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作者: 明宏訊

天下人が一日だけ予定よりも長く生きることが許された。

それまで身動きすら取れない状態だったのに、いきなり起き上がるなり家臣に城の西南に連れていけと命じた。

若い家臣は首をひねった。

そこには何もなかったはずだ。庭園と庭園に挟まれた森林地帯のはずだ。

主君の言いように疑問を感じながらも、主君の後を追う。

抱えて連れていくどころではない。

それまで寝込んでいたのが嘘のように、すくと直立して歩行しているのだ。

侍るものたちは我が目を疑ったが、同僚が互いに同じ答えを提出したのだ。

どうやら現実らしい。

森林はまったく手入れがされず荒れ放題だった。

天下人はここに新しい庭園を作るように命じた。

完成は自分の死後でもよいと付け加えた。

かつて味方からは不世出の英雄と称賛され、敵からは悪の権化と罵倒された壮年時代が、鮮やかに蘇ってきたかのようだ。双方における共通点とはひたすらに畏れられていたことだ。

ちなみに若いとは言っても近侍たちは本の少年にすぎず、主君の雄姿はしわの中に織り込まれた深い影から察するだけだった。ただしそれだけでも大人たちから語られた神話と相まって、少年たちの想像力を喚起するのに十分だった。

彼らは旺盛な想像力を駆使して、当時の主君を自由に思い描いてみた。

つまらぬ想像に思考領域を奪われていたために、念を押す主君の言葉に即座に反応できなかった。

「聴いておるのか、それほど豪華にする必要はない。長年戦いに戦って疲れた武将がちょっと寄った庵に美しい庭を視て心癒された、そういうようなかんじに仕上げてもらえばよい」

少年たちは身近にじっさいに鬼神がそばにいたことがない。だから語りや想像力では及びもつかない現実というものに到達できない。

もしも主君が血気盛んな壮年時代ならば、とっくのとうにふたりの首は胴と二分させられていたにちがいない。

彼らの父親はそういう時代を生き抜いてきた。

いま、彼らが知るべきことは、主君がお倒れになったことだ。

急いで主君に駆け寄る。

救護処置は常識に照らし合わせても完璧だったと、後に侍医は継承者に向かって請け合う。

だからこそ罰されるどころか栄転を許されたのだ。

しかしそういう処遇が与えられると知らぬ少年たちは、不幸な未来に怯えながら事態を見守ることしかできることはなかった。

その後間もなく主君は息を引き取った。

精神的な圧迫によって、少年たちは主君の命令を忘れてしまった。

かつて体験したことのない大事件が数珠のように連なっていた。

それでも何とか自分たちを取り戻そうと少年たちはもがいていた。

それを思い出したのは葬礼の最中のことだ。

継承者はすぐさま天下人の命令を実行した。

少年たちの言葉に説得力を認めたからではない。

どういうわけか、あの手つかずの森林が気になっていた。

何とかしなければならないと感じていたのだ。

かくて、命令は実行された。

しかし普請が始まると何かが違うと、少年たちは魏値を抱かずにはいられなくなった。。

いかにも上位貴族や大領主が喜びそうな庭に仕上がりそうだったからだ。それは地方から集められた品々を見ても明白だった。瓦一つを取っても重厚に鈍い輝きを放っている。素人目からみても高価な品だと指摘できる。

これではだめだとふたりは嘆息した。

不興を蒙ることを見越したうえで上伸すると、意外な応えがかえってきた。

「ならば、そなたたちを奉行に任ずるから好きなようにせよ」

言い終えるころには庭のことは年頭にないようだった。継承者は背中を立ち去るところだった。漂わせる瘴気が、もう何も語るなと言っていた。

自分たちが普請の奉行だと・・・どれほど歴史を遡っても少年たちの年齢では前例を求めるのは不可能だろう。しかしこの世で最も偉い人間に対して言い切ってしまった以上、もはや後には引けない。

少年たちにその方面の技術の心得などなかったが、知り合いのつてを頼るなどして、三年がかりで完成させた。

ちなみに栄転とは奉行のことである。破格の待遇が与えられていた。

普請においても、少年たちの予想をはるかに超える予算が与えられていた。

それほど大規模に行われて完成した庭園だったが、天下人の命令だけに、質素で、完成後においてもだれの目にも留まらずにしだいに忘れ去られていった。

思い出された、というか注目されたのはこの城が新しい天下人に破られたのちのことである。

少年たちはすでに地下に眠っている。

庭園は城のはずれにあって、政治の中枢にはなかった。

だからこれからその場所を攻撃すべく、その人物は逸っていた。

これからその人物が築くであろう新しい歴史を前にして興奮の途上にあった。

しかしその人物を迎えたのはひとつの庭園だった。

300年前の天下人が未来に送ったメッセージだった。

もちろん、その人物が最新破壊兵器によって城とそれが取り囲む町を破壊しなかったのは、交渉に優れた知将が城側にいたせいだと力説するだろう。

しかし少年たちがここにいたら、そうは言うまい。

美しい庭が、天下人が遺した思いが、新時代の旗手をして平静に戻させたのだ。

美しい庭は現在もなお立っている。

時代をはるかに越えて人々の心に潤いを与えている。


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