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プロローグ
――空気が震えた。
実際にはそんなことはないのだが、人で溢れる大通りをすり抜けるように、足音一つたてずに歩く一人の男はそう感じていた。
男は笑みをこぼす。まるで目の前で愉快な見世物が始まったかのように。
「そうか、ついに……」
笑いながら呟く彼の姿は不審そのもの。しかし、周囲の人間は誰ひとりとして彼を気にもとめない。
「戦う術を持つ箱庭の飼い犬が、英雄となるか……」
男の顔を隠す、血のように赤いマントについたフードが、風も無いのに風にあおられたように外れる。
「だが、所詮それは造られた奇跡。幻想はいずれ砕け散る。だが……」
言葉を飲み込み、男は笑う。自然とこぼれた笑みではなく、自らの意志で作った笑みを浮かべる。
「さて、始めようか。ただ一人によるただ一人の為の決められた物語、その幕引きを」
男は――世界から消された英雄は、長く伸びた蒼い髪の奥の銀の隻眼で天高く浮かぶ太陽を睨んだ。




