賑やかな寮室
入学式も終わり、わたしは進学科校舎に併設された巨大な施設の入り口へと足を運んでいた。
ステラソフィア女学園高等部進学科用学生寮。
これから四年間過ごすわたしの家となるところだ。
ピンクを基調に可愛らしく装飾された学生寮は圧巻で、この施設一つの中に数千人を超えるステラソフィア進学科の全生徒が過ごしているというのだから驚きだ。
ステラソフィアの学生寮では、一つの部屋を4人で共有することになっており、それぞれ1年から4年まで、一学年一人ずつという配分になっている。
「わたしの部屋は――――C-2-077、C区2階の077号室……」
広大な学生寮の中、C区と書かれた区域に入り、2階に上がり、部屋の番号を一つ一つ確認しながら、どんどん奥へと進んでいく。
「75、76――――77! ここ、かな?」
扉には間違いなく「C-2-077」の文字。
「――――第七装騎部……?」
だが、何故かその扉の部屋番号が書かれたプレートの下に、一枚の貼り紙がされていた。
「第七装騎部で楽しい学園生活!」と言う見出しが目に付く。
どうやら部活動の勧誘ポスターらしい。
「上等科、下等科、問いません。みんなで楽しく装騎バトルをしませんか? 連絡は進学科四年バーデン=ヴュルテンブルク・ロートまで……ってなんでこんな所に勧誘チラシが――」
「それはこの部屋がアタシ達の部屋だからさ!」
不意に背後から投げ掛けられた言葉に、わたしは思わず身を震わせる。
「もしかして、入部希望!? キミ、一年生!? 一年生だよね!」
「え、いや、えっと、あの――――あ、あなたは?」
「アタシが第七装騎部部長! 進学科四年バーデン=ヴュルテンブルク・ロートだ!」
そう名乗った先輩は、燃える様な赤いセミショートに、勝気な光を瞳に宿し、見るからに熱血~と言う感じのオーラを出していた。
「キミ、名前は? 装騎乗ったことある? あ、ステラソフィアに来てるし乗ったことはあるよねぇ。まっ、初心者でも大丈夫だよ! いやぁ、新入部員が入ってくれるとすっごい助かるんだよ本当! それで――」
「え、装騎部には入りませんけど……」
わたしの一言に、余程ショックを受けたのか、バーデン=ヴュルテンブルク先輩は不意にしゃべるのをやめ、固まってしまった。
それから一瞬の間を空けた後――
「いや、とりあえず体験入部からで良いよ! いや本当! お菓子もあるよ! お茶だって、あ、ジュースの方が良い!?」
「え、いや――――あ、あの……」
すっごい必死に食い下がってくるバーデン=ヴュルテンブルク先輩。
先輩相手に失礼だが、すごくこの人が可哀想に見えてきた…………。
捲し立てるように謎のオプションを盛り付けてわたしを部活に勧誘しようとする先輩にどう対処すればいいのか思案を繰り返すそんな中。
ガツンッ!!
「いってェ!!??」
不意に、わたしの背後の扉が開き、部屋の中から飛んできた何かがバーデン=ヴュルテンブルク先輩の頭部を直撃した。
「全く……何か騒がしいと思ったら…………モナカ先輩何やってるんですか」
「いててて……モッチーか。相変わらず荒っぽいよ!!」
「先輩が無垢な一年生を虐めてるみたいだったので、止むを得ないことです」
そう言うのは、どこかクールな雰囲気を漂わせる、青いショートに鋭い目つき。
眼鏡がチャームポイント(だとわたしは思う)な女子生徒。
「もしかして君はカシーネ・アマレロちゃんですか?」
「あ、は、はい! そうです!」
突然、わたしの名前を言い当てられて驚きが隠せない。
「やっぱりそうですか。私は進学科二年ナストーイチヴイ・シーニィです。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
パッと見はキツそうな印象もあるものの、そう名乗りながら微笑む姿は結構優しい。
良い人と言う感じがする。
ていうか、この人さっきモッチーって呼ばれてなかったっけ……。
「モナカ先輩、彼女が今日から一緒に暮らすアマレロちゃんですよ」
「え、あ、そうか。ルームメイトかぁ! それならじっくり時間をかけて装騎部に――――」
「そういえば、新しい拷問を考えたんですけどどうします?」
「いやー、アマレロちゃんだっけ? よろしくね!」
そういえば、さっきからバーデン=ヴュルテンブルク先輩もモナカとか呼ばれてる気が――ニックネームだろうか?
何はともあれ、なんだか賑やかな人達――――わたしの第一印象はそんな感じだった。
「それともう一人、三年生が居るんだけど――――」
ナストーイチヴイ先輩が、部屋の奥へと引っ込む。
「アマレロちゃんも入って入って~。今日からここがキミの家になるんだしさ!」
「あ、はい。おじゃま――――じゃなくて、その、えっと――――」
「ほら行くぞ!」
グッとバーデン=ヴュルテンブルク先輩に手を引かれ、部屋の中へと足を踏み入れた。
その部屋は全体的に薄いグリーンの壁紙が貼られ、何処か爽やかな感じのする部屋だった。
先輩に勧められるまま、リビングのソファに腰をかける。
その隣の一室から、
「新入生ですよ、起きてくださいブーシュ先輩!」
などと言った会話が聞こえてきた。
「ブーシュ?」
「そ、毎日寝てばっかりでブーシュヤンスターと仲良しだからブーシュ」
バーデン=ヴュルテンブルク先輩がそう説明してくれたが、正直何のことかよく分からなかった。
後で調べたところだと、ブーシュヤンスターとは人に眠気を吹き込み、人を怠け者にしたり二度寝させたりする悪魔のことらしい。
「ふわぁ……新入生…………?」
「そうです、新学年だから卒業した先輩の代わりに一人一年が入ってきたんです。挨拶くらいしといてください」
そんな会話と共にナストーイチヴイ先輩に連れられてリビングまで出てきたのは眠そうに眼を擦りながら部屋から出てきたのは、すこし癖のある緑がかった長髪の女子生徒だった。
ダボダボのパジャマ姿からはだけた素肌が何気にセクシーだ。
その先輩は、ソファに座るわたしの前まで来ると、腰をかがめて口を開いた。
「えっと…………進学科三年の、ハシダテ・ミドリコでふ……………………ぐぅ」
「って、え、ちょ、待ってくださいよぉ!」
そう名乗るだけ名乗って、ハシダテ先輩はバタンとわたしの方に向かって倒れ込んで来た。
わたしの腰に手を回し、腿に顔をうずめるようにしてそのまま眠りに落ちるハシダテ先輩。
「ゴメンネ、アマレロちゃん。ブーシュ先輩すぐ寝ちゃうから……」
「ナ、ナルコレプシーとかなんですか?」
「いや、そんなのは全然無いですよ。まぁ、癖、みたいなものなんですかねぇ」
「く、癖って……」
「ほっといて害は無いし、アマレロちゃんが良いんだったらしばらくソコに置いてても良いかなぁ?」
「モナカ先輩、流石にソレは……」
「ま、まぁ、わたしは、その構いませんけど……」
「いやぁ、悪いね! ブーシュって地味に重くて運ぶのがたいへ――――」
ガスッ!!
不意に、ハシダテ先輩から放たれた鋭い蹴りがバーデン=ヴュルテンブルク先輩の頭に命中した。
そのままバーデン=ヴュルテンブルク先輩は壁に叩きつけられ、一発KOとあいなった。
「あ、あの……い、今のって」
「ああ、気にしなくていいですよ。いつものことですから」
「いつものことなんですか!?」
「ええ」
「よっしゃ、それじゃあ今日はアマレロちゃんの歓迎パーリィしようぜ!!」
ハシダテ先輩に蹴りを入れられたバーデン=ヴュルテンブルク先輩が突然そんなことを叫びながら起き上る。
「何言ってるんですかモナカ先輩――――当たり前じゃないですか」
まるで名案を思い浮かんだように活き活きとした表情で言ったバーデン=ヴュルテンブルク先輩に向かって、ナストーイチヴイ先輩がそう冷たく言い放った瞬間、バーデン=ヴュルテンブルク先輩が目に見えて落ち込んだのは言うまでも無いだろう。
「それじゃあ、買い出しに行ってきますね――――くれぐれも、新入生を困らせる様なことはしないでくださいよ」
「わかってるってモッチー! あ、ついでにモナカも買ってきてね!」
「はいはい、分かってますよ」
ナストーイチヴイ先輩は、そう言いながら寮室を後にしていった。