一人の部屋
4月17日金曜日。
「おはよーございます……どうしたんですか、朝から?」
わたしは眠たい目を擦りながら、ベッドの上から、何やら慌ただしく支度をしている先輩方にそう声をかけた。
「あ、アマレロちゃんか――ゴメンな、起こしちったか?」
「いえ――大丈夫です」
ロート先輩言葉にわたしはそう答えると、ゆっくりと周囲を見回してみる。
ここは、わたし達の共同寝室だ。
わたし達進学科の寮は他の少人数クラスの寮と比べると部屋が狭い。
と言っても、リビング・ダイニング・キッチンにユニットバス、そして全員が共同で使う寝室と物置という構成で四人でも広々と使えはするんだけど。
寝室では、それぞれカーテンで仕切られたセミダブルの二段ベッドが縦列に二個備え付けられており、そのベッドの下や上に私物を収納することができて、他の学科のように自室がある訳じゃないけど、そのベッドの上が個人個人の領域になっている。
そんな共同寝室で、ロート先輩とシーニィ先輩が何やら支度をしていると、わたしの方にもその様子が伝わってくるのは仕方のないことだった。
「今日は、新入生歓迎大会の日ですよ」
「そ、新歓だから見に行こうと思って、アタシら準備してたんだよー」
シーニィ先輩の言葉で、わたしは思い出す。
そういえば、この前ステラソフィアをシーニィ先輩に案内してもらった時にそんなことを言っていたような気がする。
見れば、ポシェットを肩から掛けた状態で、ベッドの縁を背もたれ代わりに、地面で座る様に眠っているミドリコ先輩の姿も見える。
おそらく、ミドリコ先輩も新歓を見に行くつもりなのだろう。
「モナカ先輩が、あれが無い、これが無いって言って本当にドタバタドタバタと……本当にすみません、アマレロちゃん」
「アマレロちゃんも一緒に新歓見に行くか!?」
不意に、ロート先輩がわたしにそんなことを言ってくる。
「ですが、アマレロちゃんは装騎に興味は無さそうですし、誘っても迷惑なだけじゃないですか?」
シーニィ先輩の言葉にわたしは少しドキッとした。
確かに、わたしは機甲装騎には興味がない。
しかし、そのことを口にしたことは一度もなかったはずだ。
「いえ、そんな感じがしてたんですよね。温度差と言うか、何というか。あ、いえ、別にアマレロちゃんを責めている訳じゃありません――――すみません、私の悪い癖ですね……」
「興味あろうが、無かろうが関係ないって! まぁ、最終的に決めるのはアマレロちゃんだけどさ、意外と楽しいかもしれないぜぇ。そこから装騎の魅力に気付いて、行く行くは我ら第七装騎部に――――」
「はいはい、わかりましたわかりました。モナカ先輩のバカみたいな物言いはともかく――――軽い気持ちで見に行ってみるのも良いかもしれませんよ? わたし達も、アマレロちゃんと一緒に新歓を見れるのなら本望です」
そういう先輩達の言葉にわたしは――――
「いえ――大丈夫です。その、留守番してますね」
そう言ってしまった。
「マジかー、一人で大丈夫かぁー?」
「行きたくない、と言うのであれば無理には誘いませんが、私の物言いが引っかかったのでしたら別に気にすることは――――」
「そんなことないですよ。お誘い有難うございます」
わたしがそう言いながら頭を下げると、ロート先輩が「仕方ない」と呟き、
「アマレロちゃんがそう言うんだったら、まぁ、無理には誘わねーよ。そろそろ時間だし――――本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですよ!」
「朝ごはんやお昼ご飯に困ったら、キッチンの下の棚に私の名前が書かれた袋があるはずです。その中にレトルト食品や即席料理が沢山あります――活用してください」
「はい、有難うございます」
「そんじゃ、アマレロちゃん。留守番、頼んだからなー」
「途中からでも、興味が沸いたら会場まで来てくださいね。是非」
最後にそう言い残すと、ロート先輩とシーニィ先輩は、ミドリコ先輩を担いで部屋から出ていった。
三人が出ていった後、廊下から、
「モッチーがあんな言い方するから、アマレロちゃんヘソ曲げちゃったんじゃねーの……?」
「本当に、申し訳ないです……」
そんな会話が聞こえてきた。
二人が誘ってくれたのはとても嬉しかった。
だけど、わたしの中に渦巻いた複雑な気持ちが、二人と一緒に行くことを赦さなかった。
「これじゃあ、中学の時と一緒だよ……」
誰もいない部屋の中に、わたしの言葉は吸い込まれて消えていった。