎日はひどく単調になってしまうのですから。


 王さまは妻を連れて、森の中を巡りました。七色に輝く河川に、花が咲き乱れる野原、静寂を形にしたような木々の合間に、山頂から眺める幾千の星。

 この頃には、王さまは妻のことをよくよく理解していました。妻は、獣たちが争い合うような血沸き肉躍るような光景よりも、色とりどりできらきらと輝くものを好むのです。王さまは妻を理解するよき夫なのでした。えっへん。


「まあ、綺麗! 王さま、なんて素敵なところでしょう? 嬉しい!」


 妻は綺麗、綺麗と繰り返して、喜びの声を上げました。妻は、それからぶつかるように王さまの胸元にしがみつきます。嫁いだ当初は、王さまの懐で縮こまるばかりだった妻も、今では積極的に王さまと接するようになっていました。


「王さま、私、初めてです。こんなに綺麗で、自由で、清々しいこと」


 妻はぎゅうぎゅう王さまにしがみつきます。王さまの表情は分かりにくいと妻は言いますが、さすがに今、その顔がだらしなく緩んでいることは、きっと妻にも分かることでしょう。


 あるとき妻は、またぶるぶると震えました。


「寒い、寒いの」


 何度問うても、震える理由を寒いからとは言わなかった妻が、今回ばかりは寒いと繰り返します。その癖その身体は普段よりよほど熱く、妻からはいつも以上に汗の匂いがしました。


『妻、妻よ。そう忙しなく呼吸をしては辛かろう。もっと落ち着くがよい』

「違うのです、王さま。これは風邪で、だから呼吸が忙しなくなっているの」


 妻はそう説明しましたが、王さまには分かりません。王さまは、人の娘がかかるような風邪など、引いたこともなければ存在を知ることもありませんでした。


『ど、どうすればよい?』


 思わず狼狽える王さまに、妻はふふふ、と笑いました。相変わらずはあはあと呼吸をしているのに、妙に楽しそうな声でした。


「王さま、私、知りませんでした。王さまのこと、何も知らなかった。だから怖くて、震えていたの。こんなに、温かいのに」


 妻が何を言いたいのか、王さまには分かりません。けれど妻は相槌を求めることもなく、独り言のように続けました。


「優しい王さま。お会いできてよかった。風邪はすぐに治るから、安心してください ……ねえあのとき、食べられなくて、ああ……本当に、よかった」


 それきり、妻は一切口を閉ざしました。どうしたのか、と王さまは大層慌てふためきましたが、やがてただ眠っているだけだと気付き、ほっと安堵の息を吐いたのでした。



 ***



 妻は自身の言葉の通り、すぐに快方に向かいましたが、それ以降王さまは気が気ではありません。

 妻は脆弱な人間なのです。ちょっとしたことで、簡単に弱ってしまう。王さまそれまで以上に、妻の様子を気に掛けるようになりました。


『妻よ、妻よ。大事ないか』

「ええ、あなた。私は大丈夫ですよ」


 そういうとき、妻は決まってふふふ、と笑って王さまの毛並みに身体を埋めるのです。至極幸せそうに、ぎゅう、としがみつくのでした。


 ある星の輝く夜のことでした。

 満天の星明りに白い面を照らされ、妻はゆっくりと口を開きました。凍える身を温めるように王さまにしがみ付く腕は、いつもより緊張しているようでした。


「王さま、私はね、ずっと逃げ出したかったのです。けれど、逃げ出す勇気も力もなかった」


 妻の言うことは抽象的で、王さまは彼女が何を言いたいのかよく分かりません。ただ、妻が逃げ出したくなるような状況であったなら、気にかかります。


『妻よ、どこから逃げ出したいのだ。夫として助力しようぞ』

「いいえ、いいのです。王さま」


 懐にしがみつかれたままでは、妻の顔を見ることもできません。身じろぎする王さまに応えるように、妻はそっと離れ、寄せられた王さまの顔に手を添え、頬をすり寄せました。


「だから、あなたに会えた」


 噛みしめるような、言葉。王さまには、妻の言葉がどうつながるのか、ちっともわかりません。けれど、妻の言葉に込められたものが、喜びであるように思えたのです。

 それなら、まあ、きっと、うん。いいことなのでしょう。



 ***



 それから、すぐのことでした。

 王さまは妻の珍しい我儘を、あっさりと叶えました。山の麓にある森を寝床にしていましたが、山頂へとその住処を変えたのです。


「だって、人間ならたどり着けないこんな場所で暮らせるなんて、それってとても贅沢じゃないですか」


 我儘の理由を、妻はそんな風に語りました。山頂に向かうには山道が険しく、傾斜は急で、狂暴な獣も数多く出ます。確かに、人間は望んでも近づけない場所でしょう。


 王さまはの支配下に、森から続くその山も入っていました。そこから出なければ特に住居にこだわりはないので、妻の珍しい我儘を、意気揚々と叶えたのでした。



 ***



 人間からしてみれば、途方もない時を生きる王さまとは違い、人間である妻の時間は瞬く間に過ぎていきました。

 まだ幼さすらあった顔は大人びて、そしてそれはすぐに老いへと変わりました。


 王さまは、そんな妻の変化をいつも如実に感じていました。見た目も、動きも、何もかもが、目まぐるしく変わっていくのです。

 けれど、王さまの前足の爪で、そっと頬を撫でたときの目を細める顔は、ずっと変わりないものでした。


 やがて老い、動くこともままならくなった頃、妻は王さまの懐から、起き上がることもできなくなっていました。


「王さま、私はきっともうすぐ死んでしまいます」

『ああ、そうだろうな。我が妻よ。人の一生は誠に短い』


 王さまはそれを、人のように嘆くことでも惜しむことでもないと思っていました。何故なら命は巡るからです。生き物は木の実や肉を食べ、やがて自らの血肉が他のものの糧となり、大地の栄養となるのです。それは極当たり前に存在する、生物としての営みの一部でした。


「私にとってはとても長かった。長すぎたと言ってもいいでしょう」


 いつしかしわがれた声で、妻は細々と語ります。


「本当は私、あの日死ぬはずだったのです。あなたの前に初めて現れた日、あなたを殺す毒と一緒に、あなたに食べてもらうはずでした」


 それは、妻が初めて口にすることでした。少しだけ緊張を孕むその声に、王さまはどうしてそんなに身体を強張らせるのだろう、と思いました。


『そうであったな、我が妻よ。そう言えば、あの毒はどこへやってしまったのだ?』

「――気付いて、いらしたのですね」


 王さまが訪ねれば、ようやく妻は緊張を解き、息を吐くように呟きました。王さまは当然だろう、と思いました。だって王さまは、妻の夫なのです。妻のことを把握するのは、夫として当然の務めでした。


「それでどうして、私を妻にしてくださったの?」


 妻は時折こういうことがありました。分かりきったことを聞くのです。


『花嫁だと名乗ったはおまえだろう。妻を妻として迎え入れることは、当然のこと』


 それ以上の理由など、何が必要でしょう。少なくとも、王さまにはそれだけで十分でした。妻は、あなたらしい、と小さく笑い声を漏らします。


 王さまは、あらためて妻の持っていた毒が自分を殺さなくてよかった、と思いました。そうして王さまが殺されていれば、妻は掟通り王さまのことを食べなければなりません。少食で小柄な妻では、食べきれずに難儀してしまうことでしょう。


「王さま、私は幸せでした。あなたに出会ってから、ずっと幸せでした。だからどうか、最後に一つだけ、聞いてください。」


 王さまは当然の如く、妻の言葉に耳を傾けました。王さまは妻に寄り添う、よき夫であるのです。


「愛しています。あなたの妻として死ねて、よかった」


 それは、王さまが知らない言葉でした。『愛』という不可解な言葉を告げ、それきり妻は口を閉ざしてしまいます。

 妻がその短い一生を終えたのは、それからほんの数日後のことでした。



 ***



 王さまは暇になってしまうなあ、と妻の亡骸を抱えたまま途方に暮れました。しばらくずっと妻のことを気にかけて生活していたので、今更いなくなられると、どうすればいいのか分からなくなってしまします。


 まずは妻の亡骸をどうにかしなければなりません。放置した死体は、いずれ腐り落ちるだけです。

 はてさて、大地にでも埋めてしまうべきか。王さまはその様子を想像します。器用に前足を操って穴を掘り、そこへ妻の亡骸を横たえ、今度は後ろ足で土をかける。きっと妻は、大地にとって良い栄養となることでしょう。


 けれど、それはどうなのだろう。妻は、王さまの妻なのです。それが王さまではなく、大地のものとなってもいいのでしょうか。

 何だか違う気がします。


 王さまは悩みに悩んで、悩んで、そうして。


 妻を食べることにしました。妻は、王さまの血となり肉となり、骨となるのです。いつだって王さまにしがみついていた妻も、それなら安心するような気がしました。


 元々小さかった妻は、老いてさらに小さくなっていました。だから、食べきってしまうのもすぐでした。こうして妻は、その命だけではなく、姿形までも王さまの前からいなくなったのでした。



 ***



 王さまは妻を食べました。妻であっても、やはり他の人間と味は変わりません。あまり美味しくはない妻を、王さまは普段よりもゆっくりと食べました。


 そうして、それを期に、王さまは食事を摂ることを止めました。


 王さまはこれまで、食べた人間のことを一人として覚えていません。次の食事をすれば、その記憶はますます薄れました。だからきっと、王さまは食事を摂れば、妻のことを忘れてしまうのでしょう。


 それは何だか、いやだなあと思ったのです。王さまはこう見えてよき夫で在りますれば、妻を忘れることを良しとはできませんでした。


 王さまは妻と立ち寄った場所を、また巡りました。七色に輝く河川に、花が咲き乱れる野原、静寂を形にしたような木々の合間に、山頂から眺める幾千の星。どれも変わりなく、けれど妻と見たときのような、気分の高揚はありません。ひどく色褪せて見えるのです。


 食事を摂っていないから、目を悪くしてしまったのでしょうか。


 王さまには分かりません。ただ、妻のいない自身の懐を、妙に寒々しく感じました。



 ***



 王さまは少しずつ衰えていきました。人間と違い、長く食事を摂らずとも、強靭な身体はなかなか倒れることはありません。


 けれど、徐々にそれまでのように動くことはできなくなりました。飛ぶように山を駆けることも、もうできませんでした。


 それでも王さまは、食事を摂ることをしません。


 満点の星空を見上げて、思い出すのは白く小さな妻の横顔。

 妻は『愛』だと言いました。人間の言葉なのでしょう。王さまはどれだけ考えて、記憶を掘り起こしても、その言葉の意味が分かりません。


 妻はいったい、王さまに何を伝えたかったのでしょう。それだけが気がかりでした。



 ***



 妻が死んで何十年も経った頃、ようやく王さまの命の灯火が、潰えるときがきました。


 動けなくなった王さまは、ずっと妻の語った『愛』というものを考えていましたが、結局その答えを見つけることはできませんでした。揺り起こしてでも、聞いておけばよかったなあ、なんてそんな後悔がほんのちょっぴり湧き上がりました。


 王さまは、妻を食べて以来、何も食べていません。つまり、王さまの身体は、妻によって作られているのです。


 ようやくこれで、一緒に眠れるのだなあ、と思いました。妻は大層寒がりでよく震えていたので、眠るときはいつも寄り添っていたものです。


『妻よ、妻よ。愛とは何か、問えば教えてくれるだろうか』


 王さまの声が空気に溶けて行きました。問い掛けたものの、きっと妻は教えてくれるのだろう、と王さまは思います。優しく気遣い屋で、自慢の妻なのです。えっへん。


『愛』は向けられて嬉しいものなのだろうか。それならば、妻にもそれを贈りたい、と王さまは思います。王さまは、妻想いのよき夫なのですから。


 妻が死んでからも、王さまはずっと妻とあり続けました。妻は夫の血肉となり、寄り添い続けたのです。だから全然、一度だって離れたことはないのです。


 それでも王さまは、少しだけ、ほんの少しだけ、今度は同じ生き物に生まれたいなあ、と思いました。森の王であることに誇りはあるけれど、王さまの妻はちょっぴり寂しがり屋なのです。


 いくら一緒にいられても、おしゃべりできないこの状態は、きっと妻を寂しがらせてしまったことでしょう。


 だから今度は、同じ生き物に、同じころに生まれ、同じ時に死ねたら、きっと妻が寂しい思いをすることもないはずです。


『妻よ。私の唯一の妻』


 そのあとに続けたい言葉は、あとで妻に教えてもらうことにしましょう。



 ***



 こうして、悠久の時を生きた森の王は、静かに息を引き取りました。

 死んだ後のことなど、誰にも分りません。


 けれどきっと、王さまのそばには妻が、そっと寄り添っているのでしょう。









読んでいただき、ありがとうございました。

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[一言] 長期連載して欲しかったけどないかな....
[良い点] とてもいいお話でした……。 やっぱりピヨさんのこういう童話風のお話は素晴らしいですね……。 心が温かくなります。 ところどころにはいる「えっへん」がとても可愛くて和みました(笑) [一言…
[良い点] 何回読んでも目が潤みます。素敵な作品です。 [一言] ぜひ同じ時代に生まれ変わった二人が読みたいですね。愛とはなんなのか、寄り添う二人がみたいです
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