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中学二年生的避難訓練

作者: 夏川 翠

転校してから一か月ほどたったある日の昼休み。俺は購買で手に入れた戦利品を幸せな気持ちで噛みしめていた。この学校の購買の焼きそばパンはなかなかレベルが高い。

 そんな幸せな気分に水をさすように、突如として大きな警報ベルの音が耳に突き刺さった。


「な、なんだ?」


 焼きそばパンを握り締めたまま狼狽する俺をよそに、一緒に昼飯を食べていた赤坂と青木はいたって落ち着いた反応だ。


「あー、避難訓練だ」

「避難訓練?」

「木下は転校してきたばかりだから知らないよな。うちの学校ってたまにこうやって抜き打ちの避難訓練があるんだよ。っていうか、今朝先生が連絡してただろ?」

「そ、そうだったっけ?」


 親切に教えてくれた赤坂の隣で、メロンパンをほおばった青木がこくこくと頷いている。確かに言われてみれば、黒板の予定表には「避難訓練」と書いてあるし、突然の警報に一瞬ざわついた教室もすでにいつも通りの落ち着きを取り戻していた。そういえば、今朝は眠くて朝のホームルームはろくに聞いていなかったんだった。

 さっさと腰をあげて避難しようとする赤坂に視線を向け、青木はメロンパンを咀嚼し終えると、一言、「赤坂。放送が終わるまでは静かにするべきだ」とつぶやいた。


「おー、そうだな。悪い悪い」

「けど、避難訓練って大体『地震が発生してそれにより火事が発生しました』ってパターンだろ? なんていうかいい加減聞きあきるというか……」

『訓練、訓練』


 俺のセリフにかぶせるように、淡々とした放送がかかる。


『ただいま、悪の組織ウラボロスの侵入により、一階職員室が占拠されました。繰り返します。悪の組織ウラボロスの侵入により、一階職員室が占拠されました』

「いま、あのスピーカーなんて言った!?」


 しかも、何、『ウラボロス』って!?

 赤坂の目がらんっと輝いた。


「今日は『ウラボロス』か。じゃあ、パターンBだな!」

「了解」

「ごめん、さっぱりわかんない。お前ら、何の話してんの!?」

「木下、うるさい。避難訓練の基本、押さない、駆けない、しゃべらない、の『おかし』を習わなかったのか?」

「まあ、そう言うなよ、青木。木下は初めてなんだからさ」

「何? いつもこんな感じなわけ!?」

「避難訓練というのはどこもこんな感じだろう?」


 そんな馬鹿な。

 あまりに『当然』という顔をする青木に、一瞬自分の中の常識をうっかり疑ってしまった俺をよそに、放送は続いていく。


『生徒の皆さんは、防衛軍の指示に従い速やかに避難してください』

「また、何か変なのが出てきた」


 俺にびしっと指を突き付け、赤坂はなぜか自慢げに口を開く。


「説明しよう! 防衛軍とは、我が校における対ウラボロス戦闘に特化した特殊部隊のことだ! 非常事態において生徒は彼らの指示に従うことになる!」

「だからなんなんだよ、その『ウラボロス』ってのは!」


 俺の質問に誰も答えないまま、なぜか青木は胸元から取り出したホイッスルを高く鳴らした。


「二年三組の諸君! 聞いての通りだ、これよりシェルターに避難する!」

「もう、シェルターってなんだとかはあえて聞かないけどさ。なんで、青木が仕切ってんの!?」

「だって、青木はうちのクラスの防衛軍ブルーだし」

「戦隊もの体制!?」

「ちなみにレッドは俺な。二つ名は『灼熱の紅い太陽』」

「なんとなく、そんな気はしてた。けど、その痛い二つ名はなんだ!?」

「俺の二つ名は『疾風の蒼き狼』だ」

「頼む、青木。真顔で言わないでくれ」

「他、イエロー、ピンク、グリーン、隠しキャラのブラックは随時募集中!」

「二人だけかよ!」


 俺と赤坂が言い合っている間にも、青木はテキパキとクラスメートを誘導している。クラスメートの行動も実に慣れたもので、俺以外にこの状況に対する疑問をぶつける奴が一人もいない。


「ちょっと待って!」


 あ、一人だけいた。ありがとう、セミロングの女子。転校一カ月目でまだ名前覚えてないけど、ありがとう。俺の中の常識は間違っていなかった。


「あなたたちだけ戦わせるわけにはいかないわ!」


 え、そっち?


「百瀬!? 何言ってる、早く避難しろ!」

「何よ、赤坂! 私たちだけ逃げろっていうの!?」

「いや、『避難訓練』なんだから避難しろよ」


 俺のツッコミは届いていないらしく、百瀬さんとやらは眉を釣り上げて赤坂に詰め寄っていく。


「だいたい、あんたみたいな無鉄砲な人間にクラスメート30人の命を預けるなんて、不安に決まってるでしょ!? いつも後先考えずに突っ込んでいくんだから!」


 おい、なぜたかが避難訓練でクラスメート30名の命がかかるような展開になるんだ。


「安心しろ、百瀬」


 赤坂はふっと本人はかっこいいと思っているらしい笑顔を浮かべた。


「俺は必ず生きて戻る。『灼熱の紅い太陽』の名にかけて……!」

「おい、やめろ。頼むからドヤ顔で言うな、やめろ」

「わかった……。信じているわ、『灼熱の紅い太陽』」

「誰か俺の話を聞け!」


 背中がさっきからかゆい! すごくかゆい!

 俺の訴えもむなしく、赤坂も百瀬さんも俺の存在を総スルーした挙句、変なドラマを展開したまま百瀬さんは避難していった。ドアのところで一度振り返って「約束だからね!」と叫ぶおまけつきで。だから、それやめろ。

 と、それまで実に落ち着いた様子だった青木が、はっと何かに気がついたような顔をすると、突如うめき声をあげて左目を抑えた。


「ぐっ。ばかな、早すぎる……! 赤坂、やつらがくるぞ!」

「な、なんだって!?」

「……俺、もう突っ込まないぞ……」


 赤坂は一瞬動揺を見せたが、一度うつむくと、次の瞬間には何やら決意めいたものをその顔に宿して顔をあげた。


「……仕方がない。俺がここを食い止める。青木はみんなを逃がしてくれ!」


 そう言って何故か自分の左腕をつかむ赤坂に、何故か左目を抑えたままの青木が動揺した声を上げる。


「ま、まさか……あの力を使うつもりか!? やめろ、そんなことをしたら、お前は……!」

「……これ、避難訓練だよなぁ?」


 俺の呟きにこたえてくれる人間はこの場にはいなかった。

 ……というか、いつの間にやら教室には俺と、妙な芝居を続ける赤坂と青木しかいない。どうやら、他はさっさと避難を完了させてしまったらしい。

 しかし、転校してきたばかりの俺は『シェルター』とやらの場所も知らない。大体こんな避難訓練自体、付き合うのも馬鹿馬鹿しい。

 どこかでサボるかと足を動かしたその時。なぜか唐突に赤坂と青木が初めてこっちらに気が付いたような愕然とした表情をした。


「木下! まだ逃げていなかったのか!」

「いや、もう、どっかでサボろうかと……」

「ここは危険だ! すぐに立ち去れ!」

「だからお前らは人の話を聞け!」

「まずい、赤坂! もう来るぞ!」

「だから、何が!?」


 そんな俺の叫びに被せるように勢いよく教室のドアがスライドし、黒いマントをはおって顔にペイントで変な模様を入れた男たちが数人入ってきた。今日はハロウィンじゃないぞ。


「どうやら遅かったようだな、防衛軍諸君!」

「……っていうか、あれ生徒会長の黒川先輩だよな? なんで制服着てないの」


 他の黒マントは知らないが、生徒会長は何かと全校の前であいさつする機会が多いからわかる。


「違うぞ、私は黒川大和ではない」

「え?」

「黒川大和は私が封じ込めた。この体は私、ウラボロス総帥、夜魔刀やまとのものだ!」

「あんたもか!」


 黒川先輩の後ろで黒マントのうちの一人がカンペを出していたおかげで俺にも先輩が何を言いたいのか理解できた。多分、セリフだけじゃ分からなかった。


「逃げろ、木下! お前をかばって戦う余裕は……!」

「いや、だから、これ避難訓練だよな?」

「もう、遅い!」


 黒川先輩はなぜか両手に木刀(俺の優秀な視力は柄に『清水寺』と彫ってあるのを発見した)を構え、赤坂と青木に向かってくる。


「く……っ。青木、木下を頼む!」

「やめろ、赤坂! その力を使うな!」


 なんだ、この茶番。


「ふっ、かかったな! 私の狙いはこちらだ!」


 と、赤坂と青木に向かっていた黒川先輩が唐突に方向を変え、俺に向かって突進してきた。

 二人の顔色が変わる。

 黒川先輩はニヤリと笑うと、俺に向かって右手の木刀を大上段に振りかぶった。


「食らえ! 『ラグナロク・ヨルムガンド《神々の黄昏における尾を飲む蛇》』――!」

「それ、技名!?」

『木下ああああああああ!!』


 無事技名を言い終わった先輩が木刀が振り下ろすのを見て、あわてて頭をかばうように腕を上げた。ちょっと待って、さすがに脳天直撃はシャレにならな――!


「…………あれ?」


 いつまでたっても振り下ろされない。

 腕を下げると、先輩は木刀を振り下ろそうとした体勢で、赤坂と青木は「木下あああ」の「あ」の形に口を開けたまま固まっている。

 と、黒川先輩の後ろで「神々の黄昏における尾を飲む蛇」のカンペを出していた黒づくめが、さらに一枚カンペをめくり無駄に朗々とした声で語りだした。


「説明しよう! 『ラグナロク・ヨルムガンド』とは夜魔刀のウラボロス総帥としての力をもってしって遥かなる太古より続く闇の眷属との契約に基づきエーテルの中に漂うダークマターを呪われし魔剣『クリアウォーターテンプル』に集めることで……」

「どーでもいいわあ!!」


 俺は叫んだ。心の底から。っていうか、言うに事欠いて『クリアウォーターテンプル』って! お前ら清水寺に全力で謝罪しろ!


「……する技である!」

「貴様のすべてを塵に返してやろう!」


 あ、動き出した。

 が、一度停止した上にさらに余計なセリフまでくっついてきた攻撃なんぞ怖いわけがない。

 俺は反射的に振り切られる前の勢いのついていない木刀をつかむと、思いっきり自分のほうに向けて引っ張った。


「え!?」


 体勢を崩した先輩の足が、マントの裾をしっかり踏みしめ――顔面から床に突っ込んだ。

 瞬間、すごく痛そうな音がして自分がしでかしたことに気が付いた。


「うわあああ、すいません! 大丈夫ですか、先輩!」

『そ、総帥――――!』


 黒マント達も慌てたような声を上げる。

 しかし、黒川先輩からの返事は返ってこない。しばし教室に沈黙が落ちる。

 もしかして当たり所が悪かったかと心配になったころ、うつぶせのまま床に倒れていた黒川先輩が「う……」とうめき声をあげた。

 なんだか大げさに体をふらふらさせながら起き上った黒川先輩は、何故か呆然とした表情で額に手を当てる。


「こ、ここは……。俺は、いったい今まで何を……」

「あ、あれは、もしかして黒川先輩か!? 人格が戻った!」

「随分簡単に戻るな、おい!?」


 青木が親切に驚きながら解説してくれた。

 赤坂が、「まさか、こんなことが……」とつぶやき、ハッとした表情で俺を凝視してきた。


「……な、なに?」


 というか、赤坂だけでなく、青木も黒川先輩も黒マント連中も俺を凝視してきて怖い。

 と、赤坂にがしっと手を握られた。


「お前だったのか、木下……!」

「は?」

「間違いない。お前は防衛軍に入るべき運命の人間だ!」

「はあ!?」


 突然何を言い出す、こいつは!?

 青木が感動した面持ちで俺の肩に手を置いてきた。


「ようこそ、防衛軍へ。防衛軍イエロー。別名を、『天翔ける黄金の翼』……!」

「絶対いやだああああああ!」


 こうして、俺のここでの生活が幕を開けたのだった。

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